二日目
車検場は朝から結構混んでいた。
到着してすぐにヘッドライトの光軸の確認をしてもらうと、後はディーラーの人に任せて待合室で待つだけだ。
「どのぐらい時間かかるの?」と桃花ちゃんが聞いてくる。
「この混み具合だと二時間ぐらい待たされるかもな」
「よかった」
桃花ちゃんの顔が嬉しそうに輝いた。
「何がいいんだよ? 退屈だぞ?」
「退屈だからさ、いっぱいお話しようよ」
「そんなに話題あるかなぁ……」
あった。
結構話題って尽きないもんだなと思わされた。俺は一人っ子だが、妹がいてもこんなには会話は続かないだろう。
ほぼ桃花ちゃんの面白話と俺に対する質問ばかりだったが、退屈することなく時間が過ぎて行く。
「ね? あたしを連れて来て正解だったっしょ?」
「そうだな」
素直に負けを認めた。
「お陰であっという間に時間が過ぎたよ」
本当はスマホで『アイオク! 必勝法』みたいな情報があれば熟読しておきたかったのだが、まぁ、いいか。桃花ちゃんが楽しそうだったし。
車検を終えた車に二人で乗り込み、帰路を走る。
来た時と同様に子供みたいにはしゃぎながら、助手席で桃花ちゃんが言い出した。
「耕兄、アパートで独り暮らし、寂しくない? うちの二階に住み込めばいいのに」
「そういうわけに行かないだろ。オッサンとはいえ、男が同居するのはおまえも嫌だろ」
天気はよく、冬だというのにぽっかぽかだ。
「耕兄ならいいよ」
なんだか楽しい妄想でもしてるように桃花ちゃんが笑う。
「だって今日の待合室でも会話、盛り上がったじゃん? 一緒に暮らすの、楽しそう」
俺は少しだけ考えた。
長い直線の道の向こうを見ながら、店の二階での居候生活を想像してみた。
あり得ないと首を横に振った。
「いや、ないない。俺、31だからな。そろそろ結婚したいとか考えてる。おやっさんの家に居候してたらそんなチャンスも逃しちまいそうだよ。独り暮らしのほうがいいよ、やっぱ」
それに、同居なんかしてたら『アイオク!』を使うことが出来ない。それは嫌だった。
俺は絶対、架純ちゃんとガチの恋人関係になって、そして、出来れば結婚まで辿り着きたいのだ。
ふと見ると、助手席の桃花ちゃんが急に不機嫌になり、何も喋らずに外ばかり怖い目で見ている。
よくわからないけど、女の子ってこういうものなのかな。急に気分が変わるっていうか……。
ま、どうせ俺には関係ない。ほっとこう。
少し遅れて仕事を終え、帰る頃には桃花ちゃんはいなかった。大学の友達と遊んで、夜にでも帰って来るのだろう。
今日は二日目だ。
時計を見ると17時41分。急いで帰らねば。
架純ちゃんを待たせるわけにはいかない!
アパートに着くと、彼女がまだ来ていなかったのでホッとした。
寒いのに部屋の前で待たせたりしたら大幅な減点を喰らってたかもしれないところだった。
時計を見ると17時54分。そろそろ来るだろう。
生きてるって素晴らしい!
今日も架純ちゃんに会えるんだ!
中へ入り、料理を始めていると、呼び鈴が鳴った。
小走りで玄関へ行き、ドアスコープを覗くと、地味可愛い顔が、何やら百面相をしているのが見えた。緊張をほぐしてるのかな? 頬に手を当てながら、笑ったり微笑んだり、びっくりした表情になったりしている。
ドアを開け、「いらっしゃい」と言うと、架純ちゃんがまぶしく微笑んでくれた。
今日は赤いコートだ。薔薇の花のようによく似合う。
「あら? いい匂い」
玄関のドアを閉めると、彼女が言った。
「うん。昨日のうちにクリームシチューを作っといたんだ」
俺は自慢げにならないよう気をつけながら、爽やかな笑顔を作った。
「晩ごはん、まだでしょ?」
「あー……。でも……」
架純ちゃんは愛嬌たっぷりに、言った。
「これは規約違反になりますねぇ……」
「え?」
「これをコータさんの『愛情手料理』とするなら、わたしはこれは食べられません。受け取れません」
「ええ……」
しょんぼりした。
「食べるぐらい……いいじゃん」
「じつは、あたしも手料理持って来たんですよ」
「ええっ!?」
「そのクリームシチューと、あたしの手料理。どっちが食べたいですか?」
「ももももちろんそっち!」
俺は犬のように飛びついた。
「ふふっ。でも、お料理できるなんて、すごぉい」
彼女はそう言ってくれたけど、なぜだかあんまり感心されている気がしなかった。
 




