プロローグ 新たな一日の始まり(最後にお知らせあり)
カーテンの隙間から朝日が差す。太陽の光に目が覚め、私は寝ぼけ眼をこすった。
窓の外を見ると、太陽が地平線から顔を覗かせており、朝が近いことを静かに告げていた。
ベッドから起き上がって、私はぐーっと伸びをする。
「んーっ、今日も仕事だぁ」
顔を洗って、髪を櫛でとく。普段から着用している紺色のワンピースを着て、上から赤いケープを羽織る。
いつもの仕事スタイルだ。私は、自然と気合いが入るのを感じた。
「よし、今日も仕事を頑張るぞ」
私の名前はジゼル。私は今、公爵家の妻として、領地のために働いている。
けれど、最初から公爵家で働いていたわけではない。
元々、私は教会の聖女として働いていた。
教会の労働環境はひどいものだった。長時間労働は当たり前で、賃金すら支払われなかった。更に、上司である司教から殴られることもあり、毎日ボロボロになりながら必死に働いていた。
しかし、ある日突然、私は前世の記憶を思い出した。
そして、前世の記憶を思い出したことで、教会の労働環境がブラックであることに気づいてしまった。
「このまま働き過ぎたら、死んでしまう!」と思った私は、教会に違う仕事の紹介を頼んだ。
その結果、私は「冷徹公爵」と呼ばれるアベラルド・イーサンとの契約結婚を命じられることになった。
公爵家の領地には瘴気が蔓延しており、その浄化と原因究明をできる聖女を探していたのだ。
契約結婚は、聖女を公爵家に引き留めるための手段に過ぎなかった。
契約を結ぶ際、公爵様は言った。『これは契約結婚だ。君と交流を深めるつもりは毛頭無い』と。
彼の言葉通り、私は契約上の妻でも構わないと思った。けれど、せっかく前世を思い出したのだから、こちらの願いも叶えてもらうことにした。
私は契約を結ぶ時に、公爵様に条件を提示した。
『週に一度でいいので、一緒に晩酌をして下さい』と。
前世の私はお酒が大好きで、一緒に飲んでくれる「飲み友達」が欲しかったのだ。
そして、公爵様はその条件を受け入れてくれたことで、私と公爵様の「三食晩酌付き」の契約結婚が始まったのだ。
仕事に向かうために公爵家の廊下を歩いていると、一人の少女が駆け寄って来た。
「あ、ジゼル様! お仕事に行かれるんですかーっ」
赤い髪を揺らして快活な表情を浮かべている彼女は、侍女のリーリエである。
私が公爵様家に来たばかりの頃から、身の回りのお世話をしてくれている侍女だ。
私の作るおつまみを気に入っていて、晩酌の前にはいつもつまみ食い……もとい味見をしてくれている。
一歳年上の彼女のことを、私はどこか妹のように思っており、彼女と会話をすることが多い。侍女の中では一番仲良くしている子だ。
「ジゼル様〜。今日は帰って来たら、公爵様と晩酌するんですよね?」
「うん。週末だからね。リーリエが食べる分もおつまみ作るからね」
「やった〜〜! ジゼル様、最っ高です!」
リーリエは飛び上がって喜ぶ。こうして喜んでくれると、作る方としても嬉しいものがある。
「リーリエ姉さん、朝からうるさいですよ。周りへの迷惑も考えて下さい」
二人で話していると、後ろから一人の少年が話しかけてきた。彼は呆れた表情を浮かべている。
金髪に青い色の瞳を持つ彼は、レンドール君。公爵様の従者である。大人顔負けの仕事をこなすクールな彼は、実は十五歳だったりする。
そのため、リーリエの弟分的な存在として扱われることもしばしばだ。
「仕方ないじゃん。ジゼル様のおつまみを食べられることが嬉しいんだから」
「そこまで大袈裟に喜ぶことでもないでしょう」
「そんなこと言っちゃって〜。レンドールはジゼル様のおつまみ欲しくないのかな〜」
「は? いらないなんて言ってないですけど」
こうして言い合うことも、二人なりのじゃれ合いである。二人の様子を微笑ましく眺めていると、新たな人物が通りかかった。
「お前たち、何をしてるんだ?」
「公爵様!」
銀髪に青い色の瞳を持つ彼は、この屋敷の主人、アベラルド・イーサン。通称、公爵様である。
私は公爵様と目を合わせて、にっこり笑った。
「おはようございます、公爵様」
「おはよう、ジゼル。これから仕事に行くのか?」
「はい。公爵様は……?」
「俺は屋敷で事務作業かな。夕方には終わらせる予定だ。だから、今日の夜は晩酌だな」
「はい」
いつも忙しい公爵様と朝に会えるのは、珍しい。
朝から彼と会って話せたことを嬉しく思っていると、私たちを見つめる二つの視線を感じて……。
振り返ると、リーリエとレンドール君がこちらをニヤニヤしながら見ていた。
「あ、私達は何も見ていないので、お二人はイチャイチャしていいんですよっ」
「リーリエ姉さん、せめて目を瞑って下さい。何も見てないっていう説得力がありませんから」
二人の言葉にカァーッと顔が赤くなっていくのを感じた。
「い、イチャイチャなんて……」
チラリと公爵様の様子を窺うと、彼と目が合ってしまった。慌てて目を逸らすが、私の顔は熱いままだ。
明後日の方向を見ている公爵様の頬も、若干赤くなっているようだった。
契約結婚から始まった公爵様との関係。色々なことがあったが、公爵家で過ごす中で、私たちの契約の関係は徐々に変化していった。
「冷徹公爵」と呼ばれている公爵様は、全然冷たい人ではなく、本当は領地想いで優しい人だった。
最初は冷たい態度を見せていた公爵様も、仕事に取り組んでいる私の姿を見て、考えを改めたみたいで、私たちはすぐに「飲み友達」として親交を深めることができた。
その中で、瘴気の原因が教会にあることを突き止めて、大司教を断罪したり、公爵領のジャガイモ大量生産問題を解決したり、孤児院に通ったり、誘拐されたり……。
色々な出来事を積み重ねていく中で、徐々に私は彼に惹かれていった。
そして、この間、ついに私たちは両思いになったのである。
とはいえ、「飲み友達」期間が長かったためか、どうしても気恥ずかしい気持ちが勝ってしまう。私たちは、恋人としてなかなか進展できない日々を過ごしていた。
公爵様は顔を赤くしながら、「ゴホン」と咳払いをした。
「リーリエ、レンドール。ジゼルは仕事に行くところなんだから、邪魔をするんじゃない」
公爵様は二人を注意する。
しかし、二人は「照れてる」「超照れてますね」「初々しいね」「いい大人が嘆かわしいです」とヒソヒソ話を始めてしまった。
公爵様とリーリエ・レンドールは昔から仲がいいため、言葉に遠慮がないのだ。
「お前たち……」
「ま、まあまあ」
頭を抱えてため息を吐く公爵様を宥める。
公爵様は呆れているんだろうけど、怒っているわけではない。何だかんだ二人には甘い公爵様なのだ。
「とりあえず、私はもう行きますね」
「分かった。二人がすまないな」
「いえ、大丈夫です。今日の晩酌、楽しみにしてますね」
「ああ、俺もだ」
公爵様がクスッと笑顔を見せる。彼の嬉しそうな表情を見ると、公爵様も晩酌を楽しみにしてくれていることがよく分かった。
彼のためにも、今日も腕によりをかけておつまみを作ろう。
私が公爵家から出て行こうとすると、後ろから再び声をかけられた。
「ジゼル様ーっ! いってらっしゃい!」
「いってらっしゃいませ」
「うん。行ってくるね!」
リーリエとレンドール君にも見送られて、私は公爵家を出た。
外に出ると、すっかり太陽が顔を出していた。朝日が眩しくて、目を細める。
今日も新たな一日が始まる。公爵家当主の妻として、今日も領地のために一生懸命働こう。
そうして頑張って働いた後には、公爵様との晩酌が待っているのだから。
書籍2巻は7/10発売です!(書籍版では、今回の話に飯テロシーンが追加されています♪)
またこの度、「聖女晩酌」のコミカライズ化が決定しました!連載開始は今週末の7/4(金)。漫画を担当してくださるのは、春兎あや先生です!
漫画更新のお知らせについては、更新日のあとがき(web連載中のみ)やXなどでお知らせしていこうと思っております。
春兎先生がとっっっても素敵に描いて下さっているので、ぜひぜひ読んで下さい!
2巻発売とコミカライズが実現したのは、読者の皆さまが応援して下さったからです!本当にありがとうございます!
2巻発売、コミカライズと更に盛り上がっていく聖女晩酌を引き続きよろしくお願いいたします〜〜!!




