第8話:幼馴染と、何かあってたまるものか
「なんかノリで飛び出しちまったけど……」
女子トイレで、岬玲那は鏡を見つめて呟いた。
ショックだったから飛び出したというのは、実はあまりなくて、とりあえずノリで飛び出したというのが大きかった。
しかし、最後に聞かされたある少年からの一言は衝撃だった。
「男の子でも問題ないって……」
大きなため息をついた。
彼女は、鏡に映る自分の顔を見て、考えた。
「男に見えるかなぁ……」
もちろん少年は、容姿から言ったのではなく、玲那の性格や人との関わり方から言った事だったのだが、そこは不完全な言葉というものであるために、些細な勘違いが発生していた。
しかし、ファミレスに友達と来てトイレにこもるなどというつもりは、彼女には毛頭なく、席へと戻ることにした。
「ただいまー」
玲那が帰ってきた。何か考えることがあったか、柊から逃げたのか、それとも単純にお手洗いに用があったのか。
分からないけど、まぁどうでもいいや。
「おかえり……お兄ちゃ「それもういいって!」
「ええー」
あまり残念じゃなさそうに柊が言ったが、玲那は断固拒否の姿勢を崩さない。
さすがに飽きたようで、柊はコップの中のジュースを飲み干すと、椅子にもたれかかり分かりやすく脱力した。
葵も食べ終わり、優那ちゃんも食べ終わった。俺と拓海も結構前からジュースばかり飲んでいる。
「私だけ全然食べてない!」
「そりゃあ、突然トイレに行くもんだから」
「沙羅もじゃん!」
「私は食べるのが早いからね」
柊は「ふぅ……」とため息をついた。まぁ女子は小食で可愛さをアピールしてるとか、誰かに聞いたことがあるくらいだから、正直早食いなんて褒められるもんじゃないだろう。
「うーん、食べきれるかなぁ」
「食えるか考えて頼めよ……」
俺が言うと、玲那は「でもなぁ」と自分のおなかをさすりながら言った。
「確かにあまり食ってないんだけど、間にいろいろしすぎて空腹感がなくなっちゃったんだよな」
「俺は別にそうでもないんだが、元が小食なんじゃねえの?」
「お前は喋りながらもパクパク食べてたし、食ってるだけの時間もあったじゃないか」
なるほど、思い返してみれば、玲那は叫んだり、まあ主にそれだけだけど喋っている時間も長かった。
それなのにトイレに行ったりしてたわけだからこうもなるか。
「しょうがない、俺が食ってやる」
「そんな安請け合いでいいのか? お前も結構食ってただろ」
「俺は常人の3倍食う」
拓海の体のどこに入るのか知らんが、体の大事な器官を削ってまで、胃袋を巨大化させたというのなら納得だ。バカにもなる。
ただ口先だけということでもなかったみたいで、ガツガツ食べ進めている。
「見かけより食うな。お前」
「まあね。全部筋肉に還元されるのさ」
まあ脳に一切還元されていないところを見ると、その通りみたいだ。
とにかく食べ終わったところだし、会計だよな。合計は5000円ちょいだ。
「とりあえず葵のは俺が出すわ」
同居しているとは言えないので、できるだけ不自然じゃないように言う必要がある。これに関してはフォローをしてくれる拓海はありがたい。
本当は知られたくなかったけどな。
「私は優那の分も出すわ。姉妹だし」
「兄弟じゃ……「ないっ!」
なぜか岬姉妹を兄妹にしたがる柊を、ばっさりと玲那は切り捨てた。
この流れだと、柊の分は拓海が出すという流れになる。
もちろん本人もそれを感じているようで、財布と緊急会議を始めていた。だが踏ん切りがついたのか、何とか声を絞り出し「俺が出すよ……」とだけ言い、ちゃんと2人分払った。
レジで料金を払って外に出ると、結構暗くなっていた。
時間も、まぁ帰るのには早いけど、これからどこかに行くにしては遅いくらいだな。女子もいるわけだから、深夜まで遊ぶわけには行かないし。
「そろそろ解散にするか?」
「まあ私は何時まででもいいんだけど……」
「柊はそうかもしれんが、優那ちゃんや葵は、あまり遅くなるのもな」
いい終わると同時に、首筋に激痛が走り、強引に振り向かされた。
「私は? なあ私の心配は?」
「も、もちろん玲那もな」
「そうだよね、俺と冬真だけならともかく……そういえば最近冬真と、深夜まで遊ぶことなくなったな」
「まー葵が……」
そこまで言ってから気づいた。迂闊だった。
拓海も「あっ!」って顔してるが、お前も迂闊な質問するんじゃねえ! この状況、一番恐いのは言うまでもなく柊だ。
こいつの頭の回転ときたら……
「永野君?」
「は、はい……柊、さん?」
「どこまでやったのかしら?」
ほらぁー、こうなるよな普通。高校生の男女が一緒に住んでるとか言ったら、俺だってそういうところに行き着くよ。
でも俺らは幼馴染でそういうのじゃない、というところまで賢いお前には要求したい。
「とは言っても、あなたたちでは……全然でしょうね」
やっぱりこいつは俺よりも数枚上手、しかも周りへの配慮までしていただいているという。これはもう、立場上俺が完全に下だ。
ちなみに葵はというと、全く状況に気づいてない。
「よ、よしっ。帰るか、な、葵」
「え? うん、じゃあそうしよっか」
「じゃあ俺も帰るわ、柊送っていくな」
「ええ、よろしくお願いね」
拓海のテンションは最高潮だ。
「じゃあ私らも帰るわ」
「そうですね」
岬姉妹もここで解散することに異議は無い様で、お開きとなった。
家についてすぐ、俺は気になっていたことを葵に聞いてみることにした。
「なぁ、良かったのか?」
「ん? 何が?」
「だから、今日だよ。2人だけじゃなかったけど」
「あー……。別にいいよ」
「そうなのか?」
「そうなの」
葵がそう言うので、あまり深く聞くのはやめておくことにしよう。楽しかったのなら、それでいいから。
葵はすぐに着替えて、いつもよりも気合が入っていた? らしい化粧を落としていた。
化粧なんかしなくても、やはり綺麗な顔はしている。
ちなみに俺は服もそのまま、化粧なんかしてたらヤバイ。
「……楽しかったし」
「そうか、良かった」
「でも今度は2人で行こうね」
「ああ」
「なんか私疲れたし、もう寝るね」
「別に俺はいいけど、まだ8時なってねえぞ?」
「うん……でも疲れちゃった」
「風呂くらい入れよ」
「当たり前でしょ! 入るわよ!」
そりゃ風呂くらい入ると思っていたが、ファミレス行って、ちょっと騒いで疲れたって、体力ないなあ……
しかし話し相手がいないと、起きてても暇になるな、どうするか。
「浸かったまま寝るなよ、溺死する」
「大丈夫よ……別にふらふらになるほど疲れてるわけじゃないし」
「結構、疲れて見えるが」
「気のせい」
一度のんびりしてから、葵は疲れが噴出したような状態ではある。
別にさっきのはギャグとかじゃなく、本当に湯船に浸かったまま寝ると危険だって言うし、それなりに心配していたんだが。
まぁ本人が大丈夫だといってることだし、のんびりしてるか。
風呂、長くねぇ? もう9時になりそうなんだが。
1時間近く余裕で風呂に入ってることになるけど、大丈夫なのか? 俺はサッと入ってサッと上がるから、そうなだけで普通これくらいか?
「うーん……」
寝てた、そして溺死。笑えねえ。
「くそっ、なんか落ちつかねぇなぁ……」
ジッとしてられない。俺はガキか。熊か。
どうすっかなぁ。
「とりあえず、声だけかけてみよう。それがいいな、うん」
自問自答。結果、声だけかけるのなら問題あるまいという結論に達した。
とりあえず、脱衣所の扉の前までやってきた。中に葵がいると思うと……この扉も、何か特別なものに感じるな。幼馴染でも女子だ。
「おーい、生きて……」
「……へっ?」
なぜか、俺の声で扉が開く。「開けゴマ」と、言ったつもりはなかったが、なぜか開いた。
俺は今、結構パニック状態なんだが、目の前には裸。バスタオルで前を隠してはいるが、ほぼ全裸の状態の葵が、口をポカーンと開けて立っている。
色白な肌は、蛍光灯の光でほんわりと光っていて、体からは湯気が出ていた。
「……なんで?」
俺の問い。なんで、服を着ていないのに扉を開けたんだ。
「とっ、冬真こそ、何でそこに立ってるのよ!」
葵もパニックだったみたいだが、とりあえず怒りの感情が出てきたようだ。
「俺はただお前が心配でっ……! っつーか、お前は何で服を着てないんだよ」
「着替え用意するの忘れたの! ていうか、出て行けぇ!」
「なっ! ……つーか忘れたなら取ってくるけど?」
「いらないわよっ! バカァ! 早く出て行け!」
「出て行っても解決しねぇよ……」
「うっ……! そうね、じゃあここで目を瞑ってなさい!」
そう叫んだのと同時に、俺の顔めがけてバスタオルが飛んでくる。なんだか妙に暖かい。
多分今の今まで、葵が巻いていたものだ。
ってことは……
「お前……! なにしてんだっ!」
「着替えてくるからここにいることっ!」
そう叫ぶと、戸を閉めて脱衣所から出て行ってしまった。
……俺はいつまでこうしてればいいんだ?