第7話:難しい2択。デリカシー、とかじゃない。
注文して、少しすると料理が運ばれてくる。
俺と拓海と、なぜか玲那の3人で、全員分のドリンクバーを取りに行くこととなった。かわいそうに完全に男扱いとなっている玲那は、やはり納得がいっていないようで、ぶつぶつと何か言っている。
そこを拓海が不用意に励ます。
「まーまー、ボーイッシュも良いって」
「うるせえ!」
やはり玲那はキレる。
俺はそのやり取りから一線引いて、というか前に出て、さっさとドリンクをコップに入れる。
コーラとオレンジジュース。俺は炭酸が好きだが、葵は好きじゃなかったはずだ。
俺はとっとと席に戻ろうと思ってたのだが、拓海ではなく玲那に呼び止められた。拓海なら無視したのにな。
「私は、男っぽいのか?」
落ち込んでいるというよりは、マジな疑問っぽい様子だ。
正直なところ、男に見えなくもない。化粧が薄くて格好も男っぽいから。ただこれで男なら拓海より女顔、そして破格の美形となる。
ただこれを言うと肯定することになるので、とりあえずは別の答えを言っておく。
「まさか、お前は間違いなく女の子だ」
「女の子言うなっ!」
……え? 予想外だ……
こいつ男になりたかったのか。新発見をしてしまった……
ショックを隠せるか不安だが、とりあえず席に戻ることにする。
「葵、オレンジジュースで良かったか?」
「うん、ありがと」
オレンジジュースを葵の前に置くと、満足そうに微笑んでくれた。俺の記憶は間違いじゃなかったらしい。
俺が注文したのは、ハンバーグ。それにチーズが乗っているもの。葵も同じものだ。ただ量が少ないのは、やっぱり女子ということだろう。
弁当箱もすごく小さいからな。
全員揃うのを待ってから食べ始める。
のだが、食べ初めて数秒。俺のポテトが消失した。
「……拓海……」
仕返しに俺は、拓海の皿を奪った。
「ちょっと! それちょっとした悪戯じゃねぇよ!」
皿を取り返される。
なんか静かだ。どうもふざけているのは俺と拓海だけで、皆さんせっせと食べているようだ。
「よし、食うか」
「そうだな」
とりあえずファミレスだし、食べ始めることにした。
少しすると、横から腕をつかれる。横に座っているのは玲那だ。
「冬真、口開けて」
「……もうちょっとそれっぽく頼……」
ちょっと無茶を言ってみようと思って思い出した。こいつは、確か男に憧れているとかいないとか、あまりそういうことをさすべきじゃないな。
「あ、ああ……何かくれるなら俺が自分で……」
「何に気使ってるのか知らんが、いいから口開けろ。はいあ~ん」
やる気なさげだが、とりあえず言われたとおり口を開けると、でかいステーキを掘り込まれた。
殺す気か! のどに詰まる!
「んん!」
「おいしい?」
「う、うまいがでかい……お前、男っぽい料理だな」
玲那の前には誰もが満足といった、ボリュームのあるステーキが置かれていた。
「そうなんだよね……ちょっと食べきれない」
「あぁ、そうか。ただ俺もそれなりにボリュームが……」
俺だってフードファイターじゃないさ。
「玲那、俺も手伝おうか?」
「マジ? じゃあ佐山、はい、取って」
「え? あ~んっていうのは?」
「は? 私がそんなことあんたにするわけないじゃん」
「冬真にはしてたじゃないか……」
「だってめっちゃしてほしそうな顔してたし」
「マジかよ!」
これは俺が叫んだ。あ~んしてほしい顔ってどんなんだ?
「俺だってしてほしいぞ!」
お前プライドはないのかよ。そう思ったが、俺はしてほしそうな顔をして、突っ込まれたことになってるので、言える立場じゃない。
「佐山は露骨に顔がエロいんだよ……」
「露骨に傷つきましたよ……」
さすがに哀れと思ったのか、玲那が食べさせてやると、拓海は一気にテンションを持ち直した。
とりあえず、うるさいのに挟まれてるので、前を向くと、真正面に座っている葵と目が合った。
「と、冬真。あ、あ~ん」
「俺、お前と同じの食ってんだけど?」
「あっ、いや……いいの! 私のは、味が違うと、思うから……」
どういう理屈で味が変わるのか知らんが、突き出してくれたハンバーグを下ろさせるのは気がひける。
まあそれでいいのなら、食べるくらいはいいけど……
口を開けると、ハンバーグがはいってきた。
「おいしい?」
「ああ、うまい」
俺のと同じでな。
意味があったのか知らないけど、「良かった~」と、葵は満足そうだ。
そしてすぐ横の拓海、柊ペアでも妙なことが行われていた。
「目を閉じて、口をあけて……」
「はいはいはい!」
やたらといい返事をして、拓海が言うとおりにすると、その口の中に、赤いレタスが入れられた。
……赤いレタス?
「ぐあああああ! 口がァ!」
「おいしい?」
「う、う、うま……い……よ」
「そうでしょう、スパイシーで」
サラダにそこまで強烈なスパイシーは必要か?
「優那、あなたもやってあげたら……」
「へっ? 誰に?」
「玲那に」
「そんなの、やってもしょうがないんじゃない?」
「食べさせてもらって、嬉しくない男はないわよ。ほら、佐山君も嬉しさで言葉も出ない状態だもの」
「待て! それ以前に私は女だ!」
玲那の演技をさらっと無視すると、柊は何かを優那に耳打ちしていた。
すると、分かりやすいほど一気に顔が赤くなり、しばらく考え込んでいたが、決心したように顔を上げた。
そしてチキンにフォークを指して、優那ちゃんは玲那の口元に突き出した。
「あ、あ~ん。お姉ちゃ……お兄ちゃ「沙羅! うちの妹に何を吹き込んだ!」
玲那の抗議を、柊は無視する。というか聞こえていないようにも感じる。
何かに夢中であるかのような……
「は、早くっ」
「あ、あの、恥ずかしいんだが」
「私もだよ……お兄ちゃん」
「……その呼び方はやめろ」
ほんとに柊は何を吹き込んだんだ?
「な、なんか……興奮するな……」
「な、なんだろうな……」
しかし、俺も多少変なものは感じていた。
この、なんというか禁断というのか……。
「……はむっ」
「お、おいしい……?」
「う、うん……」
「――ぷふっ」
玲那の口からフォークが離れた。
直後、柊が立ち上がりトイレにかけていったが、何があったんだ?
「お前、ほんとに兄でいいんじゃねえか?」
「なっ! 佐山まで何を言いやがる!」
玲那が立ち上がり、フォークを佐山に突き刺そうとした。
正直そういうところが女子っぽくないのだが、こいつはどっちかというと、男子に近づこうとしているようだしな。
「でも、お兄ちゃんっぽいよね」
「葵まで……」
「うん。こんなお兄ちゃんなら私もほしい」
「……冬真、もう一度聞きたいんだけど。私は男っぽいか?」
「当然。お前は男の子でも、問題ない」
「うるせえーっ!」
玲那は、トイレのほうに走っていってしまった。店内を走り回るのは、迷惑だぞ?
しかし、俺何か悪いこといったか? 結局分からないのだが、あいつは女の子らしくいたいのか? まぁ普通はそうなんだけどな。
女だけど、女の子扱いされたくない。うーん、女心って分からないな。
俺が考えていると、柊が帰ってきた。
「玲那とすれ違ったんだけど」
「ああ、よく分からねえけど走っていった」
「そう、じゃあ私はもう一度お手洗いに……」
「待て、何するつもりだ?」
「女性にそんなこと聞くの? デリカシーがないわね」
……そう言われてみれば、その通りだ。
確かにデリカシーの欠片もない発言だったかもしれない。
「襲いに行くのよ」
「だから待て! そんなやつにデリカシー云々言われてたまるか! さっきは何しに行ったんだよ」
「鼻血を止めに」
「お前やっぱ危険人物だ!」
何かの衝動に駆られて、危険な行為に走りそうな柊を止めつつ、玲那が帰ってくるのを待つことにした。