愛が欲しいんだ!
「桃花、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
ゲームを終えて、ダラダラとスマートフォンを見ている桃花に、俺は言った。
「友達と約束とかないのか? こんなところでダラダラしてたら青春がもったいないぞ?」
まったく……。彼女が来てるってのに……。気を利かせろよな。
時計を見るともう3時だ。あと6時間しか架純ちゃんといられない。
見たところ夕食は作って来てないようだから、何か俺が作ってご馳走しようかな。じゃがいもと牛肉があるから……美味しい肉じゃがを作ろう。料理上手なところを見せて好感度アップだ。なら早めに準備を……
あるいは架純ちゃんに作ってもらおうかな。
出来立ての彼女の手料理……ウフフ。
そう思っていると、立ち上がり、
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
そう言ったのは、架純ちゃんだった。
「えええええ!?」
俺は思わず大袈裟なぐらい叫んでしまった。
「バスがなくなるのって9時じゃなかった?!」
「ごめんなさい。用事があるんです」
「どんな用事?!」
「観たいテレビがあるんです」
「それ、ここでも観れるよね?!」
「あっ。観たい番組は一人で観る主義なんで」
桃花がケラケラと笑い出した。
「耕兄、引き止めちゃ悪いでしょ! 架純さんは耕兄に落札されたから、仕方なくここにいるんだから」
そしてグサリと俺の胸を抉ることを言う。
「架純さんは耕兄の恋人じゃなくて、ただお金で愛を買われただけの落札商品なんだから」
「じゃっ、失礼します」
架純ちゃんが帰ってしまう……。
「明日は18時に来ますね。それじゃ、愛してます」
帰ってしまった。
なぜか部屋には俺と桃花が残った。
「それにしても……」
桃花が言った。
「まさか耕兄がアイオク!やってるなんてねー」
「わ……、悪いか」
俺は開き直った。
「愛が欲しかったんだよ、俺は」
「そ、そんなに愛に飢えてたの?」
「悪いか」
「耕兄って、そんなに誰からも愛されてないとは……思わないけど?」
「たとえば誰が俺を愛してくれてるんだ?」
「お父さんは愛してるよ、耕兄のこと」
「おやっさん……」
ちょっと気持ち悪いものがこみ上げた。
「うん……。確かに信頼してくれてるよな。有り難いと思ってる。……でも、そういうのじゃなくて……」
「両親ともべつに仲悪くないんでしょ?」
「ふつうにな。でも『愛してもらってる』とか言うのは気持ち悪いな。大体、俺が欲しいのはそういうのじゃなくて……」
「あたしも……!」
桃花は急にかしこまって、
「あたしも耕兄のこと……あ……、あいあいあいあい……愛してる!」
顔を真っ赤にしてそんなことを言い出した。
なんだかあまりにも恥ずかしい空気が流れたので、俺も正座して、ぺこりと頭を下げながら言った。
「ありがとう。妹なんて本当はそんなに慕ってくれるもんじゃないと思うから、なんか嬉しいわ。でも……、違うんだ。そういうんじゃないんだ」
「そういう……って?」
桃花が茹でダコみたいな顔を上げた。
「どう違うの?」
「俺はな……」
恥ずかしいセリフだったが、俺は立ち上がり、勢いをつけて、言い放った。
「俺は、『カノジョの愛』が欲しいんだぁぁあ!」
たぶん隣の部屋にも、下の部屋にも聞こえるほどの大声で叫んでしまった。畜生、なんでこんな恥ずかしいことを言わされなきゃいけないんだ。
言わせた桃花を見ると、真っ赤だった顔が、なぜか真っ青になっている。
「……つまり」
震える声で俺に聞いてくる。
「耕兄は、架純さんのことを、本当に好きになっちゃったってこと?」
「おう!」
俺はおかしなテンションになっていた。
「きっと彼女も俺のことを悪くは思ってないはずだ!」
キモい男だと思ってたらキスまではしないだろ。
「架純ちゃんの彼氏に俺はなる!」
俺の謎の迫力に圧されたのか、桃花はガクガクと震えながら俺を見上げて黙っていた。突然、意味もなく泣き出すような素振りをしたかと思うと、すぐにフラリと立ち上がり、弱々しい声で言った。
「帰る」
しつこく居座ってやがったくせに、逃げるように帰って行った。
なんなんだ。女の子ってのは本当にわからない。




