第6話:ギャップ力
家に帰り、とりあえず制服から私服に着替えることにした。
俺は普通のジーンズに、上はどっかの土産屋で買ったデザインロンT。普通の格好だと思う。
「葵、俺もう準備できたぞ」
「はっ、早いね……」
「女子は時間かかるな」
「男子が早いだけだよ」
そうかもしれない。というか多分そうなんだと思う。
俺の服選びは、選んだというよりも置いてあったのを取っただけだ。
まあしばらく待つ事にしよう。
しばらくたった後、葵は部屋から出てきた。
春っぽいワンピース。派手すぎないで、似合っていると思う。ただそれはいいのだが……丈が短すぎないかなぁ。あれくらい普通、なのか?
何に時間がかかっていたのかは、顔を見て分かった。普段より化粧がしっかり目っぽい。ただケバイなんて言葉は一切出てこない。ナチュラルだが、いつもより可愛い感じだ。
幼馴染ながら、変わるものだ。
「な、なぁ」
「ん? なに?」
言いにくい、というかぶっちゃけ言うのが恥ずかしいが、やっぱり言ったほうがいいというか、言っておきたいというか……
「その……だ」
「だから、なに?」
うーん……
「あの、丈短すぎないか……?」
ガツン、という音がした。なんだかお星様がキラキラしている。まだ夕方くらいなのに。
というより痛い。普通に痛い。幼馴染である俺の頭をつかんで、壁にぶつけやがった。
「なによ、それ……」
「こっちのセリフだ……!」
すげえ痛いぞ?
というか、何でそんなため息つかれてんだ俺。なんか「あーあ」とか言いながら、葵は下向いちゃってるし、分け分からねえ。
なぜか会話少なく、俺と葵は近くのガストまで歩いていった。
「おお! 葵ちゃん。可愛いね」
「……ありがとう」
ガストの入り口の辺りで拓海が待っていた。
どうでもいいんだが、金髪のチャラチャラした男がそんな場所に立っていたら、2人に1人は退くんじゃないか? 営業妨害じゃねえ?
こいつはまた気合が入っている。
チャラい……
「お前、なに考えてんだ? ファミレスだぜ」
「お前こそやる気あんのかよ。ジーパンに、ロンTだけって」
「うるせーな。お前ほどに気合が入る理由が分からん」
「いや、気合が入らないわけがないんだ。葵ちゃんだって、化粧いつもより「何言ってるの!? 普通よ! 普通!」
葵が拓海の言葉をさえぎる。
まあ一応気合が入る事は入るだろう。というか俺だって、本当は年中ジャージでいたい派だから、気合が全く入っていない、全くの平常というわけじゃない。
ただ俺が言いたいのは、拓海のはやりすぎ。どんだけ髪の毛盛ってるんだよ。
「とりあえず3人だし、中で待つ?」
拓海がまともな提案。とりあえずこんな入り口で待つ事もないので、3人で店内に入った。
「何名様ですか?」
「6人、もう3人来る」
店員に人数を言うと、席に案内される。奥のほうの席、密かに気に入ってる場所だった。
席に座るとお冷が運ばれてくる。まだ店内が込んでないので、いろいろと対応が早い。これが込み始めると、注文した料理が来るまでの長い時間が鬱陶しくなる。
「他のみんなはまだかな?」
「もう時間だしな。そろそろ来るだろ」
俺の予想は当たり、すぐに2人やってきた。岬姉妹だ。
姉の玲那はジーンズにシャツという俺と同じ感じで随分軽い。化粧もいつもと変わらない感じだ。
さすがに男装はしていないようだが、結構カッコいいという言葉が似合うやつだ。
そして妹の優那ちゃん。拓海は優那ちゃんを見てから、開いた口がふさがらない状態になっている。かく言う俺も目を奪われてしまった。
白いふわっとしたTシャツをトップスに、黒いフリルのついたスカート。これがかなり丈が短い。葵のワンピースにも驚いたが、これにはもっと驚いた。
優那ちゃんは、学校の制服のスカートは長めだから、新鮮だ。ギャップというやつだろう。
「……くっ、ダメだ……直視しちゃやばい……!」
「……お前衝撃受けすぎじゃねえか?」
「ニーハイが……絶対領域が……!」
なんだそりゃ。
なんて言えるのは本当に見てしまう前だけだった。
絶対領域。スカートとニーハイの間の肌が見える部分。絶対領域不可侵条約。意味不明だがこの破壊力が絶対領域の所以だ(拓海談)
俺は別にそこに偏った趣味はないが……すごいな。ギャップが。
「あとは沙羅だけだな。しかし佐山の頭、やり過ぎだろ」
玲那は拓海の頭を見てケラケラ笑っている。
顔とか見てると女子なんだけど、話してるところとかは結構男子のノリに近いよな。
「そ、そんなことねぇよ。というか、岬も何でそんなにやる気ねえんだよ」
「お前らとで気合が入るわけないだろ。あと、苗字で呼ぶな。ややこしいんだよ」
「分かったよ、じゃあ俺のことは拓海と呼んでくれていい」
「え? 佐山そんな名前だったの?」
「うそぉ!? 冬真はずっと俺のこと名前で呼んでたじゃん!」
「悪い、記憶から消しちまっていた。そうそう、マサユキだな」
「早くも消されてる……」
分かりやすく元気をなくす拓海に、「冗談だって」と玲那は笑っている。
「しかし、何で玲那は冬真とは名前で呼び合ってんだ?」
拓海の疑問に、玲那と揃って少し考え込んでしまった。
葵は葵なんだが、それを除けば、俺が名前を呼び捨てで呼ぶ女子なんてのは玲那ぐらいのものだ。しかし俺は、まぁ失礼かも知れんが、あまり玲那のことを女子としてみていない。
仲のいい友達感覚だ。男友達と変わらない感覚だ。
「冬真は、友達だからかな」
「俺もそんな感じかな」
「なるほど、つまり俺の場合は友達以上になれる可能性有りと」
「何でそこまでポジティブなんだお前?」
「そりゃ無いって。私あんまり男に興味ないし」
そのセリフ1つで何人の男がムンクの叫びみたいになっちまうのか、想像もできないが、俺としてはそのへんはどうでもいい。
普通にいい友達の1人だ。
「あとは沙羅ちゃんだけだね」
「うん、そうだね。でも時間かかってるよ……」
「気持ちは分かるよ優那ちゃん……沙羅ちゃんだもん、どんな卑怯な手を使ってくるか……」
「うん……ただでさえ卑怯なのにね……」
葵ちゃんと優那ちゃんは、顔を向き合わせて何かぶつぶつと言い合っている。しかし、お前らは戦争でもするのか?
柊の奇襲攻撃への備えでもするのか、まああいつなら奇襲くらいやりそうな感じもするけど。
「というか優那ちゃんもだよ……そんな短いのはいてきて……」
「そ、そんなの葵ちゃんもじゃないですかっ」
何なんだろう。2対1かと思いきや、サバイバル戦なのか。
申し訳ないが、柊が相手では勝てる気がしない。勝負事では、あいつは恐ろしく強いからな。それにサバイバルなんてなおさら強そうだ。
「私が最後ね。待たせてごめんなさい」
気にするな、そんなに待ってない。
こんな感じに返事をしようとしたのだが、言葉は衝撃で押さえ込まれ、口だけがポカーンと開いてしまう不本意な結果となった。
だがそれは俺だけではなく、拓海はもちろんのこと、優那も玲那も。葵すらも驚いていた。
本日の衝撃ギャップ大賞。優勝はゴスロリ衣装の柊沙羅。
黒がベースの丈の短いワンピース、というかドレスといっても間違いじゃないだろう。しかもフリフリがいっぱいついてる。
喋り方も穏やかで、表情もあまり出ないもんだから、私服も大人しいと踏んでいたのだが、これはビックリした。
「かわいー! 沙羅そんな格好すんの?」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
玲那が飛びついた。
柊は感謝の言葉を返したが、ならもっと嬉しそうにしろよ、とも思うが柊はいつもこんな感じだ。
しかしすごいと思うのが、これがガストまでの道のりを歩いてきたという事実だ。
「お前……来る途中、大丈夫だったのか?」
「何が?」
「職質とかされなかったか?」
「私が不審者だとでも?」
「いや、まぁファッション……だよな」
「まぁ握手をせがまれたり、写真撮影させてほしいとかは言われたわね」
それって、やばい連中なんじゃないのだろうか。
「したのか?」
「あら、気になる?」
「言いたくねえなら別にいいけど」
「握手くらいはしてあげたわ。うちの制服着てたし」
確定。やばい連中だ。
「卑怯だわ……」
「全くです……」
どんどん小さくなっていく葵と優那ちゃんに、若干の不安も感じる。本当にどうしたというのだろう。
まさかこの3人、店内で戦い始めたりしないだろうな?
まあ思うことはあるが、全員揃ったので、メニューを開きつつ、店員を呼び出すベルのボタンを押した。