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戦争のような恋

「ねぇ、もしかしてコータさん、わたしに本気で恋してしまったんじゃないですか?」

 架純ちゃんが笑顔で煽る。

「その気持ち、聞かせてください。きっとスッキリしますよ?」

 手には録音アプリをセットしたスマホを持っている。


「そんなに俺に『出ていけ』って言わせたいの?」

 俺もにこにこ煽り返す。

「もしかして架純ちゃん。それって、俺のことを愛してないってことかなあ?」


「愛してますよ」


「じゃ、キスしてくれる?」


 俺は彼女を愛してると言えない。


 彼女は俺を愛してないと言えない。


 お互いそれを利用しての戦争ゲームみたいになっていた。


 今日は18時に来て、20時には帰ると言い出した。

 帰り際に俺がキスをせがむと、靴を履きかけていた架純ちゃんは振り返り、唇を結んで悔しそうな顔をした。


「ほらほら。キスしないと、愛してないってことになっちゃうよ? できないの? 愛してないの?」


 そう言いながら、俺は不本意にも楽しくなっていた。

 ついさっき自分はドMなのではないかと思ったばっかりだったが、もしかしたらあれは違ったかもしれない。

 架純ちゃんの弱みを握って、立場的に上に立つ快感を楽しむ自分はドSなのではないかと、今度は思えてきた。


「運営さんに通報しちゃおっかなー。彼女、落札者に愛を提供しなきゃいけないのに、してくれなかったんですよーって」


「愛してマスッ!」


 架純ちゃんはそう言うと背を伸ばし、俺の口に噛みついてきた。


 がりっ!


 こ……、これはこれで……


 気持ちいい。


 そんなバカなことを思っていると、彼女が少しだけ顔を離し、潤んだ目をして聞いてくる。


「あたしからばっかりさせて……ひどいです。コータさんのほうからあたしにキス……してくれないんですか?」


 見え見えのひっかけだ。


 でもひっかかりかけた。


 キスできない代わりに思わず抱きしめようとしかけて必死で自分を止める。

 俺のほうからはどんなことであろうと愛の表現をすれば規約違反となり、架純ちゃんを逃してしまうのだ。


 いやだ。


 俺は架純ちゃんといたいんだ。


 たとえ、それがどんなに嫌なことをしてくる架純ちゃんでもだ。



 俺がひっかからないのを見届けると、彼女は後ろを向き、何も言わずに扉を開けた。

 栗色の後ろ髪がピョンと跳ねて、かわいい動きをしたのが心に残った。

 それはまるで笑顔だった頃の架純ちゃんのあかるい表情の動きに似ていた。

 でも、彼女は振り向くこともなく、帰って行こうとする。


 その背中に俺は声をかけた。

「明日、また18時」


「愛してます!」

 そう言って架純ちゃんが乱暴に扉を閉めた。





 次の日、俺は店のクルマを借りた。

 マツダの赤いロードスターだ。


 コイツで昨日のリクエスト通り高級ステーキを架純ちゃんと食べに行くのだ。

 俺は趣味がないぶん、こう見えてカネは持っているのだ。

 その後はこのカッコいいオープンカーで夜のドライブと行こう。


 俺がロードスターに乗って帰りかけると、桃花とうかがちょうど大学から帰って来た。


「ええっ!? 耕兄こうにい、それどうすんの!?」


「彼女とドライブデートするんだ」


「まっ……、まだそんなこと言ってんの!? 早く目を覚ませ!」


「じゃあな」


 颯爽と俺は、クルマで約2分の帰り道へと走り出した。



 クルマに乗ってアパートに近づくと、向こう側から架純ちゃんが歩いて来るのが見えた。時間はまだ17時33分だ。


 俺が短くクラクションを鳴らし、屋根を開け放った運転席から手を振ると、彼女はこちらに気づいた。


 びっくりしたようだ。俺に気づくと、赤いコートの上に、ぱあっと笑顔の花が開いた。

 しまったと思ったのかすぐにそれを引っ込め、不機嫌そうな表情を作る。


「やあ、架純ちゃん」

 狭い道路の真ん中にクルマを停め、サングラスを外しながら言った。

「お早いお越しだね」


「今日も遅かったですね」

 怒るようにそう言った。

「明日も遅れたら、いくら愛してるといっても『アイオク!』運営さんに訴えます」


「遅れてないじゃないか」


「そうですね」


「大体、約束は18時だろう?」


「そ……、そうですね」


 なんか俺を策略にはめようとしていたようだが、穴だらけだ。だがそれがかわいい。


「駐車場、離れたとこにあるから停めて来るよ。入って待ってて」


 そう言いながら部屋の鍵を渡すと、架純ちゃんは急にオドオドしはじめ、申し訳なさそうな声で聞いてきた。


「そのクルマ……もしかして……買ったんですか?」

 両手で口元を隠して、表情を隠した。

「わたしのために?」


 それでは架純ちゃんへのプレゼントみたいな意味になってしまい、俺からの愛の表現ということになって、規約違反だと言いたいのだろう。

 しかし残念だったね。これは店からの借り物だ。


「まぁ、入っててよ」


 クルマをゆっくりと発進させ、ルームミラーを見ると、架純ちゃんはまだ口元に両手を当てて、じっと俺を見送っていた。



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