表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聲の魔女マリィ  作者: 夏目みゆ
2/3

魔女と月夜

今回はお客様は来ません

扉が開くと、老婆は優しく目を細めた。

少女が歩み寄ってくると、小難しい表情を作り彼女を出迎える。

老婆の姿を見て、少女はこれが夢である事に気がついた。

しかし、2度と会えない彼女に出会えた事が嬉しくて思わず顔が緩んだ。


『小娘、魔法は決まったのかい?』

『はい、お師匠様』

『成る程ね』

『私はこれを、魔法にしました』

『そうかい、魔法とは奇跡。この世の法則すらねじ曲げる、その者の性。アンタらしいね』

『はい、ありがとうございます!』

『これで、アンタも一人前の魔女だよマリ×××……』


深い深い森の中、月が真上に来た夜の家。

長いまつ毛が僅かに揺れ、窓から差し込む月明かりを反射する。

ゆっくりと開かれた瞳は、月明かりを反射して輝いた。


「宝石みたい」

「……?」


かけられた声に意識が浮上し、マリィは椅子に腰掛けるルトを見やる。

彼女はマリィを愛おしげに眺めていた。


「ごめんね魔女、起こしちゃった」

「良いのよ、どうしたの?」

「ボクは何となしに目が覚めて、綺麗な月に寝てしまうのが勿体なくなったんだ。何というか寝てしまって、明日になってしまうのが、嫌で」

「付き合うわ」


身体を起こしたマリィは、寝巻きを正して履き物を履く。

ルトの格好はタンクトップにショーツという、自堕落な記憶に引き摺られた格好で、胡座らをかいている事をマリィは注意した。


「駄目よ、淑女がそんな格好したら」

「気を許している証拠だよ」

「なら、もっと名前を呼びなさいよ」


魔術でヤカンに水を入れると、魔導具のコンロに火をつける。

湯も魔術で生み出す事は可能だが、マリィは湯が沸くのを待つ時間が好きだった。

僅かな時間、自分を整理する事が出来るからだ。

ただ、今夜はお喋りな彼女の所為で、湯が沸くのもあっという間で考え事も出来ないだろうと、苦笑いが溢れる。


「スーパームーンって言うんだ」

「何がよ?」

「月明かりが、太陽の様に強い夜の事?いや月が近くて大きな事だったっけ?」

「2つも有るんだから、晴れてさえいれば何方は綺麗な月よ?」

「うん、ボクのいた世界では、月は1つしかなかったんだ」

「嘘」

「本当。ボク達のいる星は丸いし、ボク達の星は、太陽を軸に回っているし……」

「とても信じられないわ。それに、女神教にでも聞かれたら斬首ものよ」

「初めてこの論を唱えた人も、神々を信仰する者達に罰せられた。そもそも、ボクは自分の目で見た事無いから、本当の世界の形なんて知らないよ」

「うふふ。もしかしたら、実際は違うのかもしれないわよ。他人の知恵を絶対視するのも、信仰と変わらないわ」


ぽこぽこと、沸騰する音が響く。

立ち上がったマリィは、植木鉢の薬草を数種類千切り、軽く水洗いしてポットに放る。

お湯を注げば、薬草は鮮やかな緑色へと変わり、爽やかな香りが漂う。

穏やかな香りは眠気を誘い、欠伸したルトを見て優しげに微笑んだ。


「はい、出来たわよ」

「ありがとう、魔女」

「もぅ!お味はどうかしら?」

「美味しいよ、お店を開けるね」

「魔女なのにお茶のお店を開いたら、師匠や他の魔女に笑われるわよ」

「そう?意外とウケが良さそうだけど」

「……否定出来ないわね」


穏やかな一時を過ごしていると、ぼんやりとして何処かを眺めるマリィを覗き込む。

我に帰り、ルトと目が合った彼女は苦笑いを浮かべた。


「久しぶりに、師匠の夢を見たのよ」

「珍しいの?」

「貴女が来てから、見た事無かったもの。きっと、貴女が隣に居なかったからね」

「それは、それはお姫様。寂し思いをさせた様で」

「魔女よ、魔女」

「麗しいボクの魔女様」

「そこは、名前で呼びなさいよ」

「ごめんね、マリィ」

「許してあげる。さて、出掛けるわよ」


立ち上がったマリィは、外装を掴んで引っ掛けた。

採取用の肩掛け鞄を下げ、ランプに入った蝋燭に火を灯す。

ルトは何も言わずとも、指を鳴らすと闇が纏わり漆黒のセーラー服を形成する。


「何処に出かけるの?」

「ええ、丁度時期なのを思い出したのよ」

「時期?食べ物?」

「……ついでに、野草と果実も見繕うわ」


輝く瞳に呆れた様にマリィは続け、嬉しそうに率先と扉を開けて飛び出すルトを嗜める。

そもそも、ルトは行き先を知らないのだ。


「夜の散歩って、何かワクワクするよね」

「採取よ、採取。まぁ、否定はしないわ。1人じゃないもの」


魔女の長い杖の先端にランプを吊るし、ゆっくりと進むマリィとは対照的に、ルトは軽やかに歩む。

繋いだ手を放さぬ様に、時折マリィを支えながらも、獣達も寝静まった森を進んでいく。

月明かりで照らされているとはいえ、舗装されていない道無き道は、湿り気で滑り易い苔が夜の闇に紛れており、時折マリィの口からは小さな悲鳴が漏れる。


「ゴブリンや、オーク達も寝ているみたいだね」

「そうね、夜行性の獲物もいるとは言え、こんな時間は森も危険だもの」

「オーク達は夜目があまり効かないから、狩りは明け方から、ゴブリン達は夜目が効くから夕方からだから、確かに活動時間じゃないね」

「詳しいわね」

「それなりに付き合いが長いからね、隣人の事は知っているよ。ボクも農業について問われて、朧げな記憶から教えたから。ゴブリンの中には昼間に活動する者も増えてきているよ」

「ふぅん。種の強さも有って、オークは目立つ昼間でも活動に支障は無いから、そう言った生態になったのかしら?」


首を傾げるマリィは、草陰で月光を反射した瞳に気がつかなかった。

巨体であるオークよりも大きな影は、最初はマリィを捕食しようと様子を窺っていたが、ルトが抑えた気配を僅かに晒すと、踵を返し逃げていった。

草陰が揺れる音に目をやったマリィだが、風か小動物と判断した様だ。

勿論マリィでも十分対処可能な存在だが、野生の獣が本気で気配を消してしまえば、その道を生きる者で無ければ発見は難しい。

時折実る果実や野草を採取しながら、2人は木々が開いた小さな花畑に到着する。

花畑の隅で、ぼんやりと目的の月光草が淡く輝く。


「….…蛍!」


月に照らされる花畑は、ぼんやりと小さな光が飛び交っている。

ルトの言葉に、マリィは首を傾げた。


「アレは、月光蟲よ。月の光を身に蓄え、危険を感じると閃光を上げるの。蓄え切れない光が、ああして漏れ出ているのだわ」

「蛍じゃないんだ。前の世界では、臀部を発光させる虫が居たんだ。清流にしか住めないから、環境破壊と共に姿を消して行ったらしいよ」

「へぇ、どの世界も人は愚かなのね」

「人に淘汰される程度の生物なら、何れ環境の変化で消えてしまうと思うけど」

「自然は強かですもの。例え滅びようとも、朽ちた人から命が芽吹いていくわ。さて、あの光っているのが目当ての月光草よ」


マリィ達が歩み寄る事で、月光蟲達は羽ばたいていく。

月の光を浴びて、淡く輝く白い花をマリィは満足そうに確認した。

採取用の手袋を嵌め、シャベルを使って丁寧に月光草を根毎掘り起こしていく様を、ルトは隣で眺めている。

時折り近付く獣達は、ルトの気配にこの場を避けて行く。

取り過ぎない様に、群生地から数本採取し次の場所へと、転々と移動を繰り返した。

月が大分動いた後で、漸く採取は終わった様だ。

腰を叩くマリィを老婆の様だとルトが笑い、怒鳴られ閉口した。


「ルト、女性にその言葉は失礼よ」

「でも、魔女だって実際は良い歳でしょ?」

「そもそも、肉体の成長も劣化も止めてあるのだから、歳なんて意味がないわ」

「永遠の17歳、アイドルみたいね」

「アイドルって何よ?」

「偶像かな。生きる偶像、信仰に近いけど規律もそれ程厳しく無い宗教みたいな?難しいけど、憧れの塊みたいな」

「貴女の世界って、割と言葉の意味が曖昧なのね」

「ボクの世界って言うより、出身国の特色かな。曖昧を美徳とする国だった。例えば、月が綺麗ですね、とか」

「月?確かに綺麗だけれど?」

「うん!」


不思議そうに首を傾げつつも、マリィは荷物を手早く纏めて帰宅する事を告げる。

再び差し出された手を取って、2人は夜の森を帰路に就く。

歩きながらも、余裕の有るルトはマリィを見つめて尋ねた。


「月光草って何に使うの?」

「花は特に使い道も無いから、暫く飾る程度ね。葉は桃の香りがするから、良いお茶になるわ」

「それだけなの?」

「薬効が強いのは根の部分なの。採取依頼とかでは、目立つ茎から上とかを取ってくる人も居て、可愛そうな結果になる事が多々有るわ」

「ふーん、根って苦そう」

「苦いわね。花を咲かせた月光草の根には、月の魔力が蓄えられていて、風邪薬と言われているけれど、その本質は免疫力の強化に有るのよ」


免疫力って、この世界にも有る言葉なのか。

等と、ぼんやりと考えているルトを気にせず、気を良くしたマリィの口は止まらない。


「良く万能薬なんて言葉が有るでしょう?そもそも、全てに効果が有る薬なんて無いに等しいのよ。けれど、この月光草の根の効果は免疫力の強化。当に、万能薬と言えるのよ。満月の夜なら採取可能だから、手軽に手に入るのにこの効果、奥が深いわね更に、っきゃぁ!」


喋る事に気を取られ、足を滑らせたマリィを支えるルト。

踏み締められた苔達に感謝と敬意を送り、マリィを横抱きにして走り出す。

顔の近さにマリィは戸惑い、目論見通り静かとなる。


「マリィ、もう直ぐ家に着くよ」

「え、ええ」


下ろされたマリィは魔術で汚れを落とし、次いでとルトにも魔術をかける。

短く欠伸をして、ベッドに入ろうとするルトを尻目に、マリィは月光草を水に刺す作業を始めた。

落ち着きなく視線を彷徨わせながら、誤魔化す様に目蓋を落とすルトに告げる。


「あのね、紅い月の光を浴びた月光草は、毒草となるから気をつけるのよ」

「それ、今言う必要あるの?」


再び静寂が訪れた森は、明け方に向けて準備を始めるのだった。

此処までお読みいただきありがとうございます

ブックマークしていただけると、励みになります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ