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ここは閉ざされた雪山の山荘。容疑者は143人。一体誰が犯人なのか、名探偵あずさが事件を解決へと導く

作者: ヴァニラ・アイス

「いや多いわ!」



「どうしたの、あずさ」


ちなつが無垢な瞳を丸くし、あずさを覗き込んだ。

いても立ってもいられず叫んでしまったが、タイトルに突っ込んでいる場合ではないのはあずさは百も承知だ。


ここは外界から切り離された東京ドーム2個分はある山荘、この中で殺人事件が起こっているのだ。


「いやでかいわ!」


「さっきから何?」


ダイニングはざわついていた。

死体があったのは風呂場のお湯の入っていない浴槽の中で、名簿を確認したところ、死んでいるのは宿泊者の田中太郎らしい。



「皆さん、落ち着いてください」


オーナーの前田・ゴンザレス・パトリシアは、結ったちょんまげをしきりに直しながら、その場にいた全員に声をかけた。

楽しいスキー旅行を目当てにして訪れていた客たちは、明るい様子が一転し、不安に怯えているのがわかる。


死体が見つかったあと、警察や消防に連絡を試みたが、携帯は誰も繋がらないし、ロビーに置いてある固定電話はなぜか不通となっていた。

歩いて麓に降りるのは、この吹雪の中では自殺行為である。


すなわちここは、完璧に外界から閉ざされた陸の孤島なのだ。



「あずさ、どうなってるの、一体」


「誰かがこの状況を作り上げたに違いないわ。そしてその誰かというのは、状況から見て私達の中にいるはずよ」

「嘘、どういうこと!?」

「だって考えてみて。これが通り魔の犯行だったら、絶対に読者からクレームの嵐のはず。必ず容疑者がネームドキャラの中にいるはずなのよ」

「ねえ、本当にどういうこと、それ」



あずさは山荘に来てから出会った人のことを思い出していた。


まずはオーナーの前田・ゴンザレス・パトリシア。

ちょんまげが素敵なフランス系イタリア人で、日本に帰化済なばかりか中国系アメリカ人の奥さんを持つ。



……。



「あ、前田としか喋ってないな……」


そんなにアクティブな性格もしていないので、他の宿泊客となにか絡みがあったかというとそうでもなかった。


「ちなつ。わかったわ。前田が犯人だわ」

「あずさ凄い! もう事件を解決したの!?」

「私の中でネームドはあいつ一人だけ。容疑者はたくさんいるようで、実は一人だけという凄いトリックだったわ」

「それトリックなの?」



「おいおいふざけんなよ! あんたが何とかしろよ!」


オーナーの前田に掴みかかる勢いで怒鳴り超えを上げている者がいた。

金髪にタトゥー、いかついピアスをしている若者だった。

そばにはいかにも、という感じの派手な女性を連れている。


「俺の名前は小林健太っつーんだがよお!」

「やばい! ネームドが増えた!」

「オーナーのあんたが何とかしなきゃいけねんじゃねえの!? こっちゃ金払ってんだぞ!?」



「ねえ、健太、やめなよ。みんな見てるよ」

「んだよ小笠原よしこよぉ! 俺に口出しすんじゃねえよ!」

「案外古風な名前だった!」




「やばいよちなつ! 一気に二人増えちゃった!」

「え、何が?」

「容疑者が!」


カップル二人が唐突に自己紹介を始めてしまったことであずさは焦り始める。

このままでは推理で犯人を決めなくてはいけない。

しかしトリックはおろか、これだけ人数がいたらアリバイやら何やらを詰めていく間に吹雪が止んでしまう。



その時であった。


「きゃーーーーー!」


キッチンの方から叫び声が聞こえた。

あずさは主人公らしく真っ先に駆け寄っていくと、そこにはなんと積み重なるほどの死体の山があった。


「あ、あ、あ……」


第一発見者っぽい眼鏡をかけている女性が、尻もちをついてその地獄のような光景を指出して固まっていた。


「私の名前は小笠原たえこ……」

「小笠原二人目きた!」


息も絶え絶え、何故か自己紹介を始めてしまう。

あずさはこいつもいっそ死体の山にくわえてしまおうかと思った。



「あずさ! 嫌! 怖いよ!」

「ちなつ! 落ち着いて!」

「こんなのクローズドサークルじゃないよ! 一時期はやったデスゲーム系の序盤だよ!」

「大丈夫だよ! 今も一定の需要があるから!」



死体の山があったことで阿鼻叫喚の地獄絵図と化す山荘の中、あずさは一人意識を集中させていた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……やった! 136人いる! ここに死体136人分あるよ!」

「怖い! 死体の数に興奮する親友が怖い!」


「違うわよ! 私達二人に、最初に見つかった田中太郎の死体、それから前田。

 カップルが二人に、小笠原二人目。それからここにある死体の数を足せば136足す7で143人。

 つまり、今残ってる前だとカップルと小笠原二人目、この四人の中に犯人がいるはずなの!」

「そ、そうなんだ! さすが理系ね! 計算が早いわ!」


とはいうものの、四人の中から一人を特定する鍵のようなものはない。

死体が多すぎると手がかりを探すのが逆に難しいのである。



生き残った者たちは、一旦大広間に集まった。

あずさはここで証言を集めて、誰が犯人なのか特定するつもりである。


「まずは田中さん殺害のときのアリバイを確認しましょう。この人数ならそれができるわ」


「おいおい! 女子高生が探偵気取りかよあぁん!?」

「馬鹿にしないでよ! 私は来年には三十路よ!」

「あ、そうなんスか……」



「では私から」


先陣を切ったのは前田であった。


「私は一人で部屋にいました」


……。


「え、それだけ?」

「ええ、そうですが」


「俺もよしこと部屋にいたぜ」

「うん。健太とずっと一緒」


「私も、部屋にいました」



「あずさ、全員部屋にいたみたいだけど」


ちなつが耳打ちしてきたが、スポーツブラが透けてくるほどの冷や汗をかいているあずさは言葉を返す余裕がなかった。

全員が確固たるアリバイがあって、一体犯人はどうやって田中を殺したんだ、という展開につながる予定だった。

崩さなければならないアリバイがないのであれば、推理する意味もないのだ。



「じゃあ、まあ、あの、小笠原たえこさん辺りが犯人ということで、いかがでしょうか」

「私!?」

「おいおい何だそりゃ! 決めつけもいいところだろうがよ!」

「だって、一番犯人っぽくない感じだしてるから、逆に犯人っぽいじゃん」


あずさが発する強烈な狂人感に、地元でぶいぶいいわしていた小林も閉口するしかなかった。



「うわーん私は犯人じゃないもん!」


小笠原たえこは泣きじゃくりながら大広間から出ていった。


「あ、待って! 今は一人だと危険ですよ!」

「ダメです前田さん!」


呼び止めようとした前田をあずさが静止する。


「一人にさせましょう。そうしたら死体になって見つかるはずなんで、容疑者減りますよ」

「正気ですか!?」


あずさが必死に止めたが、前田は小笠原たえこが出ていった方へ駆けていった。


「全く。一人にさせとけば展開が進むのに」



一旦二人が戻ってくるのを待っていたが、いくら待っても二人が戻ってくる気配はない。

しびれを切らした小林健太と小笠原よしこは、二人を探しに席を立ち、大広間はしんと静まり返った。


1時間、2時間、時間だけが経つ。

深夜だったが、窓から見える空が徐々に朝焼けの色に染まっていく。



結局、四人は朝になっても、戻っては来なかった。



「遅いねー、四人とも」


ちなつがのんびりと呟いた隣で、あずさは滝のような汗を流していた。

この状況で戻ってこないということは、十中八九、四人は死んでいると見ていいだろう。


「どうする? あずさ」


すなわち、容疑者はもう、一人しかないのだ。


「ねえ、あずさ?」

「ちなつ!」

「え!?」



あずさは手元にあった花瓶を手に取り、ちなつの頭上に向かって大きく振り下ろした。

鈍い音と、ガラスが割れる音が同時に響き、花と花瓶、水が辺り一面に飛び散った。


「ど、どうし、て」


崩れ落ちるちなつの横で、あずさは勝利を確信した高笑いを始める。

解決した。

容疑者が一人になった時点で、その容疑者を倒せば事件は解決となる。

疑いようもない完璧なロジックであった。



「解決した! やったー! 初めて事件を解決したわ!」



このとき、たしかに前田、小林、小笠原✕2は犯人の手によって殺されていたのだ。



「いやっほー! 名探偵あずさ! 最高の響きだわ!」



ただし、あずさは完璧に、計算違いをしていた。



「……でも、ちなつが犯人なら、どうやってこの場にいない四人を殺せるの?」



なぜならあずさは、理系でもなんでもないし、何なら中卒であった。



タイトルに偽りはない。容疑者は、143人。

すなわち、



「俺を、数え忘れてたなあ?」

「え?」






どこで計算を間違えたのか、わかったでしょうか。

わからなくとも、まあ特に問題はないです。

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