第1話 領地での生活
今の私が取り組んでいる仕事は、主に二つだ。
まず一つ目は、領地を回って「豊穣の祈り」を捧げることである。
聖女である私は、「豊穣」という作物の成長を促すことができる力を使える。
公爵領は広大な土地を持っており、領民の多くは主に麦畑やジャガイモ畑を営んでいる。それらの作物がよく育つことが領民の生活に潤いをもたらし、公爵家の税収に繋がってくる。
そのため、私の仕事は、作物が無事に育って全体の収穫量が増えるように、領地で「豊穣の祈り」を捧げることなのだ。
「ジゼル様〜。こっちこっち! うちの作物をお願いしますー!」
「はーい」
領民の一人に呼び止められて、手招かれた場所に足を進めた。そこは、芽が出たばかりのジャガイモ畑だった。
私を呼び止めた領民は、にこやかに話し始めた。
「ジゼル様がこの時期に祈ってくれると、収穫が増えるからね。よろしくお願いしますよ」
「はい。もちろんです」
私は頷いて、両手を握り合わせた。そして。
「聖女・ジゼルの名の下に命じる。作物に豊穣の恵みを与えよ」
私が言葉を詠唱すると、辺り一帯が薄緑色の温かな光に満ちる。爽やかな風が吹き、畑の芽が太陽の光を浴びて輝いた。
「これで、よく育つと思います」
「おぉー。いつもありがとうございます」
「いいえー。収穫まで頑張って下さいね」
「お礼と言っては何ですが……」
領民がそっと紙袋を差し出してきた。何だろうと思って、そっと紙袋の中を覗く。そこには……。
「うちの畑を耕すために飼ってる鶏が、卵を産んだんですよ。そのお裾分けです」
「卵ですか! 嬉しいです!」
「ぜひ晩酌で使ってください。今日が公爵様との晩酌の日なんですよね?」
そう聞かれて、目をパチクリさせる。私、今日が晩酌とは言ってないのに。
「領地では有名な話ですよー。ジゼル様が嬉々として、公爵様との晩酌のことを話してくれますからね」
「そ、そんなにですか?」
「はい。今日はジゼル様がご機嫌だから、晩酌の日なんだろうな〜って近所の奴らと話し合うこともあります」
「あはは……」
確かに、領地でご機嫌になって「今日は晩酌の日なんですよ〜」ということを語ったりした記憶はある……。まさか、そんなに有名になっているとは思わなかった。
その人とは手を振って別れを告げて、再び領地の中を巡り歩く。すると、すれ違った人たちの話している声が聞こえてきた。
「ジゼル様は今日も優しいねぇ」
「いつも元気で挨拶してくれるし、いい子よね」
「しかも聖女の力を使っている時は、神々しい! まさに聖女様に相応しいお方!」
「教会の問題を解決したり、孤児院の問題を解決したり……。ポテトチップスの販売を始めたと思ったら、今度は新しい作物を育ててるのよね?」
「確か、“こめ”というやつだよな? もうすぐ一般にも流通し始めるとか。本当、色んなことができる人なんだなー」
あまりの過大評価にムズムズしていると、続いて色々な人が直接話しかけに来てくれた。
「ジゼル様! これ、お裾分けです! よかったら晩酌で使って下さい!」
「キャベツですか! 最近高いので、ありがたいです」
「聖女様、こちらの豚肉もどうぞ!」
「ありがとうございます! これも嬉しいです!」
領民のご厚意で差し入れて下さる物を受け取っていく。こうして差し入れをしてくれるのは、嬉しいし、本当にありがたいことだと思う。
感謝に報いるために、私は更に気合を入れて、領地の畑に聖女の力を使っていった。
そして、その地域の畑を回り終わったので、私は次の仕事現場へと馬車に乗って向かった。
目的地に辿り着いたので、馬車から降りる。
すると、十数人の男たちがこちらに向かって、駆け寄ってきた。
「アネキーーーッ‼︎‼︎‼︎」
「あ、みんな!」
彼らは米を大量生産するために、公爵家で雇っている農夫達である。元々は私を誘拐した誘拐犯だったけれど、色々あって、今では私のことを「アネキ」と慕ってくれている。
私が彼らに挨拶をしようとすると、彼らは一斉に立ち止まった。そして……。
「整列!」
彼らは一列に並んで、一斉に頭を下げた。
「アネキ、お勤めご苦労様です‼︎」
「ちょっとそれやめない⁈」
まるでヤのつく職業の人みたいじゃん! 私が別の「お勤め」をしてきたみたいじゃん……!
私が慌てていると、リーダーが顔を上げて首を振った。
「いえ! アネキに失礼があってはいけないですから! もしアネキに失礼があったら、俺たちは指を切る覚悟です!」
「だから、それ違う職業の人……!」
だめだ。彼らの思考が完全に極道に傾いている。これは、後々矯正していかなければならないな……。
そんなことを考えつつ、私は籠編みのバスケットを取り出した。
「まあ、挨拶のことは一旦保留にして……。お昼ご飯を作ってきましたよ」
途端に彼らは「うおおおおおおおお」とお祭り騒ぎになる。
これが、私の二つ目の仕事だ。彼らに食事を提供することである。
彼らが働き始める前に、私は条件として「出来る限り毎日、まかないを付ける」ことを提示した。
それ以来、稲作の状況を確認しつつ、食事を届けるために、彼らのいる田んぼへと足を運ぶ日々を過ごしている。
彼らは私のバスケットを見て、狂喜乱舞した。
「やったー! アネキのご飯だー!」
「今日も午前中働いた甲斐があったぜー!」
「ただのおむすびですよ」
「それでも美味しいから嬉しいんすよ! このために公爵家で働いていると言っても過言ではないですからね!」
彼らはバスケットの中からおむすびを取って、各々が食事を始める。
私もお昼ご飯にしようと、その中から一つだけおむすびを手に取った。空いている場所に腰をかけて、隣に座っている人に話しかけてみる。
「最近、稲作の方は順調ですか?」
「そうですね。順調ですよ。アネキが豊穣の祈りを捧げてくれているおかげで、米の育ちも早いですし。今日ももう収穫してしまいました」
「本当ですか!」
「はい。あとでアネキにも渡しますね」
なんと、収穫した米を早速くれるらしい。今夜の晩酌には、米料理を作れそうだ。
そうだ。ちょうど卵とキャベツと豚肉をもらったから、「アレ」が作れそうだな……。




