第11話:追い出された主人公……
――冬真……
……声が聞こえた、気がする。多分ここは夢の中。なぜなら俺の体が無いから。
何かが消えていってしまう感じがして、俺はとても悲しい気持ちになっている。
――冬真……
また声が聞こえた。けれどもさっきより不鮮明だ、それに別の音が混ざっている。
「あ……やっぱ寝てたか」
俺はテレビをつけっぱなしにしたまま、リビングで椅子に座って寝ていた。よく分からないドラマが流れている。
目をこすると、うっすらと頬に涙の跡があることに気づいた。悲しい夢だったことだけ憶えている。
何の夢だったのかは分からない。でもきっと、俺が見ていたのはあの人なんだ。
もう一年も会えていない、大好きだった姉さんの夢だったはずだ。
多分両親ではない、あんな奴ら夢になんぞ出てこられちゃ困る。
「おはよ、冬真」
「うおっ」
ビックリした……葵も起きてるならそう言えよ、というか俺を起こしてくれてもいいじゃねぇ……
「何してんだ柊、学校は? つか葵の声真似とかすんなよ」
「永野君、時計が見えないの?」
時計を見てみると時刻は3時半というところだ、どうりでお腹が減るわけだ……
しまった、葵は!?
「大丈夫よ、ただの風邪だし熱も下がってるわ」
「あぁ……悪い」
「それよりも、この状況。よろしくないんじゃないのかしら?」
柊の言っていることの意味が分からなかったが、後ろを見ると、岬姉妹がいた。俺の家に、多分葵のことを心配してきてくれてるんだろうが……
これ、やばいじゃん。ばれてるし。
「なんでいるんだよ!」
「おいおい、遊びに来てる友人にそりゃ無いだろ」
「遊びにって……じゃあ葵とは」
「当然、心配してきたんだからな」
1年隠せてたのに……まぁ無理があったか。
「ビックリしましたよ、一緒に住んでるなんて」
「優那ちゃん……でも一緒に住んでるとはいっても」
「分かってますよ。ほんとに葵ちゃん優しいです、幼馴染なんですよね」
あ、そうか。この子は俺と同じ、幼馴染同士でそんなことがあるわけが無い、と思ってくれているようだ。
そのはずなんだが、若干柊と優那ちゃんの目線がピリピリと痛いのは気のせいだろう。
「でも、ちょっと女の子同士でお話したいので、永野君は外でぶらぶらしていてください」
「は? なんでだよ」
「なんでもです」
なぜか妙に力強く言われる。普段大人しいだけに、変な感じだ。
柊も「そのほうがいいわね」と、俺に出て行くようにいう。別に女の子だけで話がしたいってなら、それはそれでいいけど。
「別に私は特に話すことねーけど」
「じゃあお姉ちゃんは外でもふらついててください」
「なんで? なんか2人、私のことどうでもいい扱いしてない?」
「この場においてはそうね……」
「ひでぇ!」
「なんでこんな扱い!?」と、嘆いていると玲那とともに、俺は追い出される感じで家を出た。
「はぁー……暇だ」
「おい、私と2人きりでそれは無いだろ」
そう言われても。別に玲那と2人きりで、いやっほう、とはならねぇよ。
でも一番2人で遊んだ回数が多いのは、女子では玲那かもしれない。当然葵は幼馴染だからもっと多いから、抜いてはいるが。
しかしこいつと一緒に行った場所って、ゲーセン、ボウリング、なんかバッティングセンターとかにも行ったっけな。ほとんど拓海と変わらねぇな。
「私は、女の子、だよな……?」
「悪い、そうだ、と言い切れねえ」
「それだけは言い切ってくれ!」
「冗談だよ、それよりどうする? なんか暇潰せそうな場所ないか?」
「そーだな……カラオケでも行く?」
「……お前とか?」
「前にも行ってただろうが! いいだろ別に」
そりゃ行ったが、2人でカラオケは無かっただろ。
「あー学校休んでるから……」
「今さら?」
確かに今さらだな。
断る理由もないし、カラオケでも行くことになってしまう。
ちょっと街っぽいところまで歩いていくと、カラオケなんかいくらでも見つかる。
拓海でも呼んでやったら、大喜びで来るかもしれないが……やめとこ。というか、呼ぶわけにはいかないと言った方がいい……
永野冬真の家にて、柊沙羅、岬優那、そして杉下葵の3人は女の子同士でのお話を始めていた。
「だ、だから。幼馴染なんだから、面倒見てやるのは当然でしょ」
「そうね……でも、2人きりというのは……」
「何もないからっ」
「抜け駆けです……というか、卑怯です」
「優那ちゃんまで……」
状況的には、葵が一方的に2人からの苦情を受けている。
ちなみに苦情の元凶となる男は、現在違う女と2人でカラオケなどに行っていることは、彼女たちの頭に無い。
「卑怯といえば卑怯ね、ただでさえ幼馴染というのは大きなアドバンテージなのに」
「ちょっ、ちょっと待って! 幼馴染だからって、私のこと、ほとんどそういう目で見てないのよ?」
「「そういう目で見られたいの(ですか)?」」
「そ、そういう目って、そういう意味じゃないわよ?」
「「そういう意味って?」」
「あー! 違うからっ!」
「「何が?」」
「今日2人とも変だよ!」
必死で話題から逃げる葵に、だんだん楽しくなってきた2人は、普段はそうでもない優那までもがドS気質を全開にし、自ら墓穴を掘り続ける葵をいじめていた。
しかし葵が言っていることは嘘ではなく、幼馴染ならではの苦労というのもあるのだが、今の彼女たちにそれは関係ない。
とにかく葵をいじめるのに徹していた。
「あ、そういえば玲那ちゃんは今、冬真と2人きりよね……」
「「あ……」」
葵はようやく2人の追撃から逃げることに成功した。
しかしそれは、攻撃対象が変わったというだけのことである。
おかしいな、春なのに寒気が……風邪がうつったか?
まぁいいか。
玲那は、歌を歌っている。そりゃカラオケボックスなんだから当然なんだが、玲那は歌がうまい。
今までも何回か聞いてるが、普通に聞けるくらいにうまい。芸能人歌うまくらいなら、優勝できるんじゃないかというくらいだ。
「うまいうまい」
「そうだろっ?」
「次なに歌うんだ?」
「冬真も歌え」
「いや、俺はのどがちょっとな……」
「なんでカラオケに来たんだよ!」
マイクで殴られそうになる、いや、それシャレにならん。
「おもしろくねーよ、私だけ歌っても」
「そうか?」
「あぁ、お前の歌を聞いて、精一杯笑ってやる」
「……それ言われてから歌うか?」
「歌え」
玲那は俺にマイクを突き出す。俺は仕方が無くそれを受け取る。
俺はしょうがないから、もう、ものすごく不本意ながら俺は曲を選ぶ。
「そういえば、カラオケには何度も来てるけど、冬真の歌聞くのはじめてかも」
「そうかぁ?」
とぼけてみるが、聞いたことなど無いはずだ。なぜなら歌ってないから。
俺は人の歌を聞いてる分にはいいが、誰かの前で歌うのは苦手だ。
というか歌ってないんだ、わざと狙って。
「そうだって絶対、楽しみ」
「やめてくれ」
ほんとにやめてほしい、そして先に言っておく。
俺は多分音痴だ。
その日、カラオケボックスは笑いに包まれた。