ブラックですが何か? 〜賽の河原、今も昔も変わりません〜
賽の河原。その俗信は色々ある。
例えば、親より先に逝った子どもは、その親不孝を贖うために賽の河原で石を積んで、親の供養のために塔を完成させなければならない。
「最近、幼子より石を積む爺さん婆さんが増えたなぁ」
「ああ。なんでもうつし世は、超高齢化社会だって聞くぞ」
「なるほど。親が長生きするから、子のほうが先に死ぬ機会が増えてるのか」
「おーい!お前等、仕事の時間だぞ!」
「「はーい!」」
地獄の獄卒、金棒を持って賽の河原にご出勤である。もちろん、石の塔を完成させないため、崩しまくるのだ。それが賽の河原担当のお仕事の一つだからだ。
「はぁ、俺、もう、この仕事無理。先に死にたくって死んだんじゃない子だって居るし、そもそも親の粗忽で死んだ子だって居るだろ?なんでそんな子、いじめにゃならん?」
そう、なにげにストレスの多い、この地獄のお仕事、鬼にならねばやっていけないのである。地蔵菩薩の救いが早く来ることを願う獄卒も多いのだ。
「お前、自分が鬼に生まれた自覚あんの?」
「間違って生まれたに違いないー。今度生まれ変わったときは……って、なんかどこで何に生まれ変わってもイヤーな気がする?いっそ消えてなくなりたひ……」
「落ち着けって。ほら、あっちの塔が完成しそうだぞ」
「あ!あれは本気で崩しまくってやる!親に大事にしてもらっときながら、親不孝三昧したやつなんざ、とことんいびり倒してやらァ!」
勢いよく塔に蹴りをいれに行った仲間を見て、ため息をつく主任の獄卒。
「やれ、部下の使い所ってのは難しいもんだ」
そうつぶやいて自分の仕事に戻る獄卒であった。
賽の河原。そこは三途の渡が来るところ。
「渡河賃」
「えっと?」
渡し守に、河渡しの駄賃を求められた、死にたてほやほやの男。わけが分からず首を傾げる。
昨今、棺に六文銭がいれられなくなって久しく、代わりにクレジットカードを入れるわけでも無けりゃ、現金を入れることもない(入れるぐらいなら使うだろうよ)。よくて、印刷された六文銭か金額の書かれた紙である。
もちろん、それすら入れてもらえぬ死者も存在するのだ。そろそろ、この辺のシステムも替え時ではないかと、獄卒から閻魔様に申し入れが行われている。
「頭陀袋すらないのか?」
「ずだぶくろ?」
「無縁仏かよ?」
「???」
「あー、渡し守のおっちゃん!昨今は孤独死が多くて、まともな葬儀を出してもらえねーのも多いんだとよ!」
「どうすんのよ、これ」
「俺のポケットマネーで渡してやってくんな!お前さん、来世こそ、人に恵まれた生き様しろよ?」
地獄の獄卒の給料を上げてやって下さい、閻魔様!
「……俺!ここで働きます!」
「「えーっ!?」」
「悪いが、ここを渡るやつがめっきり減っててな。あんま仕事ないんだ。悪いが大人しく川渡ってくれんか?」
長生きするので死ぬ人間がポツポツな、日本エリア。
西欧エリアではカローンが感染症のせいで過労死するレベルになっているのにである。いっときは渡し船が死者の重みで沈みかけたという噂が冥界を駆け抜けたという。仕事は程々が一番です。
「初めて、初めて他人に優しくされたんですぅううう」
「「お、おぉう」」
地獄より、厳しい生き地獄って何さ、それと思った、獄卒と三途の川の渡守だったとさ。
もう一つ、賽の河原の俗信。女性蔑視かよと思わないでもいられないそれは、「女性は死後、初めて性交をした相手に手を引かれて三途の川を渡る」というものである。
「はーい、戸倉孝之さんに初めてを捧げた女性はこちらの列に、死んだ順番でお願いしまーす!」
「……次、生まれ変わる時、俺、一途な男になります」
「まーがんばって!後八十六人居るからね!」
「後、五十年ぐらいかかるんじゃないかな。最後の女性が死ぬのまだ、先の先みたいだし」
「百人斬りなんか、すんじゃなかった……」
「あ!ちょっと!そこでキャットファイト始めないでー」
モメはじめた女性たちを、引き離しにかかる獄卒達。
「あの、あれなんですか?」
死にたてほやほやの中年女性が、近くにいた獄卒に聞く。
「なんだ。お嬢さんは知らんのか?三途の川の渡り方はな、あっちの渡守に六文銭渡して送って貰う方法と、女はな、処女を捧げた男に渡して貰う方法があるんだよ」
「お嬢んさんなんて言われたの初めて!嬉しい!あっ!?あの、あれ、溺れてませんか?」
中年女性の指差す先で、女に首にしがみつかれたせいで男が溺れ、三途の川を流れ始めている。
「大丈夫!もう死んでるから!」
「そうでしたね!じゃあ、私は渡し守さんにお願いしてきます」
「おう。頭陀袋の中の金、用意しときな!」
「はい!」
いそいそと六文銭を取り出し、渡し守のところに行く中年女性。
「ねぇ、獄卒さん。最初の男なんて記憶にないんだけど。最後の男に頼んじゃ、駄目なの?いい男だったのよぉ」
中年女性の後ろで話を聞いていた、老年に差し掛かった小粋な女性が、獄卒に話しかける。
「「えッ!?」」
「すみません、マダム。規定にありませんので、渡し守でお願いします」
「まあ、融通がきかないのねぇ。いいわ、ちょっと会ってみたかっただけなのよ」
肩をすくめて、渡し守のところに行く小粋な女性。
「最近、渡し守で渡る女性が増えたな」
「いろいろみたいですよー。草食系や僧職系が増えたせいで、処女が増えたとか、初めての男が夫だけどあの世でまで関わり合いたくないとか」
「へー。現し世も大変だなぁ」
現世のうわさ話を始める獄卒であった。
死んだ後に迷惑かけないためにも、無駄な持ち物減らさなきゃなぁ。