おこげパスタ
「おこげパスタって、何?」
俺が聞くと、架純ちゃんがなぜか黙り込んだので、桃花が教えてくれた。
「わざと焦げ目をつけて作るスパゲッティーだよ。濃厚で香ばしくて美味しいんだって。あたしは作ったことも食べたこともないけど」
架純ちゃんがにっこり笑う。なぜかちょっとひきつっていた。
「どうせならここで作ればよかったのに」
桃花が架純ちゃんにツッコミを入れる。
「耕兄、料理好きだから、調理道具揃ってるし」
「なるべく失敗したくなかったから」
架純ちゃんはそう言って、ちゃぶ台にでっかい白いビニール袋を置いた。
「そうだ。トーカちゃんにはこっちをあげましょう」
袋の中には大きくて平べったい紙箱が二つ入っていた。
上のほうを俺に渡し、下のほうを桃花に渡す。
「あれ? 架純さんのは?」
桃花が聞いた。
「あたしは家で食べて来たから……いいのよ」
「よかったらカップラーメンあるけど?」
俺がそう言うと、救いの神を見るような笑顔でうなずいた。
「ください! それ、食べます!」
「じゃあ、あたし、遠慮なくこれいただきますね」
桃花は本当に遠慮なくそう言うと、紙箱を、開けた。
「わあっ! 美味しそう!」
「レンチンしたほうがいいですよ」
カップラーメンの袋をいそいそと剥きながら、架純ちゃんが言う。
「あっためたほうが絶対美味しいですから」
「じゃあ、俺も……」
まだ開けていない紙箱を持って俺が立ち上がりかけると、架純ちゃんに止められた。
「あっ! コータさんのはそのまま食べてください」
「……なんで?」
「あっためると美味しくないから」
「……違うものなの?」
「はい。コータさんのには特別に愛を込めましたので」
電子レンジがピロロと音を鳴らした。
桃花は嬉しそうに紙箱をちゃぶ台へ運ぶと、早速食べはじめる。
フォークで器用にくるくると巻き、口に入れた。
「んーっ! 香ばしい!」
ほっぺたが落ちそうな顔だ。
「架純さん、料理上手!」
テヘヘと笑いながら、架純ちゃんが俺と目を合わせない。
何か変だ。
そう思いながら、俺は自分に渡された紙箱を、開けた。
『え……』
思わず目を疑った。
『何、これ……。食べ物?』
中に入っていたのは、真っ黒なゴミのかたまりのようなものだった。
よく見たら確かにスパゲッティーだが、どちらかというとアンモナイトの化石のほうに近い。
「え……。何それ? 石?」と、桃花も言った。
「愛を込めたんです」
架純ちゃんが下を向いてカップラーメンを啜りながら、言った。
「愛を込めたら焦がし尽くしちゃって……」
なんだろう、これは……。
もしかしたら俺に嫌われようとし始めたのだろうか。
これが『アイオク!出品者の四日目の変貌』というやつなのだろうか?
フォークで巻こうとしたが、ガッチガチなので、突き刺した。なんとか刺さった。
重たいそのかたまりを気合いとともに持ち上げ、齧りつく。歯が欠けるかと思った。
でも、味はふつうにトマトソース味だ。
「うまい」
俺が言うと、架純ちゃんがびっくりしたように顔を上げて「えっ?」と言った。
「うまいよ。噛み砕くのは難しいけど。俺のために一生懸命作ってくれたんだもんね?」
「確かに……」
うつむいた。
「時間はかかりました……」
がじり、ごきり、と音を鳴らして、唾液で柔らかくしてなんとか俺はそれを食べた。
申し訳なさそうな、泣きそうな顔をして、架純ちゃんがそれをチラチラと見ていた。
食事が終わると、架純ちゃんと桃花が並んでゲームで対戦を始めた。
ゲームをしながら、二人でばかり会話をする。
「桃花ちゃんって、大学生?」
「うん。○○大の一回生」
「わあっ! 華のある女子大生だね。いいなあ、羨ましい……。 あたしなんて典型的な華のない女子大生だったからね」
俺は後ろから見てるだけだったが……
うん。
これはこれで楽しい。
女の子同士の戯れを眺めているというのも、なかなかいいものだ。
「そんなことないですよ〜。ってか、架純さん綺麗だから、モテたんじゃないですか〜?」
「いや、あたし、地味だったからね。今でも地味だし」
「いやいや。その鳥の巣みたいな頭をちゃんとセットして、口元にごはん粒つけるのもやめて、白いコートとか着ただけで絶対人気出ると思いますよ〜?」
桃花は知らないだろうが、いつもはそんななんだ。
「っていうかなんでそんなヨレヨレの灰色のジャンパー着てるんですか?」
「これ、いわば『アイオク!』の制服なの」
「制服?」
「そうだ! 桃花ちゃんもやってみない? アイオク!」
「あたしは〜……そんなの……。あっ、ごめんなさい『そんなの』だなんて」
「いいよ、いいよ。結構な稼ぎになるよ? そこらのアルバイトなんかより」
「でも……。ストーカーになられたらとか思ったら怖くないですか?」
架純ちゃんが俺のほうを振り向いた。
なんだか『今の聞いた?』みたいな、俺に何かをわかってほしいような笑顔だった。




