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聲の魔女マリィ  作者: 夏目みゆ
1/3

魔女と手紙

マリィとルトの物語です。

基本1話完結を目指しますので、一話が非常に長くなる事も有りますが、暇潰しに貴方の時間を下さいな。

深い深い、人々が静謐の森と呼ぶ森の奥。

木々の囁きしか聞こえない、高い樹々に囲まれた池に、小さな家が建っていた。

黒い長髪の少女が、家の扉を潜る。

黒髪の少女を出迎えたのは、彼女より少し大人びた少女だった。


「魔女、魔女。ただいま」

「お帰りなさいルト、あと名前で呼びなさい」

「はいはい、兎のお肉が取れたよ」

「そう、此方もひと段落したし、下処理してお昼ご飯に使いましょう」


大鍋をかき混ぜる手を止め、垂れた汗を拭った。

下から昇る熱風と蒸気に、夏でも無いのに汗だくであった。

自分の身体に、魔術を使い綺麗にする。

思わず匂いを確認してしまうのは、乙女だからだ。

そんな彼女を見て、ルトと呼ばれた黒髪の少女は首を傾げた。


「魔女、匂いが気になるの?ボクは、魔女の匂いが好きだから、気にしなくて良いよ」

「デリカシーが無いわね。それと、貴女の為じゃなくて、お客さんが来たら嫌でしょう?」

「そっかー」


魔女の少女の名前はマリィだ。

元々は、もっと長かったのだが、それは遠い昔のお話。

家名を捨て、更に名前も隣の少女に覚えにくいと愚痴られて、今の様にとても短い名前に至った。

貴女の所為で名前が短くなったのだと、マリィは何時も名前を呼ばせようとする。


「で、ゴブリンと、会ったのではないの?」

「よく分かったね」

「だって兎の皮が無いでしょう?大方、何羽か仕留めた所に彼等と遭遇して、物々交換でもした次いでに捌いて貰ったのでしょうね」

「大正解、流石名探偵だ」

「魔女よ、魔女。ところで、探偵って何かしら?」


大鍋を片付け手を洗うと、マリィは肉に香草を塗す。

すんすんと鼻を動かしながら、ルトは続ける。


「探偵っていうのは、断片的な情報を推理して事件を解決する人の事を言うんだよ。その凄いのが、名探偵」

「へぇ、衛兵みたいなもの?」

「ちょっと違うかな。衛兵は衛兵で、名前は違うけど似た様なものがあるんだ。探偵は個人で情報収集したり、犯人を見つけるんだよワトソンくん」

「誰よそれは」

「本になった空想上の名探偵、その相棒の名前だよ」

「探偵が私なら、ワトソンとやらは貴女でしょう?」

「あ、そうかも」


少女は欠伸をすると、テーブルに置かれた新聞を手に取り、眉を寄せて文字を睨む。

暫くそうしていると、良い匂いと共に焼けた肉と、薬草などを千切ったサラダを持ってマリィがやってきた。


「貴女、まだ全部は読めないでしょう?」

「うん、後でまた教えてね」

「ええ、勿論よ。それは兎も角、ゴブリンとは何を話したの?」

「あぁ、彼等は森で人間を見かけたそうだよ。ゴブリンをみて逃げ出したから、魔女への依頼じゃない?」

「なら、そのうち訪ねてくるかもね」


などと話をしていると、木製の扉が叩かれる。

顔を見合わせた2人のうち、家主のマリィが扉に声を掛けると、入ってきたのは痩せた老人であった。

切羽詰まる表情と、今にも射殺さんとする瞳にルトはたじろく。

そんな彼女を気にせず、マリィは椅子に進めてハーブティーを出した。

薬草の香りが、老人の心を落ち着かせていく。


「これは、魔女の魔法薬というものですかな?荒ぶる心が落ち着きました」

「只のお茶、と言いたい所だけれど、この森は魔力に満ちているからね。少し効果が強いのよ」

「それは、それは」

「森を抜け、魔女の家を訪れる。貴方を客人として認めるわ。何をそんなに焦っているのか知らないけれど、貴方は何を求めて来たの?」


老人は、沈痛な面持ちで深く溜息を吐くと、決意を込めた瞳を向ける。


「不老不死です。魔女様、どうか不老不死の薬を頼みたいのです」


余りにも傲慢で、恐ろしい注文を受け、マリィは困惑した顔を隠せなかった。

不老不死の薬を頼まれても、老いた身で今更不老になっても意味が無いだろうに。

どうせなら、若返りの薬でも望んだ方がまだ理解できる。


「残念だけど、それは無理ね」

「どうしてでしょうか?」


理由は2つあると、マリィは指を二本立てる。


「先ずはそうね、不老不死の魔法薬は、世界樹の枝や古代龍の胆嚢といった、複数の国の国家予算に匹敵する値段になるわよ。貴方にそんなお金は払えないでしょうし、同等の物で対価を払う事も叶わない。それとも、材料を伝えたら自前で取りに行くのかしら?」

「無理でしょうな」

「2つ目は、魔女は不老か不死の魔法薬を完成させる事が、魔女を名乗る条件の一つなのだけれど。不老や不死の薬は、自分に使う以外で作る事を禁じられているのよ」

「魔女の掟、という訳ですか」

「そういう事。破れは魔女を名乗る事を禁じられるし、下手をすれば殺されるわ」


老人は手元のお茶を睨み、水面に映る自分と向き合っている。

彼が何故魔女の家を訪れたのかは不明だが、魔女に対する礼儀を弁えており、魔女について調べ決死の覚悟で森に入ったのだろう。

魔女を訪ねる者の中には無礼な輩も多く、彼等は皆森の糧となった。


「貴方がどの様な理由で、不老不死を求めているのか知らないわ。だから、私に事情を聞かせてくれないかしら?」

「孫です」


老人はポツリポツリと、降り始めた雨の様に話始める。

彼は息子夫婦と共に暮らしており、家族を本当に大切に思っていた。

しかし、孫娘は昔から病弱で、医者によれば成人するまで生きられないそうだ。

つまり、老人は孫娘を不老不死にする事で、病で死なない体にさせたいのだろう。


「そうなのね」

「魔女様、先程のお言葉では、弟子になる事で不老不死の秘薬を作る事が出来ると?」

「可能性の話よ。魔女の技術は難しい、魔法薬は尚更難しい。例え弟子入りしたとして、命尽きる前に不老や不死には届かないかもしれないわ」

「それでも、可能性が有るのなら……」

「ねぇ、お爺さん」


ずっと黙っていたルトが口を挟む。

夜をそのまま人の姿にした様な彼女に、老人は思わず息を呑む。


「不老不死、それはお孫さんも望んでいるの?」

「え?」

「不老不死を得たとして、何時果てるかも分からない永劫の時を、1人ぼっちで過ごすの?貴方や家族に取り残されるんだよ?」

「……」

「不老不死なんて、孤独だよ」


閉口した老人を見て、マリィは溜息を吐いた。

不老不死という甘美な響きは、誰もが縋りたくなるだろう。

けれど、蓋を開けて見れば、取り残され続ける孤独でしか無いのだ。

故に魔女の多くは、不老長寿のみに留めている所か、魔法薬を飲まずに人として寿命を全うする者もいる。

勿論中には不老不死を手に入れた者も居るだろうが、皆自らの殺し方を模索しているそうだ。


「そうですね、私の独りよがりだ。孫に、逢いたいなぁ」


ポロリと零れた涙を見て、マリィは目を細める。

家族思いの客が来るたびにこの表情が浮かぶマリィに、ルトはそっと抱き着いた。


「なによ?」

「べつに」

「そう。ねぇ、貴方は魔女の客として来たのでしょう?泣いている暇が有るのなら、案内して頂戴」

「え?」

「あのね、どんな症状なのか分からないと、魔法薬って作れないのよ」


呆けた顔の老人は、破顔すると何度もお礼を伝えている。

嫌らしく笑うルトを小突くと、マリィは出掛ける支度を始めた。

老人を連れて彼の村へと向かっていく。

久しぶりに出た森の外は、春の訪れを感じさせた。

優しい陽だまりの下、束の広い魔女の帽子が揺れる。


数日後、森の入り口のポストには、子供らしい拙い文字で書かれた御礼の手紙が入っていた。

手紙を取り出したマリィは微笑み、ルトは不思議そうに中身を尋ねた。

お読み頂き有り難うございます。

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