お疲れ様でした
手を繋いで公園を歩き、屋台でたこ焼きを一舟買って、二人で食べた。
「ふーふーしてあげますね」
彼女のピンク色の唇が尖り、たこ焼きをふーふーする。
彼女の体内から出る涼やかな吐息が、たこ焼きをふーふーする。
「はい、あーん」
「あちちちちっ!」
「あっ! まだ熱かった? すみません!」
そう言って、慌ててさらにふーふーする。
彼女の唇がたこ焼きに触れ、温度を確かめる。
「……ん。今度は大丈夫。はい、あーん」
彼女の唇が触れたたこ焼きを、俺は味わった。
うまい。
うまい以上に、うまい。
「じゃっ……、今度は……」
俺がたこ焼きをつまようじで刺し、ふーふーしようとすると、彼女が俺をじっと見ているのに気づいた。
『それはルール違反ですよ』というように、厳しい目つきで俺を見ている。
「……ごめんなさい。はい、どうぞ」
入れ物ごとたこ焼きを渡すと、彼女は自分の手でそれを口に入れ、にっこり笑った。
「おいしいね!」
アパートの部屋に帰ると、彼女が言った。
「じゃ、今日はこれで失礼しますね」
「え……」
思わず声が出た。
「一緒に暮らしてくれるんじゃないの?」
「そんなことはどこにも明記されてないですよ」
にっこりと笑う。
「明日はコータさん、お仕事ですよね? 何時に来たらいいですか?」
「えと……、夕方の5時半には帰ってますけど」
「じゃあ、18時に来ますね」
そう言って、俺の頬に……
「愛してますよ、コータさん」
キスしてくれた。
俺はこの歳にしてあまりにも純情だ。たじろいで、挙動不審になってしまった。
キョドキョドしてる俺を、なんだか冷めた感じのする笑いでじっと見つめると、彼女は言った。
「じゃ、お疲れ様でした!」
窓から見ると、彼女が小走りに去って行くのが見えた。
彼女が来る時の交通費はバスの領収書と引き換えに360円渡したが、帰りの交通費は請求されなかった。
帰りもバスなのだろうか。タクシー?
それとも誰かに車で送ってもらうとか?
夜、一人で酒を飲みながらテレビを観た。
テレビでは、タレント兼社会評論家の有名なオッサンが、『アイオク!』について語っていた。
『誰かを愛するのに、じつは身近な人って、要らないんですよ。芸能人でも、アニメキャラでも、自分がそれを好きになって、愛してると言えるのなら、誰かを愛したい欲求は満たせる。
でも、愛されることには他者が必要とされるでしょう? 自分で自分を愛するのには限界がある。
愛されないと人は自己承認欲求を満たされないものです。それでだんだんと生きる意欲が薄れて行く。愛してくれる異性がいない人は、今まで恋愛シミュレーションゲームでそれを満たして来たのでしょう。疑似とはいえ、相手は都合よく自分の分身を愛してくれる。しかし、それでは物足りなくなって来たんでしょうね。
アイオク!は、愛してくれる人を求める寂しい現代人の欲求に応えて産まれたのだと思います。そして現状、それは成功しているといえますよね。
ただ、私は今後は廃れて行くと予想しますよ。だってあれって一方的なものだって言うじゃないですか。
落札者は愛が欲しい、でも出品者が欲しいのはお金です。聞くところによると、出品者はルール通りに落札者に愛を提供するけど、落札者が出品者を愛するのはルール違反だそうじゃないですか。
つまり愛されるばかりで、愛し合うということは出来ないわけですよ?』
インタビュアーの女性がここで口を挟んだ。
『愛を提供しているうちに出品者にも本当に愛が芽生えるということはあり得るんじゃないですかね? アイオク!をきっかけに結婚するカップルなども将来には産まれる可能性は?』
『あるかもしれないですが、私は気持ち悪いと思いますね。また、あったとしても滅多にないでしょう。いわばあれってフーゾクみたいなものですからね。風俗嬢とお店で知り合って結婚した男性なんて、そうそういないんじゃないですか? 知らんけど』
ようし……と思った。
俺がその第一号になってやろうじゃないか!