桃花の告白
架純ちゃんが帰った後の部屋は、戦争が終わって気が抜けた国のように平和ボケしていた。
俺が座布団に腰を下ろすと、突っ立ったままの桃花が、涙声で言う。
「……何やってんの、耕兄?」
「何をって?」
「『アイオク!』で知り合った女の人にアホみたいに熱上げて……。バカみたい」
「アホなのかバカなのかどっちかにしろ」
「女の子の気持ちのわからない耕兄のこと、架純さんが好きになるなんて絶対にあり得ないから……」
「うるせーよ」
「……そんなにカノジョさんの愛が欲しいの?」
「うるせー。おまえにわかるかよ」
「じゃあ……」
桃花が俺の目の前にスライディング正座して来た。
「あたしが愛してあげる!」
「はあ? 何言って……」
「好きだったの!」
真剣な目を潤ませて、桃花が言う。
「あたし……! ずっと前から! 耕兄のこと、あ……愛してたの! あたしをカノジョにして!」
桃花がまっすぐに俺の目を見つめて来る。
ずっとおやっさんに似てると思ってたけど、涙を流す彼女の顔は、おやっさんと全然違って見えた。
女の子だったんだなと思い知った。
そして彼女の気持ちはほんとうなのだと、わかった。
ちっとも気づかなかった……。
そうか。『一番大切な人はすぐ近くにいるのに、人はそれに気づかない』ってよく言うけど、こういうことなのか。
確かに桃花は可愛い。
小6から見て来たから、子供にしか思えなかったけど、今、こうして愛を口にする彼女を目の前にすると、いつの間にか女になってたんだなと思い知らされた。
うるうるしてる瞳に色気がある。
尖った顎の形が、指で摘んでみたくさせる。
耳に生えたうぶ毛が目にくすぐったい。
健康的な肌の色に、そこだけ赤みがかった頬に触れてみたい。
子供のものとも男のものともまったく違う、その女の唇に……
「桃花……」
俺は微笑んでみせた。
「そうか……。俺を愛してくれる人がこんなに近くにいたのか……気づかなかった」
桃花が目を閉じた。
俺からのキスを待っている。
「ありがとう、桃花」
俺は言った。
「でもごめん。おまえの気持ちに応えてやることはできない」
バカな!? みたいな表情で桃花が目を開いた。
「俺もおまえのことを愛しているよ。ただそれは、兄として、な」
俺は立ち上がると、拳を振り上げ、近所中に聞こえるほどの声で叫んだ。
「俺は! 架純ちゃんを! 愛してるんだあぁぁあ!!!」
桃花が顔を真っ青にしてガクガクブルブル震え出したと思ったら、危ない人の側からまるで逃げ出すように、ダッ! と駆け出し、玄関の扉を激しく鳴らして出て行った。
あるいは『まるで火事の現場から逃げ出すように』かな?
そう。俺は燃えている。
異常なほどに、この恋に燃えているのだ!
彼女しか見えていない! バカだと笑いたければ笑え!
根性だ! 俺は「愛してる」とは言えないけれど、愛を見せることは出来るのだ!
諦めたらそこで試合終了だとケンタッキーフライドチキンのおじさんみたいな人も言ったではないか!
俺は彼女の愛を諦めない!




