第10話 一歩ずつ
ルルちゃんの爆弾発言により、私達の間には微妙な空気が流れていた。
この状況、どうしよう……!
何とか笑って乗り切るしかないと、私は口を開いた。
「あはは。ルルちゃんったら、おませさんですよねー。まだ私達には早いっていうか、まだまだ先のことというか……」
「……ジゼルは嫌なのか?」
「えっ?」
アベラルド様の言葉に目を瞬かせる。そして、意味を理解した瞬間、カァーッと顔が赤くなっていくのを感じた。
「いや……じゃ、ない……ですよ?」
だって、アベラルド様は好きな人だし、私達は結婚している。
え、でも、“それ”はまだ先のことだって……え? え?
アベラルド様が私の前髪を払う。
「ジゼル、目を瞑ってくれないか?」
「は、はい……」
私は慌てて目を瞑った。
頰が熱い。心臓がバクバク鳴り響き、お祭りの喧騒が遠くなっていく。
それは、まだ先のことだと思っていた。
いつかは“その時”がくるのだろうけれど、まだまだ手を繋いだり、ハグをしたり……それだけの関係だと思っていた。
だけど、今が一歩先に進む時なのかもしれない。
私は覚悟を決め、アベラルド様を待った。
やがてアベラルド様が近づいてくるのを感じ……そして、柔らかいものが当たった。
………………………………ほっぺに。
ほっぺに?
目を開けると、アベラルド様が両手で自らの顔を覆っていた。彼の耳は真っ赤になっている。
「今日は、これくらいで勘弁してくれ……」
「は、はい……」
アベラルド様な顔も赤いけれど、多分、私の顔も真っ赤になっている。
私達は顔の熱を冷ますために、しばらくその場に残った。そのため、出店の方に戻れたのがかなり時間が経ってからになってしまったのだった。
その後、2日間に渡って開催されたお祭りは大成功に終わった。
どうやら私の担当した出店の売り上げは、お祭りの出店の中でもトップ3に入ったらしい。
お好み焼きっていう珍しい食べ物だったから注目を集められたのと、「たぬきのお好み焼き」っていうキャッチーなフレーズがあったから口コミが広がりやすかったみたい。(ルルちゃんが帰った後も、大人達でイラストを描いていたのだ)
お祭りの間は、リーリエとレンドール君が遊びに来てくれたり、休み時間にアベラルド様と出店を見てまわったり……個人としてもかなり楽しく過ごすことができた。
そして、色々なことが起きたお祭りが終わり……私達に日常が帰ってきた。
「今日もお仕事だ! 頑張るぞ」
私は気合を入れて、自分の部屋から出た。公爵邸内の廊下を歩いていると、リーリエとレンドール君と出会した。
「あ、ジゼル様! おはようございまーす!」
「ジゼル様、おはようございます」
「おはよう、二人とも」
公爵家での日々は変わらない。
リーリエが元気に声をかけてくれて、レンドール君がツンとした表情で挨拶をしてくれる。
ルルちゃんがいなくなって、少しだけ公爵家内は静かになったけれど……また彼女に会えると信じているから、寂しくはない。
ただ、一つだけ変わったことと言えば……。
私が公爵邸の玄関を出ようとすると、アベラルド様が駆け寄って来た。
「ジゼル、もう行くのか?」
「はい。アベラルド様もお仕事頑張って下さい」
「ああ。ジゼルも、ほどほどに頑張れ。道中は気をつけて」
私達は微笑み合う。穏やかな、いつもの日常だ。
けれど……。
私はキョロキョロと周りを見て、周囲に他の人がいないことを確認した。
「ジゼル?」
「アベラルド様、ちょっとだけ屈んで下さい」
「? 分かった」
アベラルド様が不思議そうな顔をしながら、屈んでくれた。
私はそんな彼の襟を掴んで、顔を引き寄せた。
そのまま、チュと音を立ててほっぺにキスをした。
「この間のお返しです」
「じ、ジゼ……」
「それでは、行って来ます!」
「ジゼル⁈」
私はクスクスと笑いながら、公爵邸を出ていく。
公爵家の日常の中で、唯一変わったことは、私達が少しだけ前に進んだこと。
これからも一歩ずつ、私達らしく進んでいく。
少しずつ変わっていく私達の未来を思って、私は馬車の中で小さく笑ったのだった。
番外編完結です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。最初は5話前後と言ったのに、長くなってしまい、すみませんでした……!
実は、今回の番外編で、更新100話を超えていたようです。私にとってここまで同じ物語を続けられたのは初めてのことです。
いつも応援して下さる皆さま、本当にありがとうございます!
「聖女と公爵様の晩酌」はコミカライズ1巻が発売中です。可愛さ満点のコミカライズとなっておりますので、そちらの方も引き続きお楽しみいただければ幸いです。




