彼女はカノジョ
次の日、いつものように歩いて店へ行くと、店先に桃花ちゃんの姿がなかった。
いつもこの時間には店先に出て掃除をしているのに、なんだか違和感があった。
「おはようございます」
中へ入るとおやっさんが帳簿をつけていたが、俺の顔をチラッと見ただけで、不機嫌そうに無視された。
「あれ? 今日は桃花ちゃんは?」
「てめえ……」
圧し殺したような声で、おやっさんが言った。
「トーカになんかしたのか?」
「え……」
なんだか不吉な予感がした。
「桃花ちゃんに何かあったんですか!?」
おやっさんはまた黙り込んでしまった。
わけがわからない。
「と……、とりあえず店先の箒がけして来ます」
コンクリートの地面を箒で掃いていると、心配している当の妹の声が、背後から聞こえた。
「耕兄……」
ばっ! と振り返ると、パジャマ姿の桃花ちゃんが立っていた。パンダ柄のパジャマだった。ベリーショートについた寝癖がなんだか色っぽい。
「なんだ! 寝てたのか? 心配したぞ!」
伏せていた顔を上げ、こっちを向いた。やたらと目が赤い。
「昨日……さ。たまたまなんだけど……夜に、耕兄のアパートの前、通りかかったんだ」
「何時頃?」
「9時過ぎだったかな……」
ドキッ。
架純ちゃんがアパートを出た時ぐらいだ、それ……。
「耕兄の部屋から女の人、出て来たんだけど……」
やっぱりそれか!
しばらく桃花ちゃんは何も言わずに、まるで泣き腫らしたようにも見える赤い目で、俺の顔をじっと見ていた。ヤバいな、ふしだらなことを俺がしていると思われているな、これは。何とか言い訳しないと……。
「もしかして……」
唇を震わせながら、桃花ちゃんが急にぶっきらぼうな、明るく冷やかすような口調になった。
「カノジョさんか? ン?」
これは助け舟だと思った。
「そ、そうなんだ! っていうか今はまだカノジョじゃないんだけど、結婚する意思があるんだ、俺。けっして不真面目な関係とかじゃないぞ? 勘違いすんな?」
「そっかあ!」
なんか不自然なぐらい大袈裟に桃花ちゃんが笑い出した。
「カノジョさん、出来たんだあ!? よかったねえ! 耕兄、よかったねえ!」
いきなり小走りで店の中へ駆け込んで行った。なんだったんだ……。
架純ちゃんがやって来る土曜日まで、俺は色々と情報を集めた。
『アイオク!』で嫁をゲットしたとかいう話は今のところ皆無だった。
だが『肉体的接触に我セイコウせり』みたいなエピソードはいくらか紹介されている。
どうやら出品者との合意があればそういうことも出来るようだ。
いや! 俺が求めてるのはそういうことじゃないからね!
しかし、今のところ、彼女からキスしてもらうことは出来ても、俺のほうからキスすることは出来ない。
彼女から手を繋ぐのはOKだが、俺のほうから手を繋いだら、彼女に通報されてしまう。
こんな関係は嫌だ。
ネットの情報によると、『アイオク!』利用者の中から逮捕されたユーザーが結構出ているようだ。
出品者を落札者が愛したりしたら『強制わいせつ罪』になるらしい。
ユーザーは運営に個人情報をマイカードナンバーまで登録しているので、逃げるのは不可能だそうだ。
俺は頭の中でシミュレーションした。
俺『架純ちゃん! 君のことを愛してしまったんだ! 是非、本当のカノジョとして付き合ってほしい! そして、ゆくゆくは結婚も……』
彼女『規約違反です。通報しますね(にこっ)』
警察が駆けつける。
ポリ『強制わいせつ罪だ! 現行犯逮捕する!』
ガッシャーン!(←牢獄にブチ込まれる音)
……この惨劇を回避するにはどうすればいいか?
彼女に本気で俺のことを好きになってもらえばいい!
土曜日までに、計画を立てるのだ。
俺の愛を、架純ちゃんが求めるように、何としてでも、するのだ!
3日間で!
出来るのか!?
果たして!?
出来るかどうか、ではない。するのだ!
3日目に、俺は命をかける!
 




