第12話:苦労する主人公
「永野君、歯を食いしばってください」
家に帰ると、いきなり優那ちゃんにこんなことを言われる。
「待て、意味が分からない」
「冬真ー。バットは金属製と木製どっちがいい?」
奥から葵、両手にバットを一本ずつ持っている。
「野球でもするのか葵……待て! 俺の顔はボールじゃない!」
なんでだ?
「永野君……×××のサイズは……」
「待て! 話せば分かるはずだ! そのウィンウィンいってる危ないものをしまえ!」
あんなもんどこから手に入れたんだ柊は……
というか、俺と玲那が外に出ている間に、この家で何が起きていたんだ?
「いやー笑った笑った。こいつすげー下手くそでさぁ」
俺の後ろから、玲那も家に入ってくる。
カラオケボックスでは散々笑われた。絶対にカラオケなんてもう行かねぇよ。
今俺は、恥ずかしいという感情と、若干の怒りがあるのだが、今の玲那の一言で、家の中の空気が一気に変わっている。
そんな異変に玲那は多分気づいていない。空気読めないから。
「そ、それは具体的にどういう……」
「いやもう、小さいし、ずれてるし。笑うしかない」
「うっせぇな!」
「「「……」」」
どんどん空気はおかしくなる……というか殺気すら感じる。
いや、殺気しか無い。
「でもあそこまで極めると、逆に気持ちよかったけどな」
「ちっ……でっけぇ声出しやがるから……」
絶対周りの部屋にも状況伝わってたはずだ。
すげぇでかい声で笑いながら「下手くそ!」って連呼してたし。
「待て待て、柊。苦しい、というか待て! 待ってくれ! 受身取れないから!」
俺の声が聞こえないのか、いや聞こえてるよな。
柊の投げ技で、フローリングに叩きつけられた。
い、いてぇ……
「どこで……やってたの……?」
葵が消え入りそうな声で俺に聞いてくる。というかなんだ、そんなに俺の歌で笑いたかったのか、こいつらは?
というか、どこ? そんなの聞かれても……
「普通にカラオケボックスだけど」
「まぁ、なあ」
「「普通にカラオケボックスなの!?」」
「……なるほど、結構やるのね……」
葵と優那、ありえないことを聞いたというような驚き方をする。でも、他に歌う場所なんてあるか?
あと結構やるとか言われても、俺は歌うのは嫌いだぞ。絶対お前とは行かない。
「まず選曲から悪いのよ、なんであんな難しいのばっかり歌うの?」
「歌ってたの?」
「「はぁ?」」
葵から出た意味不明の質問に、俺と玲那がハモった。カラオケボックスで、歌を歌う以外のことするか?
「いや、そりゃそうだろ」
「なぁ」
「「「っ!」」」
俺と玲那は、至極当然のことを言ったはずなのに、3人は『しまった!』とでもいいうような表情になり、俯いてしまった。
普段はそんなことにはならない柊まで、顔を手で覆ってしまっている。
「やられました……」
「今思えば冬真に……」
「そんなことする度胸は無かったわね……」
なぜか顔を伏せたままの3人の女子に、軽くひどいことを言われる。
もうわけが分からない。なんの度胸が俺には無いんだ?
「そんなことって何だよ」
「ばっ! バカ!? 女の子にそんなこと……あ!」
語尾がどんどん小さくなっていく、最後のほうは聞き取れなかったが、最後の『あ!』は明らかに言っちゃいけないことを言ってしまった的な意味合いだろ。
しかも最初にはバカときている。
「じゃあ永野君、確認よ。カラオケボックスで歌を歌っていたのね?」
「当たり前だろ」
「そう……」
3人は、安堵の表情を浮かべた。
とりあえず正常に戻ったらしい3人、とりあえずは良かった。
葵の体調もかなり良くなっているみたいだ。服も着替えている。
なんかリビングからは良い匂いがする。
「もしかして晩飯か?」
「もしかしなくても晩御飯よ、優那ちゃんと沙羅ちゃんも手伝ってくれたのよ」
「へぇーありがたいな」
女の子3人、一緒に晩御飯の準備をする。なんとも微笑ましい状況のはずなんだが、俺にはなぜか火花が飛び散っている、三つ巴の状況に感じられる。
テーブルの上には豪華な、ほんと豪華すぎる料理の数々。今日って何か記念日だったか? というかよく北京ダックなんて作ったな……
「ほんとすげぇな……」
「そうでしょ! このピザは私が焼いたのよ」
「スパゲッティは私です……」
「北京ダックとかこのマグロの兜とかは柊だろ?」
「……なぜ分かるの?」
いや、お前しか考えられねぇよ。そりゃ凄いけど。
材料とかどうやって確保してきたんだろう……ていうかよくうちのキッチンでマグロの兜なんて調理できたな。
まぁ細かい事は良いや、それが柊なのは去年1年で十分理解してるしな。
とりあえずいただこう。
5人でテーブルを囲む形になる。
「誰もが羨ましがる状況だと思わない……?」
「そうだな、すげぇうまそうだ」
「……」
なんでそんな目で俺を見るんだ柊。
「あーあ、料理なんて作るんなら私も手伝ったのに」
「ダメですよお姉ちゃん」
「なんでよ、私も結構料理得意よ?」
「だからですよ」
仲の良い姉妹? だよな……
しかしここに玲那も加わってたら、この人数でも食いきれるか謎だな。
いや待て、この人数で、この量を食いきるのは無理じゃないか?
「永野君、はい、あーん……」
「待て待て柊、マグロの兜丸ごと突き出されても困る」
「それぐらいしないと、余るわよ」
「分かってる、というか分かってるなら考えて作れよ!」
「夢中だったんだから仕方が無い」
そう言われても、夢中で作っても食べ切れなかった意味ないだろ。
それとこのマグロいつになったら下ろしてくれるんだ? 俺はいつまでマグロと向き合っていればいいんだ? これはもうかじりつけということなのか?
……しょうがない、かじることにしよう。
「おっ、味がしっかりついててうまい」
「でしょう? じゃあ後は丸ごと……」
「それは無理だ」
仕方ないという風に柊はマグロの兜を置いて、箸でつつき始めた。俺にもそうやって食わせて欲しかった。
「冬真! ピザ食べる? ピザ!」
「食べる食べる……なんかいつもに増してテンション高くなってるな」
「そ、そんなことないけどっ!?」
そんなことありすぎだ。何年も一緒にいなくても分かる浮かれようだよ。
やっぱり、人数が多いと楽しいよな。
顔の前にピザ、とりあえず一口。
チーズの量が半端じゃない。うんうまい。
「どう?」
「すげぇうまい」
「よかった!」
「じゃ、じゃあ私の……スパゲッティどうぞ」
「ありがと」
フォークに丁寧にクルクル巻いて、俺の顔の前に持ってきてくれる。
一口でいただく。うん、これもうまい。
「どうですか……?」
「うん、うまいよ」
「よかったぁ……」
「じゃあ私の北京ダックを……」
「それはやめてくれ、自分で食うから」
北京ダックにかじりつくのはちょっと無理がある……
「じゃあ私のこれを」
「いえ、まず私の……」
「ワニを……」
「そんなに出されても困る……というか柊! ワニってどっから持ってきたんだよ!」
どうやってそんなもんを……しかし味は案外いけた。
「ははは! なんか冬真さぁ、餌付けされてるみたいだな!」
「餌付けぇ? そんなわけねぇだろ」
「そうよ、ただ純粋に楽しんでるのよ」
それもどうかと思う発言ではあるぞ。
「……しかし、量が多いね。なんでだろ……」
優那ちゃんの素朴な疑問、しかし答えは明らかだ。
「まぁワニとマグロと北京ダックだと思うが」
「私が悪いと?」
「悪くはねぇが……」
ある意味人の家にマグロ一匹、ワニ一匹、そしてアヒル一羽を料理のためとはいえ持ってくるのは悪いことかもしれないけど。
キッチンには……ワニがいるのだろうか……
「いくらなんでもワニもマグロも丸ごと持ってきてなんて無いわよ?」
俺の心読まれた?
「そうなのか?」
「そうなのか? って、当たり前でしょう?」
「まぁ……常識を考えればそうだな」
「でしょ」
柊のことを非常識だと考えていた俺って間違ってるのか?
「あぁー! お腹いっぱい」
「葵もう食えないのか」
「男の冬真ががんばってよね。あんたのために作ったんだから」
無茶言うな、これ全部を集めたら多分俺の体よりでかいぞ?
物理的に胃袋に入らねぇよ。ギャル曽根でも無理だろ。
「私ももう、食べられません……」
「私も無理ー」
「姉妹揃ってギブかよ」
「体の構造近いのよ」
そうだろうか。
こうなると俺と柊ががんばるしかねぇかなぁ……
「じゃあ私もそろそろ……」
「じゃあって何だ! お前全然余裕そうじゃねぇか」
「私も女の子……」
「とは言っても、この量を1人では……」
具体的にはマグロの兜半分以上に、八宝菜がでかい皿に盛ってあるもの。そして寿司、結構な数。あとサラダはかなり減ってるがまだ残っている。そしてワニ、北京ダックが半分くらいなどetc……
無理!
なんだけど、作ってもらって食わないってのも……なぁ。
――その日俺は限界を見た。