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キッチンにて

大きな階段を降りて行くと、正面に玄関らしい大きな扉があった。

そこを右に折れて廊下を行くと、突き当たりにまた扉があり、そこを開くとご丁寧に暖炉まである、大きな部屋へと出た。

窓はとても高く大きくて、その外には広い芝の庭が見えている。

その向こうには塀があって、塀の向こうは森しかなかった。

間違いなく、ポツンと山の中に取り残されたような場所だった。

部屋にはテレビはないが、天井から大きな平たい板のような最新式のテレビが吊り下がっているのが見える。

ということは、テレビも映るようだった。

拓也が、自慢げに言った。

「すごいだろ?ここはリビング。あっちの扉を入ったらキッチンだ。冷蔵庫がいっぱいあって、何でも選び放題なんだ。久司は、料理するのか?」

久司は、戸惑いながら首を振った。

「いや…もっぱらコンビニと外食ばっかで。」

だからこんなことになったかもしれない。

拓也は、ああ、と頷いた。

「オレも。作るなら材料もあるって言いたかっただけ。」

聖子が言う。

「もう、拓也さんったら。ここは拓也さんの家じゃないでしょ?どうしてそんなに自慢げなのよ。」

冗談っぽかったが、拓也は頬を膨らませた。

「いいじゃないか、お前らだってオレが来た時自慢げに説明してたくせに。」

女子達の方が先だったのか。

久司は、言った。

「え、ということは、聖子ちゃん達は先に来てたのか?新しい施設って聞いてたけど。」

聖子は、答えた。

「違うの、先って言ってもほんの数日なのよ。多分番号順だから、久司さんの方が先に来てたと思うよ。部屋から出て来なかったでしょ?私達も、1号室の喜美彦さんとかに教えてもらったから。」

自分は出ようとも思わなかったから。

久司は、思って頷いた。

どちらにしろ、出て来ていても他の話など聞く気力もなかっただろう。

久司は、そのままの流れでキッチンへと向かった。


キッチンには、多くの人が居た。

数えてみると、ここに18人と聞いているので、ここには全員集まっていることになる。

全員がこちらを見たので久司が驚いていると、男女入り乱れてワッと久司に寄って来て、言った。

「まあ!2号室の人でしょ?顔見たことないもの!ずっと出てこないから、よっぽど具合が悪いだろうなってみんなで話してたの。でも、元気そうね?」

30代ぐらいだろうか。

久司は、自分に話し掛けて来ている女性を見ながら、目を白黒させて答えた。

「あ、いや、今朝はものすごく具合が良くて。いくらなんでも動くべきかなって。」

すると、後ろから別の女性が言った。

「そうなのね。今日はそういう人がすごく多いわ。私だってそう。昨日までは食欲もあまりなかったのに、今朝はお腹が空いて仕方なくてね。急いで下りて来たの。」と、拓也を見た。「拓也さんも、昨日までは死にそうな顔してたのに。今朝はスッキリしてる。それとももう吐いて来たの?」

拓也は、むっつりと答えた。

「何でだよ。オレは元気。多分、新薬とやらが効いたんじゃないのか?医者が昨日言ってたんだ、楽になるって。もう、楽になるなら何でもやってくれって思った。みんなもか?」

久司は、答えた。

「そう!オレも昨日新薬だって言われて。やっぱりあれが効いてるのかな。」

全員が、顔を見合わせる。

すると、一人かなり歳上に見える男性が言った。

「多分じゃなくて、それしか考えられないだろう?」と、寄って来て、久司の手を握った。「よろしくな、オレは徳光(とくみつ)。みんな若いから体調良くなったら騒がしくて大変だが、後で自己紹介でもしよう。オレも…みんなに、話したい事があるし。」

え、と拓也が言った。

「話したいこと?気になるな、今言ってくれよ。」

徳光は、久司の手を離して言った。

「いや、不安になるかもだから。」

しかし、聖子が言った。

「いいから。どうせ話してくれるつもりだったんでしょ?なに?」

徳光は、眉を寄せたが皆がじっと待っているので、ため息を付いた。

「…まあ…じゃあ言うか。まず、君達はみんな昨日昨日って言ってるが、腕輪の機能知ってるだろ?」と、銀色の腕輪を持ち上げた。「ほら、ここが開くだろ。」

徳光は、パカとそれを開いて見せる。

皆は知っていたようだったが、久司は知らなかったので驚いた。

腕輪は、開くと小さなテンキーと液晶画面が付いていて、そこには日付と時間が出ていたのだ。

拓也が、怪訝な顔をしながら腕輪を開いて、え、と驚いた顔をした。

「え、待て、一週間後?!」

皆が、驚愕の顔をする。

久司には、日付感覚が全くなかったので、分からなかった。

だが、徳光は頷いた。

「そう。あれから、一週間経ってる。オレも今朝見て驚いた。オレ達は、一週間眠ってたってことになる。」

あれから一週間だって?

久司は、仰天した。

つい、昨日のことのように思うのに、もう一週間も経っているのだ。

もちろん、皆と同じ時に新薬を投与されていたらの話だが、まさか久司だけ別の日にやったとかないだろう。

皆が沈黙してどういうことかと考えているようだったが、そこに、一人離れて椅子に座ったままだった、綺麗な顔の男が言った。

「…考えても仕方がないだろう。」と、立ち上がった。「一週間経って、具合が悪くなっているのなら問題だが、皆良くなっているのだ。私も、今朝携帯電話の表示を見て既に知っていた。そんな事で不安にさせてどうするのだ。先にリビングへ出ている。皆も食事を終えたら出て来るといい。」

拓也が、言った。

「それはそうだが…(あつし)さんは…、」

だが、敦と呼ばれた男はそのまま出て行った。

最後尾に居た、背の高い若い男が慌ててそれを追った。

「あ、こら敦!」と、速足に扉へ向かって、皆を見た。「ああ、みんなは飯食って出て来い。久司も出て来たし、自己紹介だろ?あっちで待ってるから。」

そう言って、その男は出て行った。

それを見送ってから、最初に話しかけて来た女性がため息をついた。

「…あれは、正高(まさたか)さん。で、先に出て行ったのが(あつし)さんよ。あ、私は真智子(まちこ)。とにかく、ご飯にしよう。」

皆が、バラバラにテーブルへと向かって行く。

しかし、久司は敦が気を悪くしたのかと気になった。

「ええっと、敦さんは放って置いていいのか?」

拓也が、冷蔵庫へと向かいながら答えた。

「良いんだよ、敦さんは最初からあんな感じ。なんか、正高と知り合いみたいなんだけどさ…歳下なのに、なんかつい敬語で話してしまうんだよな。」

久司は、驚いた顔をした。

「え、歳下なのか?」

すごく落ち着いて見えたから、歳上かと思った。

が、若いと言われたら確かに若い顔立ちだったような気がする。

徳光が、息をついた。

「最初から、同じように病気なのに淡々としててな。こっちが話し掛けないと話さないし、無駄口は叩かないタイプの人だ。29歳だと聞いてるし、オレなんか40だからあっちがかなり歳下なのに、オレも敬語で話してしまう。不思議な雰囲気の人だ。」

変わったタイプの人なんだな。

久司は、自分も話す時気をつけよう、と思った。

怒鳴り出すような事はないだろうが、あの綺麗な顔で睨まれたらかなり怖い気がする。

というか、さっきちょっと注意されただけなのに、何やら怖かった。

雰囲気が、他とは断然違うのだ。

病気になって、こんな緩和ケア施設にまで来ているのに、人間関係で気を遣いたくないなあと、久司は最初から気が重くなったのだった。

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