後編
「ここが準魔王指定種、メリス・ヴラドクロウの屋敷か……」
「勇者様、ヴラドクロウは余計ですよ。もう公爵位を剥奪され、姓のない立場となっています」
おっとそうだった、と頬をかくのは勇者と呼ばれた青年だ。
茶色がかった髪に凛々しい顔つきをしており、その体つきは鍛え上げた剣のように無駄なく引き締まっている。
王国は長年に渡って魔王軍と戦争を続けており、戦力増強のために育成された特別な戦士たちが彼ら『勇者』であった。
勇者とともにいるのは紫色の長髪をなびかせる、女性と見紛うほどの美形の少年だった。
少年は勇者候補として神殿で修行中の身であり、今回は研修を兼ねた補佐要員として勇者に同行しているのである。
「それにしても、ずいぶんと普通な雰囲気だな」
「なんだか拍子抜けですよね」
準魔王メリスは王位継承権1位であるアベル・アレクサンドリア王子を人質にとって屋敷に立てこもり、差し向けられた王国軍を何度も退けていると聞いていた。
討伐隊に加わった兵たちはもう何人も帰ってきていないそうだ。
そんな激しい争いがあれば屋敷は荒れ果てていて当然だと考えていた。
しかし予想に反して庭も建物もよく整えられており、荒れた様子など微塵も伺えなかった。
「だが、それがかえって不気味だ。油断せずにいくぞ」
「はい!」
勇者と少年は気を引き締め直して歩を進める。
奇襲を警戒しながら門をくぐり、公爵邸へと入った。
エントランスにはどういうわけか一切の調度品がなく、床や壁は真新しい漆喰が塗られている。
「普通、貴族の屋敷っていったらもっとごちゃごちゃと絵やら壺やらが並んでるもんだが……」
「この補修の跡も気になりますね。罠が隠されているかもしれません」
そして予感は的中した。
エントランス中央辺りまで進んだときに、四方から無数の人影が現れたのだ。
「魔王の眷属か! 剣の錆にしてやるから覚悟しやがれ!」
「飛び道具はボクの魔印で防ぎます! 勇者様は近づいてくるものだけにご注意を!」
勇者と少年は背中合わせになってそれぞれに武器をかまえた。
「あらあら、勇者様にまでお越しいただけるなんて、なんと光栄なのでしょう」
階段の上から女の声が響いた。心なしか、うっとりしているかのような声色だった。
女を見上げ、勇者が叫ぶ。
「お前が準魔王メリスだな! 王国への反逆、決して許されんぞ!」
「いくら勇者といえど、我が愛しい婚約者を魔王扱いとは許さんぞ」
新たに男の声がしたかと思うと、メリスの隣に一人の少年が立っていた。
美しく輝く青い瞳、これはまさしく人質にされているはずのアベル王子その人であった。
「アベル殿下!? どうなさったのですか!? その魔王にたぶらかされたんですね!?」
「たぶらかすなどとんでもない。私は純粋にメリスを愛しているだけだ」
そう言うとアベル王子は優しい手つきでメリスの髪をなでる。
メリスもぽっと頬を桜色に染めて幸せそうだ。
「毒か魔術か、手段はわかりませんが洗脳されていると見て間違いないかと」
「ああ、そうだな。早く魔王を倒してお救いしなければ」
「愛しき我が君を倒すとは、聞き捨てならぬ話でござるな」
勇者たちとメリスの間に一人の男が割って入った。
長身痩躯で腰には反りのある剣を携えている。
「なっ、ムラサメさん!?」
「どうしてムラサメ先生まで!?」
「わ、理由は話せぬ!」
どういうわけか、ムラサメの顔は真っ赤に紅潮していた。
ムラサメは王国でも有数の剣の使い手であったため、勇者も少年も剣の手ほどきを受けたことがあったのだ。
師事したというわけではないが、この硬骨漢が王国を裏切って魔王につくなど二人にはとても考えられなかった。
「勇者と言えど、所詮は人の子! 恐れるな!」
「メリス様をお守りせよ!」
「ああ、メリス様、今日もお美しい……」
ムラサメの背後にどたばたと人が増える。
どれも王国正規軍の装備をしており、可愛い系からちょいワル系、クール系にイケオジとバリエーションは豊富だが、みんな揃ってイケメンという共通点があった。
「みんな、ありがとう。メリス、すーーーっごく、うれしいわ!」
「「「ありがとうございますっ!!!!」」」
目の前の勇者たちへの警戒はどこへやら、男たちは反射的に頭を下げていた。
率直に言って不気味な光景である。
「それに、みんなが気を引いてくれたおかげでもう大丈夫」
その瞬間、勇者たちの足元の床が破れ、無数の触手が飛び出してきた。
予想もしなかった出来事の連続にすっかり集中力を乱していた勇者たちはなすすべもなく触手に絡め取られてしまった。
「細身で筋肉質なお兄さん系の勇者様に、女の子みたいにきれいなその従者……ああ、今夜もはかどりそうですわ」
エントランスにメリスのつぶやきだけを残し、二人はそのままメリスの寝室へと姿を消した。
そしてメリスによる、スライムとしての特性を存分に活用した歓待を一晩じっくり受けた後、彼女に忠誠を誓うこととなったのだった。
こうしてメリスは、過酷で理不尽な運命を乗り越え、今日も幸せな一日を送るのであった。
~ Happy end ~