五日目
朝、職場に行くなり、おやっさんから聞かれた。
「おい耕太! 『あいおく』って何だ?」
桃花だ……畜生! そんなことおやっさんに知らせるな!
決していかがわしいものではないことを、恥ずかしがりながら説明すると、おやっさんはわかってくれた。
そして笑いながら、バカなことを言い出した。
「なんだ耕太。おまえ、寂しいのか。嫁をもらえ。あれだ、なんならウチの桃花をやってもいいぞ? おまえなら安心だからな」
どこの世界に妹を嫁にもらう男がいるもんかよ。
しかも父親に顔がそっくりな娘をよ。
「おやっさんもどうスか? アイオク、やってみません?」
誘ってみた。
「ハッ!」
笑い飛ばされた。
「おやっさんも寂しくないッスか? 奥さんと死に別れてもう10年でしょ? 59歳で独り身って寂しくないですか? 一緒にやりましょうよ、アイオク。楽しいですよ?」
共犯にしようとしてみた。
すると、おやっさんは言ったのだった。
「俺には確かに嫁はおらんが、おまえたちがいるよ。寂しいもんか。それに何より、トーカがよく面倒見てくれるからな」
納得した。
そうか桃花ちゃん、お父さん思いだもんな。
店の手伝いもよくするし、あんないい娘を持ったお父さんは幸せだな。
おやっさんはさらに言った。
「トーカと耕太が一緒になってくれたら俺も安心なんだがなぁ。他に何もいらねえってぐらいだ」
「アハハ……」
笑い飛ばしておいた。
その桃花ちゃんは今日も店の掃除を手伝いに出てこなかった。
知らない間に大学へ出て行ったみたいで、結局一度も顔を合わせないまま、その日の仕事が終わった。
さあ……。
今日で五日目だ。
18時に架純ちゃんがやって来る。
今日は桃花もいなくて二人っきりだ。さて、どんなことをしてくるのか……。
そう思いながらアパートに帰ると、玄関扉の前で架純ちゃんが待っているのが見えた。時間はまだ17時半だ。
今日は初めて会った日に着ていた白いコート姿。髪も綺麗にセットしている。
『一刻も早く会いたくて、時間より前に来てくれたんだ……!』
感激しながら俺が近づくと、
「……遅い」
不機嫌そうな顔で、そう言われた。
「このあたし様を待たせるとは、大した度胸ですね、耕太さん。愛してますけど」
「すっ……、すいません!」
遅れたわけではないのに謝ってしまった。
部屋に招き入れると、あからさまに溜め息を吐かれた。
物凄くだるそうだ。
座布団に座るなり、面倒臭そうに聞いてきた。
「今日は何をしてほしいんですか?」
「えっと……」
俺はお茶を出しながら、考えて、答えた。
「今日の手料理は何かな〜? ……なんて」
期待につい、へんな笑い方をしてしまう。
「カップラーメン、ありますか?」
「へ?」
「それを一緒に食べてあげます」
なんにも用意して来てないようだ。
待てよ? これは……俺の料理の腕を見せるチャンスだ。
「あっ。じゃ、俺、作るよ。冷蔵庫に何あったかな。座っててよ。任せて……」
「コータさん」
「え?」
「そんな何が入れられてるかわからないもの、わたしが食べると思いますか?」
どっかで聞いた、これ。
唾とか、もっと怖いものとか入れられてるかもしれないって……。
「仕方ないなあ……」
はあ、と溜め息をまた吐きながら、
「じゃあ、あたし、高級ステーキが食べたいです」
なんか言い出した。
「最低でも1万円するとこに連れて行ってください。もちろんコータさんのおごりでお願いします。気前のいいところを愛してあげますんで」
俺は一瞬、固まってしまった。
すぐに愛想笑いを浮かべながら首を横に振り、言った。
「俺……、クルマ持ってないからさ。職場のクルマを結構乗り回せるから不要で、だから……」
「クルマも持ってないんですか!」
唾を吐くような言い方で、やたら大仰に驚かれた。
「クルマも持ってないなんて……! あ。あたしも持ってないか」
自己批判になったみたいだ。
「じゃ、近所に何か高級料理店、ありますか? あたし今、凄く高級なものしか食べたくないので」
「このへん、大衆的なお店ばっかりだよ」
「じゃあ、カップラーメンにしましょう」
「……はい」
「あたしがお湯を注ぐところを見ててあげます。愛を込めて」
どうやら始まったようだ……。
『愛してる』さえ口にすれば何をしてもいいという、出品者の落札者いじめが……。
いや、負けないぞ。
ここでなお誠実な俺を見せつければ、きっと彼女も心を開いてくれるはずだ!




