第4話:禁断の……
キーンコーンカーンコーン。これは俺の心の声だが、本日最後の授業の終わりを告げるベルが鳴った。
午後からの授業で、寝ているところ以外を見ることがなかった、佐山拓海という男の成績とか諸々心配に思ったりもしたが、俺も似たようなものなので、まず自分を心配すべきだ。
しかし授業に臨む姿勢が変わらないのに、点数はかなり俺が上。
「神の悪戯か、拓海がアホか……」
「あまりに突然で分け分かんないけど、結構失礼なこと考えてたよね」
多分後者。こいつはアホだと思う。
「久しぶりの授業は疲れたね」
拓海はだるそうにするが、騙されてはいけない。こいつはほとんど寝ていたため、多分目覚めスッキリ、もしくはまだ眠いだけで、決して勉強で疲れていることはない。
「その顔で言うか」
頬は押さえられて赤くなり、うっすらよだれの跡がある。誰が見ても寝起きの顔だ。
「細かいことは言いっこなしなしだよ。そんなことより、今日帰りどっかで遊んでかない?」
「あー……悪いがパス」
放課後は葵と約束がある。1年記念だとかで、わざわざ俺と2人きりという指定付き。
まああまり人がいても疲れるからな。
「んだよ付き合い悪いなあ。お前、葵ちゃんとデートとかじゃないだろうな」
「よく分かったなあ」
うっかり感心してしまったが、失言だったかもしれない。
なぜそう思ったかというと、拓海の目がものすごい見開かれているからだ。眼球飛び出しそうで恐い。
「俺と葵ちゃん、どっちが大事なの」
「葵が1000倍大事だ」
「聞くまでもなかった」
分かっていたなら聞くなよ。
「デートはいいけど、あれだよ? ちゃんと学生らしい健全なお付き合いをだねえ」
「うるせえ、日本一卑猥な高校生」
「なに言ってるの、俺は超健全だよ。誰かとちがって女子と2人きりで遊んだことなんて無いし」
「お前それ負けてねえか?」
「誰にさ」
「男として、全てに」
「……うう……」
「悪かったって」
泣くことないだろ。俺は女子と遊んだことは……まあある。つか今日もだけど。
というか、これは拓海を調子に乗らせるから絶対言わないけど、こいつ普通に顔は良いんだよな。平均の結構上をいっているはずだ。
金髪が似合う、アジアの顔で、女顔、ベビーフェイス。なんでもてないかは言うまでもない。拓海だから。
アバウトだが、的を得ていると思う。
「ぼ、ボクわ……どうすれば……」
急に弱弱しくなった。演技か、本気で凹んでるのか分からないけど、俺は何を言うべきか。
「まあ、諦めがついたら男にでも乗り換えれば」
「いやだよっ!」
何を思ったか俺の顔をガン見。葵ならまだしも、こいつの場合は若干不愉快だ。
それに気持ち悪い。
「その気のところ悪いが……俺にその趣味は……」
「違あああう! 断じて違う!」
「いや、否定するわけじゃないんだ……ただちょっと」
「違う違う!」
全力で否定するところが怪しさを増大させる。そのことをこいつが理解するときは来るのか、来ないだろうな。オーバーリアクションとったら、何も残らん。
叫んで心境が変わったか、表情を切り替えて、真顔で俺を見る。うげえ。
「俺は、女の子が大好きだぜっ!」
欲望を全力で俺にぶつけてきた。勘弁してくれ、何なら欲望のはけ口を用意してやろう。
「柊ー、ちょっといいか?」
俺の声が聞こえたようで、柊は席を立ってこっちに歩いてきた。
今あいつの席と俺の席は、窓側と廊下側で最も離れている。静かで良いことだ。
「めずらしいわね、永野君から私を誘うなんて……」
ちょっと違うんだが、用があるのは俺じゃないし。
「拓海がお前の体でエッチなことがしたいそうだ」
「えぇ!? ちょと!」
多分、弁明をしようとしたであろう拓海に、喋る間を与えない柊の見事な足払いで、拓海は床に転がった。頭を抑えてうずくまっている。
痛そうだ。変なこと言うからこうなる。
「拓海、妙なことは口走らないことだ」
「お前が、言ったんでしょうが……」
「永野君、あんまりつまらないことさせないでもらえる?」
その割には、随分拓海は景気良く宙を舞ったが。まあつまらないことだったのは否定できない、というか否定しないので軽く謝っておく。
だが柊はまだ何か言いたげな顔をしている。
「……どうした?」
「私が、佐山君とそういったことになったら、どうするの?」
「いやいや、俺は最初から拓海が飛ばされると思ってお前を呼んだんだが」
俺の返事に何か釈然としないという感じだ。
でもどう考えても、柊が拓海に押されて、そういうことになってしまう光景は想像できない。無い、と断言できる。何なら賭けても良いだろう。
柊は何も言わない代わりに、拓海が俺に文句を言ってきた。
「やはりそうか!」
「当たり前だ」
拓海は俺を睨みつけたまま立ち上がり、自分の席に座った。そしてため息をついた。まあ災難だったな、同情するよ。
「何でお前みたいな男が」
「自分で言う分には良いが、お前に言われるのもなあ」
「デートデートって、何なんだよお前は!」
「ボキャブラリ少ねえな、つーかデートなんて遊びとかわらねえだろ」
「てめえ! それを女の子にも言うのか!」
「いや、流石にそれは。ただデートというものに関しての執着が半端でなく、もはやエロしか考えてない男にならあえて言う」
俺の言葉に柊は、「うんうん」と頷いていた。それに気づいた拓海は、声に出しさえしなかったが、表情は「ギャーッ」という感じで、絶叫していた。
「ななななな! なんてことを言う!?」
「わりぃ、つい」
うっかり事実を……
「大丈夫、気にすることはないわ佐山君。すでに女子生徒の大半は、そのことを知っているし」
「なああああぁ!? そそ、そんなわけねえ!」
「何ならアンケートでもとってみる?」
「……見事なカウンターパンチだったよ」
拓海は立ったままKOされた。
でもカウンターというよりは、一方的なラッシュじゃなかったか?
しかし柊には容赦というものが見られないな。投げ技も、言葉攻めも、流石はドSだな。
「それで、葵と2人でデートという件についてだけど」
ちいぃっ! 拓海め、お前の撒き散らした無意味な爆弾が、核ミサイル級になって飛んできちまったじゃねえか。
「私もいいかしら」
「ダメなんだ柊……俺だって断られたんだぜ」
「そりゃそうでしょう。男子が一人増えたってしょうがないもの。だから、私も男子を1人連れて行くから。まあ簡単に言えばダブルデートね」
「お前彼氏とかいたの?」
「……私は、この可哀想な少年にチャンスをあげることにするわ」
そう言って柊は、拓海の頭を軽くなでる。その瞬間、拓海が壊れた。
「ひょあぁ!」と意味不明の奇声を上げたあと飛び跳ねた。
「お、おおおお……」
ビックリしすぎてる自分にあせっているようだ。
必死で自分を落ち着けようとしているのが、こっちからでも良く分かる。本当に感情が出やすい男だな。
「う、嬉しいんだけど、身の危険を感じる……」
そのセリフを言い終わるか言い終わらないか、まだ続きがあったのかもしれないが、突然俺の頭上の窓が開き、手が伸びてきて、拓海を廊下に引っ張り出した。
なんだか「殺す……」とか呟いている連中が結構な数いる。
「ひっ……ひぃやああああああああ!」
「おい、助けてやれよ。一応デートに誘ったんだろ?」
「……」
聞いてない。なんか拓海の悲鳴を楽しんでいる。やべえ、背筋ゾクッてなった。
「おーい、柊」
「……え? 私?」
「他に誰がいるんだよ……」
相当意識が拓海に向いていたようだ。これから柊には、さらに注意が必要だな。
「ダブルデートといっても、葵が嫌がるかも知れねえぞ」
「どうして?」
「葵疲れてるんだよ」
「……」
「どうした?」
「それは勘違いね」
決め付け、それよくないと思う。だがしかしこいつは聞くような女じゃない。
「でも、嫌がることは嫌がるでしょうね」
分かってるならやめておいてやれよ、とも思うのだが、これも多分言うだけ無駄というやつで。
「あの、永野君」
俺に話しかけたのは柊ではない。
このクラスの常識的な女子、岬優那。彼女が、なんだか落ち着かない感じで俺に近づいてくる。
「その、今日私もご一緒していいですか?」
「ん、ああ。いいよ」
「随分あっさりね。私のときとは違って」
そんなことにさほど意味は無い、と言い切るほど俺は堂々と嘘はつけない。柊に通用しないのは知っているが、とりあえず笑顔。あ、やっぱダメっぽい。
葵は、多分静かに遊びたいんだと思う。これは俺の勘。というよりは会話から読み取った感じ。
柊は静かといえば静かなんだが、おとなしく終わる気は全くしない。
それに引き換え、常識のある女子として定評がある優那ちゃんは、その辺の信頼が違う。
ここまでの俺の思考全て、柊には読み取られていた。
「私は、どれだけ非常識な女だと思われてるのかしら」
ため息をついて拓海の席に座る柊。
そういえば拓海は無事か、それともそろそろ死んだか。後者じゃないことを祈るが、前者ではちょっとがっかりかもしれない。
「でもねえ、優那。これはデートだから、ちゃんと相手がいないと」
「でも……相手なんて……」
「でもじゃないわ、相手なんていくらでもいるでしょう?」
確かに。その通りだと思う。優那ちゃんにデートに誘われて、断る男がこの学校に何人いるだろうか。
ただ今の発言に若干Sっ気を感じたのは、俺が過敏になっているだけか?
「まー、優那ちゃんもてるだろ?」
「そんなこと……ないです」
そうだろうか。
そういえば葵もいないな。どこだろう。
「葵なら職員室よ」
「そりゃどうも」
なぜ俺の思考が読まれたんだ……?
「簡単よ。今永野君、葵の席を見たでしょ」
「なるほど……いやこえぇよ。どんだけ神経張り巡らせてんだよ」
まあ柊がすごい特殊能力を持ってるのは、去年1年でよく知ってるから、今さらそれほどの驚きも無い。
職員室でなにやってるんだろ。
なんとなく俺の頭のすぐ横にある、窓を開ける。俺はこの時、教室にやってくる人がいないかの確認をしようとしたのだが、この窓曇りガラスだから、開けるまで分からなかった。
窓を開けて顔を出すと、数センチの距離、事故の0・1秒前の位置に、女子の顔があった。
「きゃあっ!」
「ぐあっ!」
そいつは、可愛らしい悲鳴を上げて、飛びのくのではなく、俺に頭突きをかましてきた。
「ああービックリした。あ、冬真じゃん、久しぶり~」
「お、おお。玲那か、お前の常識では挨拶は頭突きをかました後だったか」
あははは、と玲那は実に可愛らしく笑う。笑顔はとても良いのだが、俺としては謝罪の言葉が聞ければなお良かった。
「お、お姉ちゃんと一緒に行きます」
「「「え?」」」
優那ちゃん以外の3人。俺と柊と玲那がハモる。俺のは理解した上での、「マジで!?」的な意味合い。多分玲那は完全に理解できていない。
そして1人、ぶっ飛んだ思考の持ち主である柊は、ある結論に至っていた。
「双子の、禁断の……はふぅっ」
柊は今までに見たことも無い表情を浮かべ、頬を赤く染めていた。どんな結論に至っていたのかは、柊以外は分からない。
1人状況が分からない玲那は、首をかしげていた。
当然この小説に、同性愛は絡んできません。