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04 失敗したら除籍!? 恐怖の奨学金!!

 どれだけの間そうしていただろう。若干の眠気とともに、ようやく涙が止まり、正気に戻ってきた。マリー先輩に「もう大丈夫です」と言うと、マリー先輩も「うん、よかったな」とわたしから離れる。先輩の柔らかな胸から解き放たれて、少し寂しい。


 マリー先輩の方を見やると、腕を組んで難しい顔をしている。


「それにしても、学費か……。それは大敵やなあ」


 やっぱり……。当たり前だけど、マリー先輩もわたしと同じ、ただの女子高生。いきなりこんなお金の相談されても、どうしようもないよね。そのはずなのに、マリー先輩は全然気落ちしたそぶりは見せない。


「せやけど、生徒が問題行動をを起こさないように学内バイトなんていうセーフティーネットを用意する学校やで? 生活費だけやなくて、学費に対してもネットがあってもおかしくないと思わん?」


 先輩はそう言って、何故かみんな使ってるブランドのトートバッグからなにやら分厚い茶封筒を取り出し、わたしに向かった椅子に腰かけて脚を組む。そして封筒の中身をそっと十数枚取り出し、自分の顔の前で扇のように開く。


 そのお(さつ)一枚一枚には慶應義塾の創立者が描かれていた。封筒の中にはまだまだお札はある。先輩はお札の扇から銀色の眼を妖しく覗かせて。


「ここに百五十万円ある。アンタはこの百五十万円をやして三年分の学費三百万の支払いと百五十万の返済をして、そして残ったお金を後輩に引き継ぐんや。それがウチとの、このお金を紡いできた先輩たちとの、約束やで」


「え! ひゃ、ひゃくごじゅうまんえん!?」


 あまりの衝撃に目を見開いて裏返った変な声が出てちゃった! きっと目が飛び出るって、こういうことを言うんだろうなあ。だって、百五十万円だよ? 一.五センチだよ? そんな大金、漫画やアニメ、ドラマの中でしか見たことないよ!


「しー! ご近所さん迷惑やで!」


「ご、ごめんなさい」


 スマホで時刻を確認する。夜十時前。流石にまだ寝てる生徒はいないだろうけど、突然大声を出したら迷惑であることに変わりはないだろう。


「で、でもその百五十万円、どうしたんですか? それに殖やすって、どういうことですか?」


 マリー先輩はやれやれ、といった様子で人差し指を立てる。


「この奨学金はな、奨学生が投資をして殖やす、自家発電型の奨学金なんや。いつの頃から始まったかは知らんけど、相当昔からと聞いとる。先輩が投資で殖やしたお金で自分の学費を払って、余ったお金を後輩の奨学生に引き継いで、その後輩も投資で殖やして学費を払い、余ったお金をそのまた後輩へ、と引き継がれて来たものなんや。タマちゃんの場合はウチの余らせた百五十万円が引き継がれるんやな」


「それじゃあ、マリー先輩は一年も残して、もうクリアしたってことですか?」


「そ、そういうことになるな」


 一瞬マリー先輩の目が泳いだ気がしたけど、見間違いかな?


「でも、殖やすって、どうやってです? 投資って、どういうことですか?」


「投資って()うたけど、別に手段は何でもええで。お金を殖やせれば。とは言え、現実的には結構限られとるな。事業を興すには少なすぎるし時間も無い。競馬やパチンコは年齢の問題で手が出せないし、そもそもギャンブルは儲からない構造や。宝くじは、数学の参考書にも書いてあるけど、あれは夢を買うもんや。愚か者の税金とはよく言ったものやで」


「あ、じゃあ例えば|動画配信者《YoXXXber・生主》とかでも良いんですか? 百五十万円もあれば編集用機器と撮影用機材代くらいにはなりますし」


 マリー先輩は驚いた顔をして「ほぅ……」と呟く。


「競争のメチャ激しいところに飛び込むか。もちろんそれでもええんやけど、ネタはあるんか?」


「そうですね。動物動画とかどうですか? 現代人は癒しを求めていますし、再生数も安定して出せそうですし!」


 マリー先輩は顎に手を当てて、明後日の方向を見て少し考える。均整の取れた身体で物憂げな表情を浮かべるその姿は、美術館の女神像だと言われても信じてしまうかもしれない。マスクをしてなければだけど。


「確かにそうかもしれんけど、元から飼ってる子を撮って配信するならまだしも、お金のために新たに動物を飼うのはどうかと思うで。動画が当たらなかったとき、どうするん? まさか捨てるなんて言わんよな」


「そんなの、当たり前じゃないですか!」


「うん。当たり前よな。ただ、この寮はペット禁止やから元から無理な話なんやけどな」


「そっかあ、残念……」


 マリー先輩はチッチッチッ、とワザとらしく言って人差し指を振る。


「まあ、そう気を落とさんといて。実はこの奨学金、伝統の方法があってな。株なんやけど、これならウチも教えてあげられるで」


「か、かぶ、ですか? (かぶら)の栽培でもやって文化祭で売りつけるんですか!?」


「ちゃうちゃう! 農業やない。ニュースとかで言うとる、会社の株のことや」


「あの安く買って高く売って儲けるって、アレですか?」


「せや!」


 それ、結局ギャンブルじゃん。 さっきギャンブルは儲からないと自分で言ってたばかりなのに。


「あの、マリー先輩、せっかくなんですけど、いくら先輩が教えてくれると言っても、わたし、株は聞いたことあるくらいで全然知らなくて、何だか難しそうだし、きっとその百五十万円も無駄にしちゃいます。それに失敗したら学費払えなくて結局除籍ですよね。何か別の、もっと堅い方法の方が」


 わたしがそう言うと、マリー先輩は(さえぎ)るかのように手に持っていたお札の扇を机の上に無造作にバンッと置き、おもむろに立ち上がる。そしてわたしに歩み寄り、両肩に手を置いてきた。このまま力を入れられたら押し倒されそうな恰好。それに顔が近い。美しく妖しい、そして今までにない真面目な視線がわたしに注がれる。絶対そういう状況じゃないのに、胸がドキドキしてきた。


「タマちゃんの言う通り、株に固執する必要はないわ。お金を稼ぐのは、犯罪以外なら方法は何でもええ。せやけどな、自分の置かれた状況分かっとる?」


「わたしの置かれた、状況……?」


「ええか? 失敗したら除籍言うとるけど、勝負しなかったところで百五十万円じゃ学費は払いきれんから三年後、卒業前に除籍や。高校三年間、無かったことにされる。勝負しなきゃ失敗と同じなんや。勝負して成功する、それだけがアンタの生き残る道なんや」


「でも、勝負して負けたらこの奨学金のバトンリレーが」


「そんなことはどうでもええんや。そもそも、」


 マリー先輩は何かを言いかけたようだが、一旦目を逸らしてゴクリ、と無理やり押し込めてしまった。


「卒業まで三年弱、その中で三年生のウチがそばで協力してあげられるのは今年度いっぱいが限界や。長いようでいて、実はほとんど時間は無いんや。株かて独学ですぐに身に着くような、そんな簡単なものやあらへん。行動せずに別の方法考えて、ただ時間だけ浪費してたら、もう本当に手遅れになるかもしれん」


 言われてわたしはハッとした。そっか、当たり前だけど、マリー先輩はずっと助けてくれる訳じゃないんだ。マリー先輩が卒業するまでの一年弱。この間にお金を稼ぐ方法を見出して、軌道に乗せられなきゃ、ほとんどおしまいいなんだ。


 マリー先輩はさらに(まく)し立てる。


「アンタは特待生から落ちた時から、もう後が無いんや。やっぱり止めておきたいとか、別の方法を考えてから動くとか、今更もう遅いんやで。残念ながらな」


「…………」


 肩に置かれたマリー先輩の手に一瞬力が入る。このまま押し倒されるのかと思ったら手を離され、先輩は席に戻り、申し訳なさそうな笑顔を作る。急に離れられたからか、肩が妙に寂しい。


「幸い、株はいきなり全額賭けるものでも無ければ、いきなり全額失うものでもあらへん。とりあえず株で走り出しといて、別の方法は走りながら考えればええ」


「そ、そうなんですか? でも、株って、全財産失ったとか、借金だけが残ったとか、そういう怖い話を聞きますけど」


「ま、そういう話もあるわな。ある意味では投資の肝中の肝なんやけど、それはおいおいな」


 マリー先輩はそう言うと机からすみっ○ぐらしの卓上カレンダーを拾い上げ指差す。


「今度の土曜、予定空いとる? タマちゃんの今の実力、テストしたるわ」


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