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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

のらりくらりな転生者

のらりくらりな転生者はものともしない

作者: 無人島

短編『のらりくらりな転生者は歯牙にもかけない』の続編です。R15は保険です<(_ _)>

「ルールル、ルルル、ルールル〜♪」


 魑魅魍魎が蠢く学園とおさらばした直後。

 私は保存膜を練って作った空飛ぶホウキに魔力を注ぎ、形をホウキから絨毯に変化させた。速度は落ちるがやはりこの形の方が安定して乗りやすい。ゆっくり胡座もかける。保存膜自体には属性を付与していないので色は透明だ。いま私の真下から見上げたら尻に食い込んだパンツが拝めるだろうが、端から見たら胡座で飛行する女など不気味で怪鳥すら逃げていくのが現状だ。


 絨毯が上昇するにつれて周囲の生き物が逃げる怪鳥から様子を伺う魔鷹の群れに様変わりした。広範囲に魔力を放出して威嚇すると逃げはしないが攻撃してくる様子もない。知能が高いのだろうな。


 よし、それなら一気に上昇だ。


「ダダン、ダッダダン、ダダン、ダッダダン──タララーラ〜ラ〜」


 神美山の最長部が見えてきた。

 ただいま愛しの別荘。不法建築だけど知ったことではない。この最長部には肺も身体も魔法で強化した者でなければ注意すらしに来れないだろう。


 なんせここは標高2万メートル。近隣のマントル湾からは海抜3万メートルだ。おまけに山肌は限りなく垂直で登頂部は200平米しかない。流石の異世界。滅茶苦茶だ。


 地面に降りて伸びをする。

 酸素は超極薄でも空気が美味しく感じる。

 学園を取りまく全てから解放されたのだ。こんなに清々しい気分は久しぶり。


 見上げた四角い黒い家。

 これが私の別荘であり隠れ家だ。

 魔力をブロック状に固めたものを積み上げて建てた。ひとつひとつのブロックに洒落にならない量の魔力が含まれている。


 これは【火】【水】【雷】【風】【光】の五属性を合わせると古に失われたと言われている闇属性になる、それを使って建てた別荘だ。もはや造った私でも壊せない。


「ただいまー」


 室内に入ると前回来た時のまま、飲みかけのホットチョコレートが湯気を立てていた。そういや冷めないようカップの内部に劣化防止魔法をかけていたんだった。


 それを飲みながら吹き抜け2階建ての室内を見渡す。


 手作りした木のテーブルと椅子。懐かしいな。魔力も使わず手作業で切ったり組み立てたり、木製の窓枠やカップも頑張って作った。そこで力尽きて学長室からパクってきた飛竜皮ソファーと夢羊のふかふか絨毯を見下ろした。高等科二学年の期末試験のあとすぐ無くなったから多分私だとバレている。ほとぼりが冷めたら学長の安楽椅子も拝借しにいこう。あれは座り心地がよかった。


 2階に続く吹き抜けの空間を見上げる。辺りには食材や料理が入った保存膜がぷかぷかと浮いていた。


 この保存膜の出生は、王宮でアリスベル様に初めて会った時、裏庭で1人でシャボン玉をふいて、シャボン玉が割れると寂しそうにする王女の姿から感銘を受けて作ったものだ。


 割れないシャボン玉(保存膜)に喜んでいたなぁとしみじみしていたら床に魔方陣が浮かび上がった。


 何者かが移動してくる。


 急いで飛び退いて身構えると、死体でも入ってんのかと疑いたくなる横長の麻袋と、それにしがみつく子猫が現れた。


「……っ、パールシーお姉様!」


「アリスベル様!」


「バケツの底から転移できましたわ!」


「ああ! それそれ! 確かあったね!」


 よかった。学園の研究室の天井にある転移魔方陣、王太子達に破壊されていたらどうしようかと思ったけど、用務員室の掃除道具入れのバケツの底に描いておいた予備の魔方陣、私は忘れてたけどアリスベル様はちゃんと覚えてて使ってくれたんだ。


 ちなみに私の魔方陣からここに飛んできた場合、自動で身体強化魔法が付与される仕掛けになっている。解析するとアリスベル様の身体にちゃんと掛かってる。


「パールシーお姉様! よかった……離ればなれにならなくて……! 本当によかった!」


 駆け出したアリスベル様が勢いよく抱き付いてきた。あったかい。ホットチョコレート少しこぼしてしまった。でもえらいね。ちゃんと来れたね。えらいよ。


 抱き締めたアリスベル様の体が震えている。よかった、よかったぁと繰り返して胸に顔をすりすりされた。ああ。癒やされる。


 小一時間振りの再会に感極まった時、再び魔方陣が起動した。


「っ、な!」


 そんなまさか……一度使った魔方陣は私が魔力を補充しない限り、再利用できない筈。使おうとしてもかなりの魔力持ちでないと転移できるわけがない。


 魔方陣は魔力切れで点滅を繰り返し、光が途絶えた次の瞬間、墓場から甦ったゾンビのように誰かの拳がズボ! と床から現れた。


「ヨゼフ! もっと魔力を送れ!」


「るせー! テメーは引っ込んでろ!」


 まさかのイーグル王太子殿下とヨゼフ王太子殿下だ。魔方陣の残存魔力から軌跡をたどったのか?


 おまけにヨゼフ王太子が魔力でねじ曲げた空間に穴を開け、その穴をイーグル王太子が腕力で押しひろげようとしている。流石の異世界。無茶苦茶だ。


「いやあああ! 酷いお兄様! わたくしの後をつけたのですか!」


 青ざめたアリスベル様が急いで麻袋の紐をほどいていく。死体でも入ってんのかと疑った横長の麻袋から、本当に死体が出てきて雄叫びを上げた。


「ああああー!? そ、それ、初代国王陛下のミイラ!」


 包帯でぐるぐる巻きにされている。

 確かゲームに登場するレアアイテムだ。

 どこで手に入れたんだろ?


「その声……パールシー嬢? そこにいるのか!?」


「可愛いルーシー! 僕の小リスちゃん! 待ってて、今いくからね!」


「パールシー様はわたくしのお姉様です! 貴方達はコレでも喰らいなさい!」


 そう言ってアリスベル様がコレと呼んだ初代国王陛下のミイラを穴に投げ込んだ。凄い腕力。そういや身体強化魔法かけてたんだった。


「汝が主、アリスベル・ニャン・エルドラドの名の元に命じる。イーグル・ニャン・エルドラドとヨゼフ・ワンコ・シツラクエン、この二体を塞き止めよ! それは災いぞ!」


「アリスベル様!?」


「ワンチャンアルデ、ワンパンヤッタルデ、ジャクニクキョウショク、アラビキソーセージ────顕現せよ!」


 服従の呪文から契約が発動してミイラの包帯がしゅるしゅるとほどかれていく。中身は透明だ。でも本体の初代国王陛下が顕現した。うわ。まんまミイラだ。


「な、これは……どこかで見た顔、ッッ!?」


「るせー! さっさと……ぐわああぁぁ」


 2人の顔が床からズボ! と現れた瞬間、包帯はヨゼフ王太子に、本体はイーグル王太子に襲い掛かった。衝撃で魔力も腕力も押し返され、一時的にミイラごと吸い込んだ穴が塞がった。


 初代国王陛下は軍王神の称号を持つ怪物だ。時間稼ぎにはなる。でもまた来たら面倒だ。正直もうミイラはやだ。すぐに魔方陣を無効化する術式で上書きする。


「チキュウノカミサマホトケサマ、ネガワクバクタバレオトメゲーム────閉じよ次元の穴!」


 拒絶の呪文を放つ。

 穴は完全に塞がれた。


 ホッと息をつき額を拭う。

 我ながら素早い対応だった。

 はじめてにしては息の合った連携プレーだったと思う。


「お姉様、」


「んもう、アリスベル様〜」


 ペロっと赤い舌を出す子猫は可愛い。凄く可愛い。それにしても去年のアリスベル様の誕生日、ペット飼いたいと言っていたから魔獣でも何でも屈する服従の呪文を作ってあげたのに、まさかそれが初代国王陛下だったとは──早く言ってよ。びっくりしちゃったじゃない。


 さてと。

 急いで夕飯の支度をしよう! 今夜は宴だ!



 別荘の1階は居間と寝室とキッチン。あとトイレと浴槽。2階は吹き抜けで1階が見下ろせる開放的な広間と、ベランダから絶景が見渡せるようになっている。地下室には汲み上げ装置もあり、神美山から湧きでる水を独り占めしている。


 ちなみに屋上には筒状の煙突がある。これは灼熱の溶岩を四方八方に撒き散らし周囲を地獄にかえるインフェルノタワーでもある。花火を打ち上げる装置を作りたかったのだが、練った魔力の量が多過ぎて失敗した。


 ここは別荘なので研究の部屋はない。完全な憩いの場だ。アリスベル様を一通り案内して最後に1階のキッチンにある自信作の蛇口を見せた。


「きゃあ〜、赤い蛇口からホットワインが出てきましたわ」


「茶色はホットチョコレート、白はアリスベル様が好きなホットミルクが出てくるよ」


「素敵ですわ!」


 室内をくるくると舞い、もうここに住みますわ~とソファーにダイブする子猫は可愛い。そのうちお菓子の城でも建ててあげようかな。


 外に出てふかふかの絨毯を敷く。

 保存膜を四角く練った重箱に色とりどりの料理が並ぶ。

 腰をおろしてお花見スタイルだ。


「では──我らの健康と、栄華と、繁栄に、チェリオー!」


 さっそくホットワインで乾杯した。


「きゃあ、なんて素敵な夜なのでしょう! こんなに楽しい気分は、去年の旅行でお姉様と初めて洞窟探検をしたとき以来ですわ!」


「あれは楽しかったね〜。今年はアリスベル様と船旅がしたいなー。最果ての無人島とかヒヤケサロン族の浜辺で派手にキャンプファイヤーしたいわぁ」


「ではわたくしはお姉様に水着をプレゼントしますわっ」


「いつもありがとうねぇ」


 可愛いなぁ。ホットワインがグビグビすすむ。

 アリスベル様は私の身に付ける物や、飾りをよく作ってくれる。そういや定期的に髪も切ってもらっていた。至れり尽くせりだなぁ。

 去年の旅行では洞窟都市にあるダンジョンで一緒に弾けた。野営をしながら辿り着いた最下層はまさにボーナスステージで、シャンデリアのようにキラキラと光る氷柱に、間接照明のように発光する苔、宝石のような魚が泳ぐ池は毎日見てても飽きなかった。神秘的な旅行だったなぁ。アリスベル様はその旅行の思い出に輝く魚の鱗を使って貝殻型の照明を作ってくれた。それはこの別荘のお風呂に飾ってある。


 他にも無限砂漠で作ってくれた私の似顔絵の砂絵は居間に、エデンの園で作ってくれたリンゴ型の置き時計はキッチンに、人魚の里で作ってくれたお香は寝室に、鎖の迷宮でお揃いで作ってくれたネックレスはいま私の首に──全てが大切な思い出だ。


「そういえばアリスベル様、今夜……無断外泊になるよね? 学園や公務の予定とか……大丈夫?」


 肩をすくめて気になったことをアリスベル様に聞いた。とくに初代国王陛下の事とか、陛下は知っているのかな?


 可愛くトウモロコシをかじっていたアリスベル様はにっこりと微笑んだ。


「それは日頃からお父様に『やはりイーグルでは駄目か……お前だけはパールシー嬢の側を離れるな!

 常に一緒にいるんだ! おおっ、儂の可愛いアリスベル……お前だけが希望だ……!』と口すっぱく言われておりますので、なんの問題もないのですわ」


「そっか! よかったー」


 やはり陛下も人の子。愛娘が可愛いくて仕方ないのだろう。それだけ溺愛されているなら、初代国王陛下の事もおおめにみてくれそうだ。


 ホッと胸を撫で下ろし、再びアリスベル様とホットワインで乾杯する。


 キン、とグラスが重なる音と共に灼熱のインフェルノタワーがゴゴゴと鳴って起動した。


「っ、え!?」


 また次から次へと。展開が熱すぎる。


 背後の四角い別荘が全ての物理と魔力を跳ね返すドーム型に変化した。これは警戒体勢だ。インフェルノタワーも誤差動じゃない。


「はっ……!? こ、この魔力は……!」


「アリスベル様、いったん室内に!」


 丸くなった別荘の屋上、そこにある筒状の煙突からピースサインをした巨大な手が出てくる。これが兵器の域を越えたインフェルノタワー、もとい花火の打ち上げ装置の失敗作。それが発動するまであと1分。


 別荘の警戒体勢はインフェルノタワー発射による暴風で室内の物を壊さないためのもの。でも頭上に溶岩が放出されたら物凄く焦げ臭いから中に入ってカードゲームでもしようね、と誘おうとしたらアリスベル様が悲鳴をあげた。


「いやあああああ! やはりドグランベールが近くにいますわ! まさか…… 」


 その悲鳴に驚き振り返ると、猫が伸びをするような姿勢で崖下をのぞいていた。可愛いなぁ。てかドグランベールって初代国王陛下の名前ですね。


「塞き止めよと言ったのにっ……あの役立たずう! 末代まで祟ってやるうう」


 そんな悲痛な顔で泣かないで。おろおろしてしまうよ。そしてたまたまかな、初代国王陛下ドグランベール様の末代はアリスベル王女殿下だ。


 インフェルノタワーの手がピースサインからグーに変化した。これは拳を握り締めて威力を溜めているんだな。ちなみにパーになったら放出する。我ながらダサい演出だ。


 頭を抱えたくなる。

 花火が見たかっただけなのに……!

 なんでこんなの作ったんだろう。


「パールシー嬢!」


「僕の可愛いルーシー!」


 聞こえた声に我に返る。


「いやあああ! こないでえええ! 」


 アリスベル様が崖下に向かって「シャー!」と爪をたてている。可愛いなぁ。


 てかインフェルノタワー起動の原因は王太子達か。ここにはたまに警戒ランク内の魔猿や魔鬼が登ってくるので、恐らく彼等もよじ登ってきたんだろう。そりゃ発動するわ。

 もう時間がない。


「はぁ……ソウインテッタイセヨ、キカンスル──発動停止」


 停止の合図でインフェルノタワーを止めた。

 パーに開きかけた拳が赤く発光している。発動に必要な魔力まで僅かに足りない。どうやら間に合ったようだ。


 ガッ! と4つの拳が登頂部に到達し、その反動で飛躍する。先にイーグル王太子が降り立った。


「俺の勝ちだ」


「るせー! 役立たずの脳筋が! 誰が身体強化魔法かけてやったと思ってんだ!」


 ヨゼフ王太子に続き、最後に降り立ったのは初代国王陛下ドグランベール様だった。王太子達から反撃に合ったのだろう。ボロボロだ。おまけに憤怒の形相のアリスベル様からビンタを受けてドグランベール様の顎が外れた。流石は脳筋の妹君だ。身体強化をかけているとはいえ凄い威力。


「このゾンビ野郎に10倍重力かけて塞き止めてやったろ! ほんとテメーは何もしねーのな!」


「言い訳はいい。賭けは俺の勝ちだ。俺が先にパールシー嬢に言う」


「っ、く……」


 なにやらもめていた王太子達がくるりと踵を翻しこちらに向かって歩いてくる。


 先に私の目の前にきたイーグル王太子が跪いた。


「パールシー嬢。幼い頃からずっと貴女に恋焦がれていた。私の生涯をかけて護ると誓う。私と結婚してくれ」


「いいですよ。私より魔力が高くなったら結婚しましょう」


「そ、れは……無理だ。パールシー嬢と私では、魔力値が桁違いだ」


「そうですね」


 固まったイーグル王太子に「は! だっせーでやんの!」と肩パンしたヨゼフ王太子が私に跪いた。相変わらずイーグル王太子に対しては無体のようだ。


「可愛いルーシー。プロポーズする前に、僕は君に謝らなくていけないことがある。ある時……僕は覚醒して……暗躍して……経済を発展させた。そのせいで君の運命までねじ曲げてしまったんだ。僕が知る悪役令嬢はこんなにハイスペックじゃなかったからね……こんなこと言っても今は理解できないと思う。でも僕は君に自由に生きて欲しいと思っている。だって研究や好きなことに熱中している時の君はキラキラと輝いているから。いつかその笑顔を僕に向けてもらえるよう、努力するよ。僕のお嫁さんになって下さい」


「その言葉に二言はありませんか?」


「勿論だよルーシー!」


「ありがとうございます。では今まで通り自由に生きますね」


「え」


 ヨゼフ王太子の遠い目にこちらも遠い目で返す。


 2人の王太子が跪いているのだ。

 流石に棒立ちはいたたまれなくなってきたので一旦ふかふかの絨毯の上に座る。


「聞きたいことは山ほどありますが、まず、何故ここに私たちがいるとバレたのですか?」


「それはヨゼフが床についていたチョコレートを瞬時に解析してそれが神美山にしかない成分だと、パールシー嬢は神美山に居ると言い切った変態だからだ」


「るせー! 絶世の美少女ルーシーの飲みかけだぞ! 解析するに決まってんだろ!」


 床にこぼしたホットチョコレートが原因か。

 確かにこの山源泉の神の雫が原材料だ。犬顔も侮れんな。


 とりあえず夕飯の残り物を王太子達の前に差し出した。紅茶でも淹れるのがもてなしというものだが一度腰を下ろすとしばらく立ち上がりたくないのが人間の性だ。茶葉がある背後の家を見たらアリスベル様がドグランベール様の両脇を抱えて「うんしょ、うんしょ」と丸くなった家のてっぺんまで登っているのが見えて思わず『それ何の遊び?』と頬を緩めてしまった。とどのつまり、子猫が可愛くてキッチンまで茶葉を取りにいくのが面倒になったのだ。


「これ……ルーシーの……」


「はい?」


 一粒一粒きれいにかじった痕があるトウモロコシをじぃーっと見つめるヨゼフ王太子。その目には情欲のような、危機迫るものが感じられて思わず「それはアリスベル様のトウモロコシです」と言ったらイーグル王太子が重箱の中のトウモロコシをぶんどった。


「ベルは野菜嫌いだ。よってこれはパールシー嬢のもので間違いない」


「よこせやボケ!」


 きもい。ぎょっとして身を引くと背後からアリスベル様に抱き締められた。あったかい。


「あ、夜食に流し素麺食べよっか?」


「まあ! わたくしそれ大好きなんですの〜。とくにピンクとグリーンの麺が好きですわっ」


 知ってる。いつも色付き素麺狙って、そのお陰か箸使いが凄く上手になったもんね。今回は黄色い素麺もあるよ、と言おうとしたらイーグル王太子が地面にドン! と拳を落とした。


「……ベル! 私の前で態度が過ぎるぞ!」


 まるでアリスベル様を咎めるようなでかい声は神美山に響き渡った。


「なんですの? 王命で動いているわたくしと違って、お兄様はわたくしの後をつけてこんな所まで追ってきたのですよ? 王族にあるまじき不考ですわ」


「パールシー嬢の嘘を利用したかと思えば、今度は父上まで使って……そこまでしてパールシー嬢の側にいたいのか? 浅ましいとは思わないのか?」


 私の食いかけだと思ってトウモロコシを完食しておいて何言ってんだ。ちなみにそれは本当に野菜嫌いなアリスベル様が食べたトウモロコシだ。私が魔力玉で土を肥やして育てた野菜は果物より甘いのだ。


「わたくしが浅ましい? 生まれた時から次期国王として扱われてきたお兄様には駒でしかない王女の気持ちなんて解りませんわ」


「……何を、言っている?」


「幼き頃からわたくしを利用してお兄様に近付こうとする者に周りを囲まれて、心底疲弊していましたの。誰もわたくしを求めてなどいない……皆がわたくしの後ろにいるお兄様しか見ていなかった」


 アリスベル様の悲痛な声にイーグル王太子が息をのんだ。


 同じ王族として共感する部分があったのだろう、ヨゼフ王太子が「……なんだ……兄妹で険悪だな……仲良くしろよ……」と2人を心配そうに見つめている。


「そんな時でしたわ。王子に興味を示さず、王族の権力にすら靡かないパールシーお姉様と出会ったのは」


「だからと言って……パールシー嬢との婚約を邪魔する理由にはならないだろう。ベルはいつもパールシー嬢を『お姉様』と呼んでいたな。私とパールシー嬢が結婚したら、本当の姉妹になるんだぞ? 協力しようとは思わないのか?」


「……お兄様はお飾りの夫で満足ということですのね? ならわたくしはパールシーお姉様と本物の絆を紡いでいきたいと思います。お兄様とわたくしとでは、パールシーお姉様に対する気持ちそのもの、格が違うのです」


「なん、だと?」


 アリスベル様から悲痛な声色が薄れて、徐々に明るい表情になっていく。


「パールシーお姉様はね、登城や謁見の記録が残らないよう、いつも人目を忍んで、わたくしに会いに王宮に来てくれていたのですよ。通常、貴族なら王宮に入った記録は残したがりますもの。自慢になりますからね。初めてですわ。アリスベルという1人の人間を見てくれた人は」


 アリスベル様がぎゅーと抱き締めてくる。

 なんだか子猫と出会った時のような、感慨深い気持ちが溢れてきた。いつだって味方は彼女一人だったのだ。


「待て……私もお前を必要としているし、一人の人間として、ちゃんと見ているぞ?」


「まあ……最近ではお兄様ですらわたくしをダシにしてパールシーお姉様に近付こうとしていたではありませんか────それにこの美しい髪を切っていいのはわたくしだけだと、日頃から口すっぱくお兄様に言っていましたよね?」


「…………そ、れは」


「お兄様でしょう? 潤沢な魔力を纏うお姉様の髪は、コレでしか切れないのに」


 アリスベル様が後ろ手からキラリと光る小鎌を出して、刃先をイーグル王太子に向けた。


「ベルっ、お前それ……初代国王陛下が所有していた懐刀ではないか!」


 へぇ。

 流石ゲームにも登場するレアアイテム(初代国王陛下)は得物も特別だ。高解析すると素材は【オーバーストーン】超貴重鉱石、と出た。そんな希少な鎌で散髪してたんだ……なんか初代国王陛下に悪いなぁ。


「不可侵条約は破られましたのよ。お姉様の前髪がぱっつんになっているのを見たあの時……わたくし決めましたの──絶対にこの居場所(お姉様)はお兄様に譲らない、と」


「待、て……ベル、俺は」


「お兄様なんて、大っ嫌い」


 イーグル王太子が完全に固まった。アリスベル様のマジ切れ声。初めて聞いた。言われたのが私じゃなくてよかった、ほんとよかった、ホッとすると同時に庇うようにアリスベル様に横向きに倒された。


「え」


 それによって視界が反転した瞬間、私の目に写ったもの。発射寸前で開きかけのインフェルノタワー、その中途半端なパーの手の中に卍型に押し込まれたドグランベール様がいた。


 アリスベル様と目が合う。子猫のパチッとウィンク。凄い。時間稼ぎもさることながら、完璧なタイミング。


 インフェルノタワーは宛がわれたドグランベール様から魔力を充填され、発動可能に達し、発射した。


 おまけに私の頭上をスローモーションで通りすぎるドグランベール様のその角度、まさに神。


 溶岩にまみれたドグランベール様が2つに分断して王太子達の腹に直撃した。グロっ……。


 気を抜いていたのかヨゼフ王太子は既に宙の人。その姿勢は空中犬神家だ。確かに犬顔だもんね。


 同じく腹に直撃を喰らいグホッ! と片目をしかめたイーグル王太子の口から大量のトウモロコシの粒が弾き出された。


 よろけつつも既にイーグル王太子の下に地面はない。空中で手足を漕いで足掻くが着陸できたのはトウモロコシの粒だけ。


 一瞬の出来事だった。

 なんか凄いもの見たよ!


 兄と同じ三日月色の眼をくわっと見開いた子猫はじめんに落ちたトウモロコシの粒を踏み潰し、更地になったそこに勝利の爪をたてた。


「わたくしに不興を向けられただけで油断するとはお兄様もまだまだのようですね」


 流石のファインプレー。

 大嫌いと言いつつ、実はアリスベル様は兄のイーグル王太子のことが普通に好きだ。優秀だし腕力だけ見ても国を支える力もあると褒めていた。でもそれ以上に私の方が好かれているというね。これ、にんまりしちゃうね。



「今、の、一撃……イイ…………も、もう一度」



 空中で犬神家のまま停止していたヨゼフ王太子から不穏な言葉が出た。てか飛行持ちか。しかしこの登頂部まで飛行で上がってくる魔力はないとみた。今は空中停止で手一杯といったところか。


「僕の子リスちゃんに、僕の仔猫ちゃん……か、かか可愛い美少女達に、囲まれて……ハ、ハーレムも、イイ、よね」


「な、なんですのこの人……」


「見ちゃだめっ」


「ああ、その目っ……イイっ」


 アリスベル様が顔をひきつらせながら空中のヨゼフ王太子に石を投げた。その絶妙な投石で片目を潰されたのに笑っている。いよいよだ。この悪寒は前も味わったことがあるから解る。これはもう逃げるしかない。


「仔猫ちゃんのその、目が合っただけで吸い込まれる三日月色の、薄い月光のベールが重なるように織り成した光彩は、秘めた幼い蕾を覗いたような……ああっ、わけのわからない嗜欲が背筋を走る、よ……」


 ヨゼフ王太子の潰されていない方の目が向けられ、おびえたアリスベル様が私の手を握り締めてきた。その顔は嫌悪に満ちている。


「淑女に対してそのような不躾な視線! 恥を知りなさい!」


「ダメよアリスベル様、」


「でもお姉様!」


 シッシッと野良犬を追い払うような仕草を向けられたヨゼフ王太子は興奮するのみ。


「本気で嫌われるのだけは……避けたかった……けれど、やっぱり…………イイっ!」


 イイっに合わせて潰れた目玉が再生された。そういやヨゼフ王太子、高位再生治癒の権威だった。とんでもない演出だよ。子猫がマジで震えている。


「怖いです! お姉様! この変態怖いです!」


「大丈夫! 一緒に逃げよう! 旅行のついでにヒヤケサロン族に保護してもらおう!」


 ヒヤケサロン族は世界屈指の戦闘民族なのだ。一族の全ての男が肌が黒ければ黒いほど力が増すチート持ち。既に族長は伝説級のサンオイルで懐柔済みだ。


「旅行? 僕もぉ、君たちと一緒にヒヤケサロン族の浜辺で肌を焼きたいなぁ……マッチョ、マッチョメ〜ン♪」


「怖いです! お姉様! 意味が解りません!」


「意識しちゃダメ、居ないものとして扱うの!」


 急いで保存膜で乗り物を練る。

 速度を出すため大量の魔力を捻出していると崖下からガッ! と拳が現れた。


「その適応力……流石ヨゼフも王族なだけあって高い水準だ。なら私はパールシー嬢が踏み潰した物なら何でも食べるぞ」


 もう戻ってきたのか。

 お前もある意味レベルが高すぎて引くわ。

 そしていま食べてるそれ、アリスベル様が踏み潰したトウモロコシの粒だから。私じゃないから。どこでそう思ったんだ?


「パールシー嬢。俺に気に入らない所があるなら言ってくれ。この国が嫌なら新たに国を築く。国民も必要ない。そこで王と王妃になればいい。2人だけで暮らそう」


「……ご冗談を」


 精神衛生上、距離をとる。

 生理的に汚染を受けそうだ。


「何故だ! 何故俺と結婚してくれない!?」


「こればかりは仕方ありません。もう関わりたくないと思わせる側に非があるかと……」


 てか私が踏み潰したと思ったトウモロコシ食べながらなに言ってんだ。


「先程の、旅行に行くと言っていたが……まさかパールシー嬢、ヒヤケサロン族に好きな男でもいるのか?」


「はい?」


「くっ、そうなのか!?」


『くっ』じゃねーよ。疑問の『はい?』だよ。

 何を勘違いしたのかイーグル王太子の上半身から溢れだした覇気で服が燃えた。ヒヤケサロン族と聞いて、限界まで鍛えた肉体を見せつけたいのだろうが、そんなことより百発百中の投石でアリスベル様がついにヨゼフ王太子を落下させた。


 振り返ったアリスベル様が孔明の如く叫んだ。


「今です!!」


 保存膜を練って作った雲型絨毯にアリスベル様と飛び乗る。


 急上昇、のちマントル湾に向けて加速しだした。


「パールシー嬢! もう追い掛けたくないんだ! 逃げないでくれ!」


 ドスドス聞こえた足音に振り向いてぎょっとした。


 まずい。

 助走をつけて走ってくる。


 イーグル王太子が地面を蹴った瞬間、その脚力をモロに喰らった神美山が別荘ごと崩れ落ちた。


「あああ〜!? なんてこと!」


 学長の最高級ソファーにふかふか絨毯が! なによりあそこにはアリスベル様との思い出の品々があるのに──まぁ、別荘は警戒態勢のドーム型だから中身は後で掘りかえせるか。


 そんなことより問題は目の前で今にも掴みかかってきそうなイーグル王太子だ。こちらに飛び掛かり伸ばしたその手は既に雲型絨毯の裾をつかんでいる。


「いやあああ! お兄様は明日から外賓と晩餐会の御公務があるでしょうに! 遠慮して頂けませんか!」


「ベル、たまには俺も混ぜてくれ! 旅行帰りに土産話を聞き出す度、いつもお前が羨ましかった!」


「え……お、お兄様?」


 旅行から帰るたび聞き出されていたのか。それは知らなかった。なによりイーグル王太子がアリスベル王女殿下に羨ましいと、はじめて卑下するような言葉を言った。


「俺は、俺だって、……王女として生まれたかった!」


「お兄様……」


「そしたらパールシー嬢はベルより俺と仲良くしてくれた筈だ──そうだろうパールシー嬢!?」


 瞬時にアリスベル様が懐から小鎌を取りだし、雲型絨毯のはしっこ、イーグル王太子が掴む手前をシャッ! と切り離した。真顔であった。


「ああぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」


「次からはもう土産話もしませんわ」


「クソッ! パールシー嬢! 相手はヒヤケサロン族の誰だ! 俺は認めんぞ! 決闘を申し込………」


 遠吠えが遠ざかり、三日月色が沈んでいく。


「全く!……今のは、お兄様の悪い所ですわ」


 逆立つ子猫の背中に今はそっとしておこうと思った。目的の方向に魔力で周波数を合わせ、特定の人物に念話を飛ばす。


「オーダー、オーダー、ヒヤケサロン族の族長に告ぐ。野良猫顔と野良犬顔の男が来たら塞き止めよ。報酬にレジェンドサンオイルを100本賜る」


『サー! イエッサー!』


「グッドラック」


 ここでぐいんと方向転換。

 目指すは大陸をまたいだ南国、惑星クジラの繁殖地だ!


「お姉様? どちらに?」


「うふふ……ねぇ知ってる? 最果ての無人島って、実はクジラの頭なんだよー、だからちょこちょこ移動してるんだよー。楽しみだね」


「まあ! それなら位置が特定されにくいですわ!」


 さっきまでプリプリ怒っていたけど、持ち直した子猫は可愛い。とりあえず王太子達はヒヤケサロン族と仲良くしていればいいよ。



「さぁーて、世界が滅びるまで遊び倒そうか!」


「賛成ですわ〜!」




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