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リビングにて

皆があれこれ教えてくれて、無事に久司は朝食を済ませた。

言っていた通り、多くの冷蔵庫の中にはまた多くの食材が詰め込まれており、いくらでも食べるものはある。

これまで、全く興味がなかった食事だったが、何を見てもおいしそうに見えて、久々に食欲というものを感じた。

最初は恐る恐る食べ物を口に運んでいた久司だったが、おいしい、と感じるともう、止まらなかった。

結構な量を食べきって、それでも胃もたれもなく、快適だ。

こんな状態が通常だったはずなのに、最近ではすっかり忘れていたと、久司は自分の体調の劇的な改善に戸惑いながらも、沸々と生きる勇気が湧いて来た。

このまま、治ってしまうような気がするほどだ。

だが、自分の癌は体中に転移していて、もはや末期状態。

医者も匙を投げてここへ来させたぐらいなのに、今更そんな希望を持つのもおかしな話だ。

久司は、それでも軽くなった体に感謝しながら、皆と共にリビングへと向かった。


リビングでは、正高と敦が椅子に座っていた。

窓際の席は大きなソファや一人掛けのソファなどが並んでいたが、手前の暖炉の前には、別に小さなソファが、円形に並べて置いてあった。

よく見ると、それは人数分あって、皆で向かい合って談笑する時に便利そうだった。

正高が、窓際の席からこちらを見て、言った。

「お、来たか。で、自己紹介だろ?どうする、そっちの向かい合う椅子に座るか?」

拓也が、頷いた。

「そうだな、自己紹介だもんな。」と、率先して手近なソファに座った。「お、こっちもふかふかしてるな。」

皆が、ぞろぞろと分かれてソファに座るので、久司も急いで拓也の隣りに腰かけた。

確かに、良さげな座り心地で、もたれたらそのまま眠ってしまいそうだ。

窓際のソファから立ち上がった、敦と正高はこちらへやって来て、並んで久司の正面になる位置の、空いた場所へと座ったのが見えた。

すると、背の高いひょろっとした感じの男が言った。

「じゃあまあ、オレが1号室だしオレから行くか。オレは、喜美彦。34歳。ここじゃ、苗字は使ってないから下の名前だけでいいだろ。まあ、皆と同じ病気だからここに居る。どこの癌とか聞くなよ?体調良い時は忘れたいんだ。」

皆が、頷く。

久司以外は面識があるのだから、それは皆その程度だろう。

そう思っていると、皆の視線が自分に向いているのを感じて、ハッとした。

そうだ、部屋の番号順なら自分が次だ。

久司は、慌てて言った。

「あ、オレは2号室の久司です。30歳です。今朝目が覚めるまでは倦怠感が酷くて、部屋でトイレに行くのも億劫なほどだったので、出て来なくてすみません。よろしくお願いします。」

皆が、頷く。

すると次に、結構若そうな男性が言った。

「じゃ、次オレ。3号室の永宗(ながむね)。変わった名前なのは父方の爺ちゃんが付けたからだって母さんがいっつも文句言ってた。28歳だ。」

家族が居るのか。

久司は、思った。

自分が天涯孤独の身の上なので、そんな境遇の者達ばかりだと思っていたのだ。

永宗が、久司の驚いたような顔を見て、怪訝な顔をする。

「なんだ?何かあるのか。」

久司は、慌てて言った。

「いや、その、オレは天涯孤独だから…仕方なく、タダだって聞いたしここに来ることにしたから。家族が居るんだなって。」

永宗は、ああ、と言った。

「オレは金の問題じゃなくて、家族に心配かけたくなかったからな。今も家族はオレがこんなことになってるなんて知らない。東京で働いてると思ってるだろう。まあ、体調が良ければ町まで外出させてくれるって言うし。一度面会はして来ようとは思ってるけど、こんな山奥で療養なんて、死にそうになっても来られないだろうし。最後まで言わずにおこうかなって。」

マジか。

久司は驚いた。

もう緩和ケアを受けるような病状なのに、まだ家族は知らないのだ。

すると、ショートカットの女性が言った。

「みんないろいろよ?」その女性は、苦笑しながら続けた。「私は4号室の冴子(さえこ)。32歳よ。私はね、家族は居る。でも、そんなに裕福じゃないし、自分からここに来るって言ったの。この洋館での面会は原則禁止だから、もう会えないかもしれないのは分かっていたんだけど…自分が外に出るのはオッケーだから。体調良くなったし、今なら最後にもう一度会いに行っておけるかなって思ってる。」

みんな、いろいろなんだな。

久司は、もうあんまり聞かないでおこうと頷いた。

その隣りに座っている、さっき話した女性、真智子が言った。

「そうそう。私も一緒に行こうかなって思ってるぐらい。私はさっき言ったけど真智子。5号室よ。歳は33歳。町の病院に入院してた頃は回りは年寄りばかりだし、若くして末期なんて私ぐらいなんじゃないかって悲しくなったけど、こうして見るとみんな若いから。なんだか頑張ろうって気になってるわ。よろしくね。」

久司は、頷く。

確かに、ここに集っている人は皆若い。

だからこそ、集められたと言えばそうかも知れなかった。

次に、落ち着いた様子の、物静かそうな男性が口を開いた。

「オレは6号室の氷雨(ひさめ)。38だ。永宗みたいにばあちゃんが勢いで決めた名前らしい。母さんはオレが生まれた時に死んだから、父方のばあちゃんに育てられたんだ。なんでもその時、冬なのに雨が降ってたんだってさ。よろしく。」

氷雨かあ。

久司は、芸名みたいだな、と思った。

次にさっき敦と出て行った、正高が言った。

「オレは正高、29だ。そっちの敦と病院で知り合って話すようになった。で、敦がどんな治療をするのか興味があるとか言うから、一緒にここへ来たんだ。オレ達はまだ末期じゃないから、皆より元気だしなんかあったら言ってくれたら助けるぞ。よろしくな。」

末期じゃないのに緩和ケア…?

治療は、しないのだろうか。

久司が少し心配になっていると、敦が口を開いた。

「君にしたら不思議だろうが、私は医師でね。」え、と久司が敦を見ると、敦は続けた。「ここの開設を聞いて、ならば私も行くと強引に割り込んだのだ。新薬を試すと聞いていたし、私も検体になろうと思ってね。」

久司は、頷く。

「そう、オレ達同い年で。敦が行くならオレも行くかって。治療は受けてるから、そんな顔しなくていいぞ。」

治療はしてるんだ。

久司は、他人事なのにホッとして、頷いた。

聖子が言った。

「私はさっき話したよね。聖子、8号室よ。」

隣りの芽依も、頷く。

「うん、私も。芽依、9号室よ。」

久司は、うんうんと頷く。

敦が、口を開いた。

「敦、29歳、10号室だ。」

それだけしか言わない。

まあ、今話してくれたので、久司は気にせず頷いた。

ガタイの良さそうな、男性が言った。

良さそうというのは、今は痩せていて、骨格がとてもがっつり見えるからだ。

「オレは11号室、(たける)。28歳。オレも久司と同じで天涯孤独なんだよね。ここなら死んだら希望すれば埋葬までしてくれるって言うし、面倒ないなって来ることにした。今日はめちゃ体調良いから、これが続くなら町に飲みに行きたいなって思ってる。以上だ。」

飲みたいなんて、ついぞ思ってないなあ。

久司は、思いながら頷いた。

隣りの、肩までの髪の若い女性が言った。

「私は12号室、(まい)です。歳は25歳です。よろしく。」

かわいいなあ。

久司は、少し顔を赤くした。

それを見た、女性が意地悪げに言った。

「あらあら。ダメよ?舞ちゃんは武さんの彼女なのよ。あ、私は13号室の久子(ひさこ)。歳は33。よろしくね。」

久子は、ロングヘアの美人だ。

というか、病やつれているのにこれだけ綺麗なんだから、多分健康な時はもっと綺麗だっただろう。久司がもう舞への印象を忘れてますます顔を赤くすると、拓也が言った。

「おいおい、ダメだってば。確かに久子さんはめちゃ美人だけど、百戦錬磨だぞ?お前には無理だって。話せば分かる。あ、オレは14号室だよ。」

久司は、思わず反論した。

「違うって!病気になってこれだけ綺麗なんだから、健康な時はもっと綺麗だったんだろうなって思ってしまって。」

久子は、フフと笑った。

「まあ、ありがとう。でもね、見た目だけで寄って来る男なんてみんな中身がないのよ。痛い思いをいっぱいして来たから、もう恋愛は懲り懲り。最後の男は、私が末期癌だって分かったら突然家を出て行って帰って来なかったわ。もう、誰にも知られずにひっそり死のうと思って、全部片付けて来たし、町へ出るつもりももうないわ。」

そうなのかあ。

久司は、つくづくいろいろあるんだと思った。

自分だけが不幸なのではないと思うと、何やら力が沸いて来るから不思議だ。

すると、すらりとしている人の良さそうな男性が、口を開いた。

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