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箱庭の帝国  作者: たおる
1/1

第一話『ラタニア・ツェルタ』




トラヴィス帝国で、花と水の都と謳われるツェルタニカ。




美しい花が咲き乱れ、沢山の人で賑わう大通り。

柔らかな潮風が香る港。

街中を巡る水路の水面は、太陽の光を浴びて輝いている。





今日のツェルタニカは、一段と華やかだった。




全ての家々の前には、先端にリボンが結ばれた高いポールが設置されていた。

ツェルタニカの由緒正しい紫色のリボンは、優美にたなびいて、街を飾る。


水路の脇にはステンドグラスで作られた灯篭が並び、七色の光を反射させていた。

水面にちらちらと映る虹色は、幻想的な雰囲気を醸し出す。


中央広場は格段と豪華に装飾された。噴水の女神像も、花かんむりを被せられている。


お祭り気分で浮かれた人々は、笑顔を浮かべていた。


「今年のエールも絶品ねえ」

「ツェルタニカのエールが帝国一さね!」

「次は八十年ものもってこいよー!」


まだお昼前だというのに、高級酒に舌鼓を打つ大人たちもいる。


「次はきしごっこな、おれきし団長」

「かってに決めんなよー!」


そんな大人たちの間を、子供たちはフラワーブーケを手に持って走り回る。


「お屋敷の門が開くまで…あと二時間ね」

「今年はどんな料理が並ぶのかしら」

「見て、今年の来賓もすごいわ」


おめかしをした街の主婦達の目線の先には、豪華な馬車が何台も停まっていた。

その中の一つ、一際目立つ豪華な馬車に主婦達は注目する。


「海豚の家紋、フリルデル領家よ」

「カイル様ね」

「正式なご結婚はいつかしら」

「早く子供の顔がみたいわねぇ」









今日は、ツェルタニカ中で祝う日。







第二公女『ラタニア・ツェルタ』十七の誕生祭である。


〜〜〜





同時刻


ツェルタニカ市街の丘に建つ、豪華なお屋敷。



最上階の部屋で、少女は叫んだ。



「こんなフリフリのドレスを着るの!?嫌よ!」


艶やかな金髪に、ポールのリボンと同じ紫色の瞳を持つ少女。 人目をひく顔立ち少女である。

少女は、ドレスを掲げた若いメイドに言った。


「こんな悪趣味なフリフリドレス…どうせ、カイルからの贈り物でしょう?」

「勿論ですとも。ラタニア様の御婚約者ですよ!」


ラタニアは、メイドをきっと睨んだ。

メイドは、フリルとレースにまみれたピンク色のドレスを手に持ち、それを掲げてラタニアに迫ってくる。


「何ですか、そのシワシワの眉間は。せっかくの贈り物ですのに」


メイドは両手を突き出して、ラタニアにドレスを押し付けた。


「私はカイルと婚約するつもりはないの」


ラタニアは、受け取ったドレスをメイドに押し付ける。


「まあ、ラタニア様そんなこと言わずに」


メイドは、再びラタニアに押し付けた。


「そのドレスは私には似合わないし、派手なものは好みじゃないし」


結局、ラタニアはドレスをベッドの上にぽいと投げた。


「まあ!…んもう、お似合いですのに」


ラタニアがドレスからそっぽを向く。

メイドは、がっくりと肩を落とした。


「じゃあ何をお召しになるのですか」

「もちろん自分で選びます。…いつもの紺色は?」


ラタニアが提案すると、メイドは首を横に振る。


「まっ、駄目です。華やかな式典にそんな地味なドレスは。せめてカイル様に粗相のないよう、贈り物から選んでくださいませ!」


「そうだけれど、カイルが贈るドレスは全部そのような…趣味が悪いものばっかり」


メイドは、部屋の隅に作られた贈り物の山を見た。

ラッピングが全て華やかだ。

贈り主は、全てラタニアの婚約者カイルである。


メイドがいくつか漁ってみると、それらの包みはほとんど未開封の状態だった。


「こちらに開封していない包みが沢山ありますよ」


「全てカイルからでしょ?どうせ、中身は同じようなドレスよ」


「ラタニアお好みのドレスがあるかもしれませんわ」


「まさか」


「開けてみないことには分かりません。それに、今日カイル様からのドレスをお召しにならないと、領主様が大変悲しみますわ」


「う…」

ラタニアは眉をひそめた。


〜〜〜


『領主様』

即ちラタニアの父親は、それはそれは娘達のことを可愛がり、将来を案じてくれている。

幼くして亡くなった母親の代わりを務めたいと、必死に仕事をこなして、家族の時間を作ってくれた。


ラタニアも、父のことが大好きで、なるべく父親の理想の娘になろうと努力している。


だが、父親は娘の先行きの心配のあまり、交流のあるフリルデル領家と安易に婚約を決めてしまった。

フリルデルの後継が、ラタニアの一つ上というだけで。


『これで、ラタニアも安心だ』と。

〜〜〜


「んぐ…!そういうお父様の安易な考えがいや!」


そういいつつ、ラタニアはドレスの物色を始める。


「領主様は、常にラタニア様のことを真剣に考えておられます。」

「それは、分かっているけれど…」

「カイル様は好青年ではないですか。あんな素敵な方、皆が羨ましいと思いますわ」


ラタニアも、カイルが良い人なのは知っている。

実際婚約者になる以前から、人としては好いていた。


「あ」

物色している中、ただ一着だけラタニアの目に留まったものがあった。


薄い紫のドレス。


フリルやリボンのような華やかさはなく、落ち着いた雰囲気を思わせる優美なものだった。

シースルーの袖も、大人の雰囲気を醸し出す。


「とっても綺麗」

ラタニアの気持ちは、途端にこのドレスに落ち着いた。

『なんだ、こういう服も選ぶのか』と、少しカイルを見直す。


そう、カイル自体はそこまで嫌いじゃない。


ラタニアが嫌なのは、押し付けるような婚約だった。

これまでずっと、父親が望むであろう娘でいたのだ。




『せめて結婚相手くらい


自分で選びたかったな…」




最後の部分だけ、ぽろりと言葉が漏れる。

数人のメイドに囲まれて着付けをされながら、ラタニアは小さくため息をついた。


ラタニア自身、結婚に対して反対するのは、父親に対してのささやかな反抗であることは理解していた。


それと同時に、カイルの結婚が、決して不幸にはならないということも。




ラタニアのブロントの髪が、丁寧に編み込まれていく。

メイド達のその手つきを、少女は鏡ごしにずっと見つめていた。 あっという間に美しく形作られたシニョンが完成する。


「では、参りましょう。パーティーまでもう少しですわ」


「…はい」


メイドに言われ、ラタニアはうつむきながら呟いた。


部屋を出る瞬間、ラタニアはいつも目を瞑る。

そして、完璧な公女『ラタニア・ツェルタ』の仮面をかぶる。


メイドが部屋の扉を開ける。


すうと瞼を開き、ラタニアは凛とした表情で、歩みだした。

部屋の目の前に、少女のお付きの従者が背筋を伸ばして立っていた。


『ああ…』


彼を見て、ラタニアは少し目を細めた。

気品のある銀髪の、整った顔立ちの青年。

ラタニアと同い年のはずなのに、その表情は凛々しくも、冷たい。


「おはようございますラタニア様。十七歳の御誕生日、お祝い申し上げます。」


彼は台本を読み上げるように、従者としてのセリフを放った。


「おはよう…レーネ」


にこりと微笑み、ラタニアは小さく挨拶を返す。

従者は、にこりともせずに頭を下げた。


「ホールへ参りましょう」

「…ええ」


ラタニアは、少し後ろに立った青年の顔を見上げた。

以前はラタニアより小さかったくせに、今はもう頭半分ほど抜かされてしまった。


『昔は…あんなに2人で楽しく遊んだのに

もう、無理かな…』


ラタニアは心の中で呟く。




ーずっと、ずっとだ。


ラタニアはずっと、五歳の頃から

この従者に想いを寄せていた。


そのことに気づいているのは、誰もいない。






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