第3の敵
コブラとカブトムシを倒した後、ガンスロンは、生駒の基地には戻らずに、そのまま北上し…一旦、日本海に出ると、海岸添いに北海道に向かった。
「生駒には、戻らないの?」
ガンスロン内に缶詰め状態にされている真由は、奥の畳の間で、寝転びながらきいた。
ガンスロンの頭部にも、部屋があり(真由以外出入り自由)、まどかと潤一郎は、そこでくつろぎながら、通信機でこたえた。
「あの基地は、もう知られたからな…破棄した。それに強化システムは、あそこにはない。帝国陸軍、最後の砦は…今から、向かう北海道の端にあるのじゃよ」
奈良公園は、2匹の死骸の処理に追われ、ものすごい悪臭が漂い、破壊された路線の普及は、未定とされていた。
そして、生駒の秘密基地もまた…何者かに破壊されていた。
ガンスロンは、北海道の最果ての地に、到着した。
ガンスロンの頭部内で、潤一郎は立ち上がり、海の向こうに見える…島々に敬礼した。
「お祖父様…」
まどかも黙って、敬礼した。
戦争終結直後…降伏した日本に侵攻した当時のソ連は、北方領土を占領した。
武器を蜂起した軍人や、民間人は殺されるか…シベリアに強制連行された。
最後まで、本土との連絡網を守って、死んだ九人の電話交換手の中には、16、17才の女の子もいた。
彼女らは自決し、一度武器を棄てた軍人達は、北海道にまで、ソ連軍が攻めていく危険を感じ、再び武器を取り、日本を守ったのだ。
「ガンスロンは…もともと、対ソ連用に作られた。生き残った軍人達が、武器を集め…資材を集め、秘密裏に、つくられたのだ」
潤一郎は、北方領土を睨み、
「あの日…あの時の…無念。忘れることなど、できようか」
その目から、哀悼と悔しさの涙が、流れた。
ガンスロンは、北方領土の見える…洞爺湖から、数百キロ離れた秘密基地に、収容された。
突然、地面が割れ…ガンスロンはその中に、納まっていく。
頭部から降りた潤一郎とまどかを、年老いた老人が迎えた。
「状況は、どうなっておるのじゃ」
挨拶を軽くすますと、潤一郎は老人に尋ねた。
老人はふんと、鼻を鳴らした。
「鷹は、現在ロシアの首都…モスクワを襲撃しておる」
「そうか…」
潤一郎は頷いた。
「アメリカから、打診が来ているが?いつになったら、来るのかと?」
老人の言葉に、潤一郎も鼻を鳴らし、顔をしかめた。
「同盟国というが…口だけの国が、なにを。我が国からは、むしりとることしか考えていないくせに…」
「じゃがな…今回はこっちが、むしりとってやったわい」
老人は、嬉しそうに笑った。
「源太郎。まあ…急いでくれ」
「ああ…ゆっくりとな」
源太郎は、にやっと歯を見せて、笑った。
アメリカは現在…鮫に襲われていた。
アメリカ海軍は、壊滅し…海上は封鎖されていた。
ガンスロンは、アメリカ政府に鮫の退治を依頼されていたが…水中戦用のコーティングがされてなかった。
今回、ガンスロンは…鮫と戦う為に、莫大なコーティング代を、アメリカからむしりとっていたのだ。
「印を手にいれたからな。残りの金を振込まさせろ!でないと、そちらにはいかないとな」
潤一郎の言葉に、源太郎は、ガンスロンを見上げた。
「皮肉なものよ。日本が敗戦しなけば…こいつは、アメリカと戦っていただろうに…」
「その前に、ロシアと一戦を交えとるわ」
潤一郎は、虚空を睨んだ。
「…その為に、核を積み…ロシア本土を焦土と化す。じゃが…今のガンスロンにできるかのお?こいつの中には、お前さんの孫がおるんじゃよ」
「わかっておるわ!それに、今は…こいつで、世界を守ることしか、考えておらぬ!」
そう言うと、潤一郎は格納庫から、出ていった。
「はあ〜」
ガンスロンの中で、深いため息をついた真由は、コクピットから、奥の畳の間に移動すると、テレビをつけた。
北海道の番組がわからない。
でも、仕方がないので、真由は横になり、ぼおっとテレビのニュースを見ていると、モスクワの町を破壊した鷹が、ヨーロッパに向かって飛んでいるという速報が、流れた。
巨大生物は、神のご加護を受けている為、通常兵器は効かない。
そして、鮫はニューヨーク沖合いに移動し、その辺りを通る船舶を破壊していた。
乗組員が、食われたことを告げていた。
最後は、猿。
中国とチベットの国境に現れ、駐留している中国の軍隊を皆殺しにしていた。
コメンテーターは、今回は少しいいことをしましたねと、皮肉混じりに、猿を讃えた。
ガンスロンの報道はされず、コブラとカブトムシは…日本の自衛隊が駆逐したが…巨大生物の死骸の後始末の大変さを伝えていた。
鹿が、奈良公園に寄り付かなくなったとも伝えていた。
真由は、コブラとカブトムシの死骸を見ながら、まだ自分が、戦った実感がなかった。
大体…真由は、レバーを引いただけだ。
「家に帰りたい…」
やはり疲れていたのか……真由は、横になると、すぐに寝てしまった。
コーティングは思ったより、早く終わった。
寝ずにぶっ通しで、作業を進め、3日後に、ガンスロンは秘密基地から発進した。
「ゆっくりではなかったのか?」
格納庫内で、潤一郎の言葉に、フッと源太郎は笑い、ガンスロンを見上げた。
「仕方あるまい。多くの人々が、殺されているのだから」
源太郎の言葉に、潤一郎もガンスロンを見た。
「ガンスロンは…守る為に、つくった。復讐の道具ではない……んだろ?」
潤一郎は苦笑した。
「…守れなかった後悔はある。だから……」
「だから?」
「また…後悔しない為だ」
「後悔か…」
源太郎の呟きに、潤一郎は前に出た。
「時代も変わった。世界もな」
潤一郎は振り返り、ガンスロンを見上げた。
「…あの頃、自分に子供ができて、孫がおるなど…想像できんかったわ。あの何もなくなった国が…こんなに発展すると思ったか?」
「いや……」
源太郎は、首を横に振った。
「皮肉なもんじゃろ?敗戦国の日本が、世界で一番の経済成長をした。だから思うんじゃ…。もし、勝っていたら、どうなった?」
「わしは……勝っていたらか……。息子も、家族も失ったわしには……わからんよ」
「日本は失い過ぎた。あの頃に比べたら……すべてが素晴らしい。例え、ロシアの暴挙を、許せないとしてもな」
潤一郎は、ガンスロンに近づき、手を触れた。
「…この世界を、守りたい。孫達が、末長く…生きれる世界を…」
「だが…真由を乗せておるじゃないか」
潤一郎は、ガンスロンの表面を撫でた。
「こいつに乗ってるなら、大丈夫じゃよ。こいつの中には、ロンがいる。神を裏切っても、真由を守りたいと思った……ロンがな」
ガンスロンは、その潤一郎の思いにこたえるように、彼の手の平に、少しのぬくもりを与えた。
北海道から、北方領土の島々の横を通りながら、ガンスロンはアラスカルートで、アメリカを目指す。
潤一郎は、数十年ぶりに見る島々に、敬礼した。
印を得たガンスロンも通常兵器が、通用しない。
(今なら……守れた)
潤一郎は、北方領土の島々が見えなくなるまで、敬礼をやめなかった。
鮫がいるニューヨーク沖合いに行く前に、ガンスロンはアメリカ軍から、給油を受けていた。
下半身の円盤に、チューブを取り付け、石油を入れていた。
「ガンスロンって…石油で動くんだ」
感心したように言う真由に、モニターの中の潤一郎が笑った。
「そんなわけないだろ?貰えるものは、もらうだけだ」
「嘘も方便よ」
まどかは、ガンスロンのコントローラでもある端末に、データを打ち込んでいた。
鮫との対決で、考えられるパターンと、対処方法をシミュレーションしていた。
「こっからが、本場じゃ」
潤一郎は、ガンスロンの横に停まっている米軍の空母を、見下ろした。
「フン」
鼻を鳴らすと、真由に言った。
「我々は、飛行艇に移動し、そこからガンスロンに指示を出す」
ガンスロンの下半身である円盤内部に搭載された小型の飛行艇が、空に浮かび上がった。
勿論、飛行艇もガンスロンの一部と、認識されている。
石油だけでなく、ミサイルも補充を受け、ガンスロンは一路、ニューヨーク沖合いを目指す。
「真由!気を引き締めろ!」
潤一郎達を乗せた飛行艇は、ガンスロンよりも上空を飛ぶ。
「お祖父様!」
隣で、コントローラに指を走らせていたまどかは、顔を上げた。
「向こうから…来たようです」
まどかの言葉が終わらない内に、給油を済ました空母が激しく揺れ…真っ二つに折れた。
「ガンスロン!上昇!」
回転を止めていた下半身の円盤が回り、ガンスロンは空中に浮かび上がった。
と同時に、折れた空母を覆い尽くす程の、波しぶきが上がり、その中から、ガンスロンに向けて、巨大な口を開けた鮫が、飛び掛かってきた。
「まどか!ミサイル!」
「間に合いません!」
「チッ!」
女の子らしくない舌打ちをすると、真由は左手を突き出し、ボタンを押した。
鮫は腕が届く範囲まで、来てなかったが、ガンスロンの右手の先に装備されたガトリング砲が、火を吹いた。
「シューティングゲームは、得意なのよ!」
弾は、全弾命中した。
表皮には、弾き返されたが、大きく広げた口の中には、数発が当たった。
ホバーリングシステムで、空中を横に移動したガンスロンは、水中に潜った鮫の動きを探った。
水面に、鮫の血が漂っていた。
「ダメージは与えられたが…」
潤一郎は渋い顔をした。
鮫が、水中に潜って出てこないのだ。
「誘ってやがる…」
空中にいるガンスロンの真下に、鮫はいるが、浮上してこない。
「血の匂いを嗅いで…明らかに、興奮しているはずだが……」
先程の攻防で、荒れた海面は、下が見えない。
「仕方がない。誘いに乗るか…」
潤一郎は頷き、叫んだ。
「真由!ガンスロンは水中に潜るぞ」
「え!」
真由に選択権はない。
「水中では、ガンスロンの能力は…30%低下しますが…」
まどかの冷静な言葉に、潤一郎は眉を寄せた。
「仕方あるまい!こうなることはわかっていた…」
水中では、回転する円盤も遅くなる。
潤一郎は、遥か向こうに見える陸地を見た。
「やつを…浅瀬まで誘導するぞ!まどか!真下に、ミサイル発射!水中に潜ると同時に、ガンスロンは浅瀬に向けて、ダッシュだ!」
「わかりました!」
水中に飛び込む前に、背中のミサイルポットから、数発のミサイルが発射され、凄まじい水柱が上がり、ガンスロンは水中に潜った。
「やったの?」
真由の言葉に、
「いや…」
潤一郎は、冷静に海面を見下ろした。すぐに、コントローラについてあるディスプレイに目をやり、ガンスロンからの映像を睨んだ。
「こちらからも、落とすぞ」
飛行艇には、小型のミサイルが装備されており、
ガンスロンが浅瀬に、水中で移動する間、鮫がいると思われるところに、ミサイルを撃ち続けた。
「ひええええ――!」
しかし、鮫はミサイルを物ともせずに、ガンスロンに信じられないスピードで迫ってくる。
画面一杯に、鋭い牙が並ぶ鮫の口を見た瞬間、真由は身を震わしたが……すぐに、レバーを握った。
「これは…ゲームよ」
ゲームだと思えば、多少は怖くない。
今度は右手を突き出し、一度引くと、思い切り突き出し、ボタンを押した。
「ガンスロンクラッシャー!」
水中で回転する右手が、ドリルのようになり、鮫の左のこめかみ辺りに、ヒットした。
真由はさらにボタンを押すと、高圧電流が流れたが、海中で拡散した。
海上から、水中で光る電気が見えた。
「ガンスロンクラッシャー弾かれました!」
まどかの報告に、潤一郎に唇を噛み締めた。
「鮫の鱗に、弾かれたか!水中でなければ、腕が動けなくなっていたな…」
「水中でのクラッシャーは、威力がありません」
「まあ………無駄ではなかったようだ」
鮫は、クラッシャーを弾き返した後、ガンスロンから距離を置いたのだ。
潤一郎は、にやっと笑った。
「警戒してくれるか。ありがたい」
ガンスロンはその間に、浅瀬へと近づいていく。
「キャノンを撃ちますか?ガンスロンキャノンなら…」
まどかは、キーボードに指を走られた。
「まだ早い!やはり、浅瀬で…やつの一部が、水面に出るか…表皮を削るか」
「どれ程強度が増しているのかは…わかりませんが…同じところを攻撃すれば」
まどかは、鮫のデータを確認した。
「心配するな!こちらとて、鮫用の武器は、用意している」
潤一郎は、真由に向かって指示した。
「真由!今回は左手の毒針を…銛状にしてある。先程クラッシャーを当てた場所なら、刺さるはずだ!」
「そんな同じとこ!無理!」
先程の激突で、ガンスロンは水中で揺れていた。
バランスが取れない。
「お祖父様!鮫が、こちらに来ません!」
まどかは、空中から鮫の動きを確認していた。
「こちらの作戦に気付いたか!」
鮫は浅瀬では、息がしにくくなる。
だから、普通浅瀬で、人が襲われることは、滅多にない。
「逃がすな!真由!接近して、どこでもいいから、打ち込め!」
「ええ!」
嫌がる真由に、潤一郎は叫んだ。
「馬鹿もんが!そう簡単に、ガンスロンはやられんわ!」
よく考えたら、真由に権限はなかった。
水中で、鮫に向かって、近づいていく。
鮫も近づき、体当たりをくらわしてくる。
「今じゃ!」
鮫の尾が当たる前に、ガンスロンの左手から、銛状の毒針が飛び出し、クラッシャーを弾いた肌に、突き刺さった。
と同時に、ガンスロンは体当たりをくらい、水中で吹っ飛んだ。
「まどか!」
「わかっています」
まどかは、キーボードを叩いた。
ガンスロンは吹っ飛びながら、同じ方向に、円盤の裏につけてあるジェットエンジンを点火した。
鮫の攻撃も利用として、海面から飛び出したガンスロンは、鮫を引きずりながら、空中に飛び上がった。
毒針は、鋼鉄で繋がれており、鮫の頭に突き刺さっていた。
頭の一部が、海面から出たところで、鮫は踏ん張り、空中に浮かぶガンスロンとの間で、鎖がのび切った。
「そのままでは切れます!」
「真由!ガンスロンキャノンだ!」
「え!」
潤一郎の言葉とともに、二つのレバーの間から、二つの拳銃状のレバーが飛び出してきた。
真由は、左手のレバーを握り締めながら、右の方の拳銃に、手を伸ばした。
「リボルバーは、発射角度になっている!」
「わかった!」
真由は親指で回す。
目の前の画面に、鮫が映る。
「ターゲットロックオン!」
肩から伸びる右のキャノン砲が、鮫に向く。
「鎖切れます!」
まどかの声と、真由が引き金を引くのが、同時だった。
一瞬の光の槍が、額から、鮫に突き刺さり、貫通した。
「もう一発!」
鎖が切れた為に、軽くなったレバーを離し、真由は両手で二つの拳銃を握った。
感覚が短い為に、ほとんど両腕を合わせたような格好になる。
また引き金を引こうとする真由に、潤一郎が言った。
「終わったよ……」
鮫は即死していた。
「例え…大きくなり、体をパワーアップしたとこで…ミサイルやレザーに勝てるはずがない」
潤一郎は、ゲーム感覚で少し戦いを楽しみだしている真由に、釘を刺した。
「我々は…神に見捨てられたとはいえ…圧倒的な力を持っている。印を得た今は、五体の中でも、殺傷力は、一番だ。だからこそ、力に溺れてはいけない」
真由は、拳銃から手を離し、画面に映る鮫の死骸を見た。
確かに、倒さなければならない相手ではあったけど…。
鮫の死骸から、光の玉が飛んできて、真由の中に入った。
「次は、ヨーロッパに向っている鷹を倒す!」
潤一郎は、レーダーを確認した。
「こいつの速さは、ガンスロンでは捕らえられないだろう」
「え!」
「だから、追尾ミサイルと…ミサイルポットを追加する」
コクピット内の画面に、ガンスロンが映り、重装備となった姿を見せた。
「追加ポットは、北海道から先に向っている」
真由は、唾を飲み込んだ。
「全弾打ち込んだ後、一気に決めろ!でないと、勝てないぞ」
ガンスロンの飛ぶ速度は、戦闘機程速くない。
「戦えるの?」
真由は唾を飲み込んだ。
火力とスピードとの戦いになるはずだ。