七日目の昼
「…ま、もう会議はしないよ。」光晴は、言った。「ここまでやって来たことが全てだろう。今夜は敦さんと喜美彦の二択。後は、何か弁明があれば個人的にあちこち説得してみてくれ。投票10分前にリビングで集まろう。解散だ。」
徳光の呪いは、あまり効かなかったのだろうか。
久司は思ったが、芽依のことも疑っているので芽依の票はまだ分からないし、光晴だって徳光の遺言を受けているのでどこまで喜美彦吊りの意思が固いのか分からない。
久司は、また光晴を訪ねてみておこうと思っていたのだった。
とはいえ、冴子の置き土産である、聖子への黒塗りは根強かった。
聖子は完全に喜美彦吊りの意見から変えようとは思っておらず、あと一票なのだ。
確実に今夜、勝負を決めたいと久司は思っていた。
こうなったら、芽依から話してみるのが良いかもしれない。
芽依は、一応喜美彦からが良いと推していたのだ。
久司は、芽依の部屋へと行って、その扉の前で少し困った。
さすがに女子の部屋をいきなり開くのは気が引ける。
悩んだ結果、少しだけ扉を開いて、その隙間から声を掛けた。
「芽依ちゃん?居る?」
中から驚いたような声が返ってきた。
「久司さん?」と、扉が大きく開いた。「どうしたの、何か話がある?」
久司は、頷いた。
「うん。やっぱり、君は真だろうって考え直して。喜美彦が勝てる算段があるんだったら君が仲間だろうってさっきはあんな言い方したけど、よく考えたら昨日の噛みで君は真なんだって思ったところだったって。」
芽依は、頷いた。
「どうぞ、入って。」
久司は頷いて、遠慮がちに部屋へと足を踏み入れた。
やはり女子だからか、なにやら部屋は久司の所よりスッキリして見えた。
「女子の部屋を訪ねるなんて久し振り過ぎて緊張するな。」
芽依は、苦笑した。
「病室だけどね。それで、投票先?」
久司は、頷いた。
「そう。君が真なら、何の憂いもないから敦さん吊りでも仕方ないかもとは思うけど、それでもオレ目線じゃ確定狼がいるのに、真占い師を吊って縄を消費するなんて無駄だと思うんだ。君は、本当に狩人だよな?信じていいよな?」
芽依は、息をついた。
「私は狩人よ。多分、狼目線でもどっちが偽なのか分からなかったんじゃないかなって思ってる。つまり
拓也さんが白人外だったと私は思ってるの。もし、あの時吊られなかったのが拓也さんでも、きっとこうやって残されたんじゃない?真なら噛まないことで疑われて縄消費に使えるし、狂人なら吊られようが最終日まで残されようが、利用価値があるでしょう。でも、あいにく私は真狩人なのよ。だから今夜敦さんを吊っても、パワープレイは起こらないわ。でも、皆が私を疑うのなら、喜美彦さんに入れようって思ってる。投票できるって知らせるためにね。私が敦さんに入れることで、一気に怪しくなるじゃないの。だから心配しなくても、私は喜美彦さん吊りにしようと考えてるわ。聖子ちゃんにも疑われてしまうしね。ただ…。」
芽依が、眉を寄せる。
久司は気になって、ズイと寄った。
「ただ?」
芽依は、顔を上げて思ったより久司が近かったのにびっくりして顔を赤くしてから、言った。
「ええっと、光晴さんなの。結論を先延ばしにするだけなのは分かってるけど、徳光さんが言い残していたことがどうしても気になるって。もし、これで負けたら、自分のせいになるし、村人全員の命を背負ってるから、勝手に決められないって。ここは、徳光さんの遺言通りに敦さん吊りで、その後喜美彦さんでも大丈夫だろうと言ってたわ。光晴さんは私を信じてくれてるみたい。昨夜の噛みでね。だから、徳光さんが生きていたらやるようにしようと考えてるって。私にも…村人なら、自分が真狩人だって証明するためにも、敦さん吊りに賛同してくれるよな?って言われたの。私…でも喜美彦さんに入れようと思ってるとは答えたわ。」
久司は、やはり光晴を説得しなきゃならないのだと焦りながら、頷いた。
「そうだよ。いくら確定村人の猫又でも、間違った判断にはオレだってノーと言うよ。」
芽依は、頷く。
「そうね。でもね、猫又だから明日も光晴さんだけは絶対に生き残るわ。もし明日も続いた場合、従わなかった私はとても怪しく思われるかもしれない。それで吊り推されたりしたら、私には抵抗する術がないわ。光晴さんに従うべきなのかって、悩んではいるのよ。だって喜美彦さんを吊ってもし終わらなければ、敦さん目線私黒しかないわけでしょ?敦さんを信じてるから…そんなことにはならないと思っているけど、とても怖いの。終わらなかった時点で私目線では敦さん偽が確定するのに、抵抗する術がなくなるのよ。」
そうなるか。
久司は、芽依の懸念は当たっているだけにどう言えばいいのか分からなかった。
が、敦を信じてはいるのだ。
光晴の考えを、何とか変えさせるしかないのかもしれない。
久司は、立ち上がった。
「君が不安なのは分かるよ。君が決めることだ。オレは敦さん真を知ってるから…こんなことが言えるけど。ごめん、お邪魔したね。後は、ゆっくり考えて。」
芽依は、頷いた。
「ええ。ありがとう。」
久司は、芽依の部屋を出た。
…光晴の部屋に行かないと。
久司は、急いで階段へと向かった。
その時、階段の下から久司を呼ぶ声がした。
「久司!」
久司は、振り返って見下ろした。
そこには、敦が居てこちらを見上げていた。
久司は、急いで今登った階段を駆け降りた。
「敦さん!あの、オレ光晴の処に行こうと思ってて。」
敦は、首を振った。
「必要ない。話したいことがあるのだ。私の部屋に。」
必要ない?
久司は、驚いた。
もしかしたら、先に光晴を説得してくれたのかもしれない。
久司は、言われるままに敦について、敦の部屋へと入って行った。
敦の部屋は、芽依の部屋とはまた違った形でスッキリしていた。
とにかく、何もないのだ。
スッキリしすぎている印象だった。
「座れ。」敦は、椅子を示して、自分もその前に座った。「さっき、芽依さんの部屋に話に行っていたな?」
見られてたのか。
久司は、頷いた。
「ええ、もしかしたら敦さんに入れるのかもと思って。」
敦は、言った。
「入ったのが見えたので、出て来るのを窺っていたのだ。おそらく次は光晴だなと。君は、もうこれ以上あちこちしない方がいい。」
久司は、何やら咎めるような声色に、ムッとした。
敦は吊られるつもりだろうからいいが、こちらは必死なのだ。
「どうしてですか?オレにできることがあると思ってるのに。」
敦は、息をついた。
「せっかく君は白を稼いで来たのに、それで台無しになる。何を必死になる必要があるのだ。君が村人なら、私が吊られたとしても芽依さん真ならまだ村勝ちはある。君があちこち必死に説得しようとすればするほど、君は怪しくなるのだぞ。人の印象など、ころっと変わる。それで怪しまれて、明日吊られるようなことがあったらそれこそ一大事だ。もうこれ以上抵抗せずに、後は見守るんだ。私を吊りたいならそれでも良いといった雰囲気で構えていろ。まあ…恐らく、私は吊られない。」
久司は、言われて確かにその通りかもと、バツの悪そうな顔をした。
「…確かにオレは怪しかったかも…でも、芽依さんは悩んでるみたいでしたよ?吊られないなんて、どうして思うんですか。」
敦は、答えた。
「喜美彦は必ず私に投票する。光晴も、徳光からの遺言を違えて負けたらと案じているようだったので、ここは私でお茶を濁そうと考えているのが透けて見える。芽依さんは、もし喜美彦で終わらなければ疑われる位置なので、光晴に逆らって明日吊られたらとか考えているだろう。悩んでいるはずだ。」
そんなことまで分かるんだ。
久司は、感心した。
「確かに、芽依さんはそんなことを言っていました。」
敦は、頷いた。
「だろうな。強制されると人は反対の方へと気持ちが流れるものだ。恐らく今夜は、君が働き掛けたのもあって私に入れた方が無難かもと思っていることだろう。だが、聖子さんだ。思いもよらず冴子さんが聖子さんを占ってもいないのに黒塗りしてくれたお蔭で、すっかり冴子さんサイドを疑っている。あの子は間違いなく喜美彦に入れるだろう。となると、偶数進行の今、33で分かれることになる。同票だ。仮に芽依さんがひよって喜美彦に入れたら喜美彦吊り、そうでなければ吊りナシ。その場合、どうなる?」
久司は、考えた。
「ええっと、今6人。吊りナシでそのまま夜、襲撃先は…聖子ちゃんには護衛が入っているかもだから、芽依ちゃん。残り光晴、オレ、敦さん、聖子ちゃん、喜美彦の5人残りで、その夜喜美彦を吊るには…」久司は、ハッとした。「あ、聖子ちゃんとオレと敦さんが残ってるから、喜美彦が吊れる!」
敦は、頷いた。
「そう、聖子さんがいきなり考えを変えない限り、恐らく喜美彦を吊れる。もし、考えが変わって私を吊った場合でも、その夜聖子さんを襲撃して光晴、君、喜美彦の3人残りで君さえ頑張れば、狼勝ちはある。だから、悲観することはないのだ。別に同票でも構わないのだよ。」
聖子白の結果が、ここで生きて来るのだ。
光晴が聖子を疑いそうなものだが、冴子真目線で聖子は狂人ではなく、永宗が狂人だ。
そしてゲームが続いていることから、聖子は狼でもない。
狼陣営の結束だとは、思えないだろう。
となると、冴子を吊っていることから本来なら敦真進行でぶれてはいけないのだが、命がかかっているので、簡単には行かないようだ。
久司は、頷いた。
「…分かりました。もう、あちこち説得に行くのはやめます。黙って待つ…のが、一番なんですね?」
敦は、頷いた。
「そう。今は我慢の時だ。落ち着かないのは分かるが、ここは落ち着いたふりをするのだ。」
久司は頷いたが、敦のように達観して考えるのは難しかった。
何しろ、もう自分のこれからの健康な時間は、目の前まで来ているのだ。
それでも、久司は平常心、平常心と自分に言い聞かせて、村人光晴の部屋には行かず、部屋へと戻ったのだった。