1日目の朝
がっつり寝入っていた久司は、ガツンという音で目が覚めた。
あの音は、部屋の鍵が開いた音だ。
もう知っている久司は、慌てて起き上がると、トイレにも行きたかったが、もしかしたらみんな出て来るかもしれないと、急いで扉を開いた。
すると、皆同じように廊下を覗いて出て来ていて、思った通りだとすぐに出て来た自分を褒めてやりたくなった。
隣りは喜美彦だったが、その喜美彦が叫んだ。
「みんな居るか?!」
確かに、村人からしたら昨日襲撃があったら人が減っている可能性があるのだ。
もちろん、人狼目線この階に犠牲者が居ないだろうことは知っていた。
だが、仮に昨日襲撃先に選んだ佐知が猫又だったりしたら、敦が居なくなっている可能性があった。
それに思い当たって、久司は急いで敦の姿を探した。
「…みんな居るようだ。」敦の声が答えた。「護衛成功か狐噛みか、それとも三階に犠牲者が居るのかじゃないか。」
良かった、無事。
久司は、敦の姿にホッとした。
「じゃあ、三階へ行こう。気になって6時から起きてるんだよ。」
そんなに気にしてたのか。
それはそうだ、考えたら勝敗に命が懸かっているのだ。
むしろ、朝まで今さっきまで爆睡していた自分はあまりにも危機感が無さすぎて、怪しまれてしまうだろう。
寝てましたとは、言わない方がいいなと久司は思った。
「では、三階へ。」
敦が同意して階段へと足をむけると、三階から声が聴こえた。
「ちょっと、みんな来て!佐知さんなの!早く!」
襲撃が通った…!
久司は、その声に安堵する自分を必死に隠して、わざと険しい顔をして皆と視線を交わすと、急いで階段を駆け上がって行ったのだった。
難なく三階へ着いたが、息が上がる。
今は全く痛みも倦怠感もないとはいえ、長く引きこもっていたのでやはり、体力は落ちていたようだ。
それでも、かけ上がるなどいつぶりだろうか。
健康というのが、どれだけ有り難いのか身に沁みた。
三階の廊下には多くの人達が居たが、全員が一つの扉の前に集まっていた。
一番端の部屋で、二階ならあの辺りは7号室、つまり正高の部屋がある場所だ。
ということは、17号室、佐知の部屋なのだろうと予測できた。
集まっている人達に寄って行くと、最後尾の久子が振り返って言った。
「…出て来ないから、辰巳さんが見に入って。そしたら、点滴がついててね。起きないのよ。その点滴のスタンドに、『追放されました』って札がかかってるの。」
そんな風になるんだ。
敦が、言った。
「私が見よう。」
それを聞いて、皆が道を開ける。
敦は、皆が退くのを見てから、そこを抜けて部屋の中に入って行った。
外から見ていると、ベッドの方はよく見えない。
しかし、辰巳の声が聴こえて来た。
「呼吸が浅いしいくら起こそうとしても起きないんだ。最初死んでるのかと思って…でも、生きてるよな?」
敦が言った。
「死人に点滴などスムーズに落ちない。生きてはいる。」と、しばらく黙る。どうやら診察しているようだ。「意識レベルがかなり低いだけだ。後は、ここの医師に任せよう。我々にできることはない。これが襲撃の形なのだろう。」
辰巳は、こちらへ見える位置に来て、皆に言った。
「…なんで佐知なんだ?!こいつが何をしたって言うんだよ!人狼、居るんだろ?!誰なんだよ!」
君の隣に居るけどね。
久司は思ったが、黙っていた。
皆もだんまりな中、徳光が言った。
「仕方がないだろ。そういうゲームだし、佐知ちゃんは死んだわけじゃない。そもそも昨日はあんなに元気だったが、佐知ちゃんだって日がな一日動けない日もあっただろうが。お前が村陣営なら、勝って佐知ちゃんを救ってやれば良いじゃないか。会議をしよう。一階に降りてくれ。」
久司が、慌てて言った。
「あの、オレトイレに行きたいから。だったらすぐに後を追う。」
徳光は、顔をしかめた。
「トイレ?大丈夫だ、リビングにもあっただろ。そこでしろ。」
そんな性急な。
久司が理不尽だと思って言い返そうとすると、敦が奥から出て来て言った。
「待て。」皆が敦を見る。敦は続けた。「強引だぞ、徳光。そもそもみんな元気そうだがまだ病人だ。食事も満足にさせないで、良い議論ができると思うか。時間を切ろう。8時に、リビングで。朝食など仕度を済ませて集まるんだ。今は7時20分、それでもかなり急がせている方だ。それでいいな?」
徳光は、不満そうに皆を見回した。
だが、皆は敦に同意のようで、恨みがましい目で徳光を見ている。
徳光は、仕方なく頷いた。
「…分かった。じゃあそれで。」
良かった。
久司は、ホッとした。
だいたい、いつもは無理矢理に医師に着替えさせられていたが、昨夜はきちんと自分で寝間着に着替えたのだ。
そのまま、まだ着替えてもいないのだ。
そのまま、皆は一旦解散し、部屋へと戻ることになった。
去り際にチラと見ると、辰巳はなにやら闘志を漲らせてそこに立っていたので、その闘志が空回りしてくれたら良いなと久司は秘かに思っていたのだった。
久司は部屋へと帰って怒涛の勢いで着替えると、トイレに行って顔を洗い、寝癖を直した。
どうしても右の後ろの上のところがピンと漫画のように立ってしまうので、これにいつも困っていた。
そんなことにも気が回らなくなって数ヶ月、久司は今、やっとここまで楽になっているのだとつくづく実感していた。
キッチンでは真智子に勧められて大騒ぎで並べられた焼きたてパンを噛り、全員が必死に時間に間に合わせようとしていた。
焼きたてパンは、キッチンに来たらそこに並べられてですったそうで、徳光が生きている証なのだそうだ。
コンビニの菓子パンとは違い、とてもサクサクとしておいしいのだが、味わっている暇もなかった。
そんな状態で、やっとのことでリビングへと駆け込むと、もう徳光がどこから持って来たのかホワイトボードを準備して、その横に立って待っていた。
久司は、言った。
「あれ、それどこから見つけたんですか?」
徳光が答える。
「ああ、これ、あっちの角に押し込まれてて。これに書いた方が周知できるだろうなって。」
久子が、頷く。
「そうなの。だから、私がみんなに聞いて番号と名前を書いておいたわ。これで、投票とかも間違えないでしょ?」
確かに、見ると綺麗な字で1から順に名前が書かれてある。
1 喜美彦
2 久司
3 永宗
4 冴子
5 真智子
6 氷雨
7 正高
8 聖子
9 芽依
10敦
11武
12舞
13久子
14拓也
15光晴
16徳光
17佐知(襲)
18辰巳
そう、書いてあった。
今日は17人で開始だな。
久司は、そう思いながら空いたソファに座る。
隣りは、偶然拓也だった。
反対側の隣りは武で、言った。
「なあ、なんかオレ、人狼ゲーム苦手でな。昨日から舞とどうしたら勝てるんだろうって話し合ってるんだが、お前は詳しいか?」
久司は、いきなり話し掛けられて驚いたが、首を振った。
「いや、あんまり。学生の頃にちょっとやったから、知らないわけじゃないけど。」
武は、渋い顔をした。
「オレも。だから不安なんだよなー。進行に従ってやるしかないよな。」
その進行の徳光は、どうなんだろうな。
久司は、思った。
こちらには、詳しそうな敦が居るのだ。
敦が仲間というだけで、かなり心強い気持ちだった。
当の敦は、正高と並んで座っていて特に構えている様子もない。
最後の永宗がペットボトルを手に急いで出て来たのを見て、徳光が口を開いた。
「じゃあ、会議を始めよう。まず、今朝は佐知さんが襲撃された。辰巳は、佐知さんから何かの役職だったとか聞いてるか?」
辰巳は、首を振った。
「何も。ゲームの話はするべきじゃないだろうってお互いに話し合って…あいつが、なんか話したくなさそうだったし。」
それは佐知さんに信用されてなかったからなんじゃ。
久司は、なんとなく思ったが、何も言わなかった。
もし自分が役職なら、人外かもしれない辰巳には言えなかっただろうし、人外であったなら、バレたくないので言わないだろう。
とはいえ、もうわからない。
徳光は、続けた。
「じゃあ、役職を出そう。占い師は居るか?3つ数えたら手を挙げてくれ。3、2、1、」
サッと、4本の腕が上がった。
手を挙げていたのは、昨日言っていた永宗、そして冴子、氷雨、敦の4人だった。
徳光は、眉を寄せた。
「早速騙りに出たな。」と、ペンを手にホワイトボードに向き合った。「じゃあ一人ずつ、結果を言ってくれ。」
ゲームが始まった。
久司は、本当の意味で、そう思った。