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プロローグ:変な生活の始まり

 蒼坂高校に合格した俺、永野冬真。

 今日は入学式であり、この日は俺の高校生活が始まるという、素晴らしい一日、のはずであった。まさか人生最悪の一日になるなどとは、このときの俺は考えもしていなかった。


 何が人生最悪か?

 ゴキブリが出ただとか、鳥の糞が直撃しただとか、そんな生易しいものじゃない。交通事故や、病気、それはそれで最悪だが、人生最悪というには少しばかり足りない。

 何がおきたか、この日俺を最も祝福し、喜んでくれたであろう両親。そして、俺のことを支えてくれていた良い姉だった永野夏海。2人が家から姿を消したのはこの日だった。


 リビングにやってきた俺の目の前には、一通の封筒。表に「冬真へ」と書かれているのだから俺が開けるしかない。


 俺は封筒の中身を取り出した。

 この日が俺の、実にふざけた生活が始まる最初の一歩だったわけだ。





 

 「な、なんじゃこりゃ……」


 これは封筒の中にはいっていた手紙を読み終えた俺の口から、自然に漏れてきた感想である。読み終えてから5秒。俺の思考は止まり、その文章の意味を理解できなかった。


 「……なんじゃ……こりゃ……」


 同じ言葉が出たが、やはり文章の意味は理解できない。

 

 もう一度手紙を確認する。

 『冬真へ、今日から一人暮らしをしてもらう。私たちは遠くにいてもいつでも冬真のことを気にかけている。がんばってくれたまえ』


 「なんじゃこりゃー!」


 俺の両親はこの日、子供を育てるということを放棄した。俺も高校生になるわけで、もうガキではない。生きていけないというわけではないが……

 まさか、まさか俺の人生の門出の日に親に捨てられるとは夢にも思わなかった。


 手紙にはまだ続きがある。


 『幼馴染の可愛い子、たしか葵ちゃんだったかな。彼女にお願いしてあるから』


 この文章は100回くらい読み返してみても意味を理解することは不可能だった。葵ちゃんというのは、幼馴染の杉下葵のことだろう。

 家は少し離れているが、小学校からずっと同じだった。

 家族ぐるみで仲がよく、昔からよく遊んでいたのだ。その葵に、一体何をお願いしたのだろう。


 そしてこの短い手紙は、こう締めくくられていた。


 『では、がんばってくれ。健闘を祈る』 


 捨てられた息子に対しての謝罪の言葉が見つからないのは、俺が未熟だからということにしておこう。

 ちなみに姉からのメッセージはなし。姉の飛鳥までいない理由が分からないのだが、大方両親と一緒に出て行ったか、もう高校3年だから1人で暮らしているかもしれない。


 「うーん、困ったなあ」


 とりあえず、朝ごはん。と行きたいのだが、母さんがいないということで、俺は今から自分で朝食を作らないといけないようだ。

 ただ俺にできる料理といえば、カップラーメンかカップ焼きそばかカップのうどんくらいなんだが……


 俺があれこれ考えていると、キッチンから何か音が聞こえた。どうやらご飯が炊けたらしい。母さんは炊飯器のセットくらいはして出て行ってくれたのだろうか。

 つか出て行くな。と言うのは無駄なようで、とにかく今日を生きることが先決だ。


 俺がキッチンに向かうと、突然廊下を誰かが走る音が聞こえた。これにはさすがにビビッた。


 「うおわっ!」


 俺が変な声を上げてフローリングの上で尻餅をついていると、リビングの扉を開けてよく知っている綺麗な女の子が、女の子とはいっても同い年なのだが、幼馴染の葵だった。


 「あ、起きてたの? おはよー」


 「……は?」


 俺の目覚めたはずの脳は、めまぐるしく変わるこの異常な現実にまた置いてけぼりを食らってしまう。手紙に書かれていたお願いというのは、こういうことなのか?

 エプロン姿なのだが、これがまた似合っている。相変わらず綺麗だし可愛いのだが、さすがに見飽きた顔でもあるな。


 「今日からよろしくね」


 「……」


 とりあえず受話器を持って、番号をプッシュする。迷わずに俺が押した番号は、連絡がつきそうも無い家族ではなく、朝っぱらから娘を俺の家に送り出しているアホな葵の家の番号だ。


 数回の呼び出し音の後に、電話に出たのは何度も聞いた葵の父親の声だ。


 『はい、杉下です』


 「おい俺だ。なぜ葵がいる?」


 『あー冬真くんか。おはよう』


 「あぁおはよう。じゃねえよ! 何でいるんだよ!」


 『聞いてないのか?』


 「だいたい聞いてるけど、てめえも娘を簡単に送り出すなよ! まさか俺と一緒に住むとかいうなよ……?」


 『よろしく頼むぞ、なぁに花嫁修業みたいなもんだ』


 あっはっは、と笑いやがるが、このおっさんは娘のことが心配ではないのだろうか。一つ屋根の下、大事な娘がこの俺と2人きりなんだぞ。


 『大丈夫だ。冬真くんは葵には一切手を出さんだろう』


 「出さねえけどさ」


 『出さんのか……?』


 若干残念そうなこのおっさんはやはりアホだ。うちの両親とあんまりやってること変わらないんじゃねぇのか?


 「はぁーっ。変わんないな」


 『信頼してるんだ。小学校から冬真くんのことはずぅーっと見てきてるからな』


 「分かった分かった」


 受話器を置いた。とりあえずこのおっさんはアホなんだが、確かに俺は葵がどんなに無防備に寝ていても、襲ったりすることは無い。

 確かに葵は綺麗だし、可愛い。それは俺が男である限りそう思うのは当然のことだ。しかし、葵はそれ以前に幼馴染だ。恋愛の対象としてはなぁ……


 「冬真ーっ! ごはんできたよ!」


 「……はぁー」


 「えっ? なんか問題あった?」


 「いや、ありがと」


 なんと味噌汁だ。味噌汁が高校生の作れるものだという新事実は置いておいて、とにかく一口飲んでみる。

 うん、うまい。普通にうまい。というかかなりうまい、なんだこりゃ。


 「ずっと俺と暮らすの?」


 「うん、よろしくね!」


 何が嬉しいんだか知らないが、葵のテンションはかなり高い。笑顔もすごく輝いている。こんな顔を見るのはいつ以来だか……なんにしても何が嬉しいんだろう。

 しかし変なことになってしまったなぁ……





 こうして、家族離散から、俺の実に変な生活が始まることとなった。

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