スキンシップ
架純ちゃんの手料理が、ちゃぶ台の上に並べられた。
おからとほうれん草の炒り煮、きんぴらごぼう、切り干し大根、高野豆腐だ!
俺は感動した。見事に俺好みの料理だ。飾り気がなく、真面目だ。どれも質実剛健で美味しそう。しかもすべて節約料理だ。彼女、絶対しっかりした奥さんになるぞ。
「おにぎりもありますよ」
にっこりと架純ちゃんが重箱を取り出し、開けた。
まぶしいばかりに真っ白なおにぎりが6個も現れた!
「いただきます」
俺はまず、おにぎりを手に取ると、口に入れた。
うまい! ふつうの塩にぎりだけど、架純ちゃんのてのひらの味がする!
……って、いや。よく見たらプラスチックの型を使って握られたような、どれも同じ綺麗な形のおにぎりだった。ま、いい。
おかずは全部透明プラスチックのフードパックに入れられていて、なんだかどこかの惣菜屋さんで買って来たもののような雰囲気も……
いやいや! 彼女、『手料理』って言ってたろ! 信じろ! 信じるんだ!
料理は全部ふつうだったけど、彼女と一緒に食べると夢の世界の料理のような味がした。堪能した。
「おいしかった! ごちそうさま!」
笑顔で俺が手を合わせると、びっくりしたような顔をして架純ちゃんが俺の顔を見ているのに気づいた。
「あれ? ごはん粒でもついてる?」
「いえ……。ふふ……」
可笑しそうに、彼女は言った。
「笑顔が可愛いんですね。ふふっ」
ご飯が済むと、二人で紙コップに入れたお茶を飲みながら、楽しいお喋りタイムだ。
「今日は何をしました?」
架純ちゃんがそう俺に聞いてくれる。
俺の今日一日を知りたがってくれる。
俺は張り切って今日のことを彼女に話して聞かせた。
車検場へ行ったこと……あ、もちろん桃花ちゃんと一緒だったことは伏せた。
オルタネーターの壊れた古いファミリアは修理せずにリサイクル工場行きにして、廃車手続きを俺がしたこと、エンジンがかからなくなったと飛び込んで来たお兄ちゃんのGN125のキャブレターをオーバーホールしたこと……
ふと見ると、架純ちゃんが退屈で死にそうな顔をしている。
「あ……ごめん! 車やバイクの修理の話なんてつまらないよね。どうも俺、面白い話とか、できなくて……」
笑ってくれた。
「いいと思いますよ。真面目で、お仕事が好きな感じがまっすぐ伝わってきました。そういうの、好きです」
褒められて、俺はテレテレと頭を掻いた。
「あっ!」と架純ちゃんが思い出したように声をあげた。
「えっ?」と俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
「耳かき……してあげましょうか?」
架純ちゃんは自分のバッグの中をゴソゴソすると、耳かきを取り出してみせ、にっこりと笑った。
俺はその耳かきをまじまじと見つめた。白いふわふわの梵天がついたレトロなやつだ。ふつうの耳かきが、なぜかエロいグッズのように見えてしまった。
「お……、お願いします」
「じゃ、ここに頭を置いてください」
彼女が正座している自分の膝を示す。
天国だ。
耳かきって、天国だ。
あっという間に時間は過ぎ、まったりした時は終わりを告げてしまった。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
時計が9時を差すと、架純ちゃんはそう言って荷物をまとめはじめた。
「ま……、まだ三時間しか……」
「帰りのバスがなくなっちゃうんです。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、急いで俺に告げる。
「じゃ、明日も18時に来ますね」
それはだめだと咄嗟に思った。
次は3日目。
返金可能期間の最後の日なのだ。
彼女に俺のいいところを見てもらう最後のチャンスの日なのだ!
今日は俺はとてもまったりできた。幸せだった。
でも、彼女に俺のいいところが見せられたとはとても思えない。三時間ではとても足りないのだ。
明日も平日。三時間で帰られるのなんて、嫌だ。もっと一緒にいたい。
「待って!」
俺は彼女を引き止めた。
「次は土曜日でお願いします!」
「土曜日って……」
架純ちゃんがびっくりしたような顔をする。
「4日も先ですよ?」
「明日からしばらく忙しくて、帰りが遅くなるんだ」
嘘をついてしまった。
「土曜日にはようやく暇になるから……。土曜日の昼12時でお願いできないかな」
「う〜ん……」
彼女は不満そうな顔でしばらく考えていたが、
「いいですよ」
にっこり笑ってくれた。
「じゃあ、また」と言って出て行こうとする架純ちゃんを、俺はまた呼び止める。
「あのっ!」
「はい?」
「その……」
「どうしたの? くすっ」
「お休みのキス……してくれないの?」
俺から彼女にキスすることは出来ない。
俺は彼女を愛してはいけないルールなのだ。
しかし、逆に、彼女は俺を愛さなければいけない。それがルールだから。
それなら……
「うふっ。そうですね」
架純ちゃんが近づいてくる。
「コータさん、愛してますよ」
ちゅっ♡
唇が触れただけじゃなかった。
軽く、吸われた。
「じゃ、お休みなさい」
そう言い残して彼女が出て行ったあと、俺は畳の上でジタバタと悶え続けていた。
ファーストキスだったのだ。