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アルケミストセイバー 異世界の魔女と本の世界  作者: 優希ろろな
飛び込んだイレギュラーな存在
9/21

不安要素がありすぎて

 秋葉が(シャッテン)を叩いたところを見ていなかったようだ。

 なんと言えばいいのか、思っていたものと違う展開に、よろよろと全身の力が抜けていく。

 このままにしておくのも何なので、少年の足腰にくっついて離れない影を、先程と同じように叩いてみた。埃を払うように、軽く、ぽんぽんと。

 なにしてるんだバカ、と頭ごなしに言われたような気がしたが、影はすぐに消えていった。


「……え、えぇ!? なんだ、お前! 一体どんな力を持っているんだ!? まさかとは思うが、聖女だったのか!?」

「違います。どこにでもいる普通の高校生です。……なんですか、聖女って」

「聖女は聖女だ! 黒髪に黒の瞳だなんて変わった姿をしているし、もしやそれ専門の神子様だったとか!? ともかく助かった! 俺の足も消えることなく、無事健在だー! よかったー!」


 少年は自分の足を確かめるように触ると、すぐに立ち上がった。そして開き直ったのか秋葉に向かい、手を差し出してきた。

 それが何を意図しているのかわからず、差し出された手をじっと見つめていると、少年はすぐに秋葉の腕を掴んで引っ張り上げる。


「お前のおかげでなんとか乗り切れそうだ。助かった、ありがとう!」


 礼を言わなければいけないのは逆にこちらのほうなのだが、秋葉が口を開く前に少年は影と対峙した。

 だが影も消された同胞を目の当たりにしたせいか、じりじりと負けを認めるように後退していく。

 完全に影に呑まれてしまった男のことまでは助けられなかったが、人攫いに手を染めたという理由もあってか、あまり深く同情はできなかった。


「見てみろよ、あの影が怯えているぞ」

「あれは怯えてる、のかな……? よく、わからないけど」

「いやいや、でも助かったのは本当にお前のおかげだ。さっきは色々とひどいこと言ってごめんな」

「そうですね。バカだの、鈍間だのと言われましたので。えぇ、よく覚えてます」

「……お前、あの緊急事態でよく言われたことを覚えてるなー。意外とねちっこい性格してるな?」


 自分の悪いところを指摘されたのならば、きちんと覚えている。言われたと同時に一応傷ついているのだから。言ったほうは特に気にも留めていないのだろうが、言われた本人としてみれば些細なことでも忘れないものだ。

 じろりと横目で睨んでみれば、少年はびくりと体を揺らし、慌てて頭を下げた。


「とにかく、ごめん。俺も強くなったつもりでいたけど、まだまだ弱いってことが今の今でよーくわかったよ。でも、お前もこんなところで何をしていたんだ? ここは女の子が一人で出歩くような場所じゃないぞ」


 助けてもらえば手の平返しかとも思うが、さすがにそれはネチネチとしすぎていて自分でも嫌なので、蒸し返さないようにしておこう。

 影は森の奥へと後退しながら、闇に紛れるように徐々に姿を消していった。

 秋葉は影が消えていくのを確認すると同時に深く息を吐き出し、肩を落とす。

 妙に疲れてしまった。精神的にも、肉体的にも。本当に、疲れた。


「……私にも、よくわからなくて。学校にいたはずなのに、気づいたらここにいて」

「誰かに攫われたのか?」

「いえ、そういうわけでもないんですけど。本当に、一瞬で、森の中に」


 嘘はついていないのだが、こんな言い分、信じてもらえるのかどうか。

 秋葉は地面に落ちているスマホを拾い、画面を開いた。やはり圏外、マップも開けやしない。

 がくりと項垂れて、重苦しく長い溜息を吐き出した。

 少年はしばらく秋葉を眺めていたが、なにを思ったのか身につけているマントを外し、秋葉の頭の真上から被せてきた。


「えっ、な、なに!?」


 いきなり視界が暗闇に包まれ、驚いて声を上げる。

 だが少年は秋葉の両肩を掴むと、そのまま歩き出した。え、え、と戸惑うものの、彼が止まる気配はない。返答もない。

 これでは前が見えないため道がわからず、なかなか上手く歩くことができない。

 すると後ろから、俺が支えてるから大丈夫だ、と少年が小さく呟いた。


「そんな珍しい髪と瞳をしてるなら、一応隠しておいた方がいい。さっきの人攫いのような奴に目をつけられたりしたら困るからな」

「今から、ですか?」

「どこで誰が見ているかわからない。それに、その力も。あまり人前で使わないほうがいいと思うんだ。物珍しさに駆け引きや商売にでも使われたら、大変なことになる」

「駆け引きに、商売……」

「自分の容姿の希少価値にも気づいていないのか? 知っておいたほうがいいし、これから街に出る時も気をつけた方がいい」


 肩を押され、歩かないわけにもいかず、秋葉は小さな歩幅で前に進んでいく。トコトコと、本当に少しずつ。

 だけど、せめて目だけは外を覗けるように工夫してほしいと思ってしまった。速く歩けないし、これではまたいつ転ぶかもわからない。もしかしたら先程同様に鈍臭いなどと、暴言に似た言葉を吐き出されるかもしれない。

 少年は秋葉の心情など知らず、ぐいぐいと押してくるだけだ。

 せめてこちらのペースを察してほしいと、秋葉はムッとした。


「……すみません、もう少しゆっくり歩いてもらってもいいですか? 先がわからなくて、歩きにくいなんてもんじゃないです。もしかしたら、転んでしまうかも」


 だが少年はそんなことなど露知らず、軽く「ごめん、ごめん」と言うだけだった。

 軽い。軽すぎる。

 そこはかとなく、展開としては悪かったと言って秋葉をおんぶ、もしくは抱っこするところなんじゃないかと思ったりもするが、さすがにそれは甘い考えだったか。

 こんなことを言えば童話や絵本の読みすぎだと笑われてしまいそうだが、まぁそうだと自分でも呆れてしまうような願望だと嘲笑ってしまう。


(抱っこって。王子様抱っこでも想像してたの?)


 将来シンデレラ症候群にならないか、自分で自分を心配してしまいそうになる秋葉だった。


「しっかしすごいな、お前。よくあんなならず者相手に一人で立ち向かっていったもんだよ。武道を嗜む奴ならまだしも、剣も握ったことのないような女の子が泣き喚いたりもせずに、男とやり合うだなんて……」

「本当は泣いて騒いで、そのまま暴れてやりたいぐらいでした。でもそうすると、あの人の期待に添うことになるので。後で友達に会った時にでも存分に泣こうかと」

「あっはは、なんだよそれ! 変な奴だなー。今ここで泣いたっていいんだぜ?」

「いえ、まだ私が安心できるような状況ではないので……。家に帰ることができるとわかったなら、泣くかもしれませんけど」


 そう、秋葉はまだ完全に不安を取り除くことができないでいた。

 ここがどこなのか未だよくわからず、あの影とかいうおかしな生き物との遭遇、影を消し去ることのできる自分の不思議な力、現実では起こりえないことが次々と展開されていく。

 不安要素がありすぎる。それに何より、この少年の容姿、恰好もおかしい。

 なぜか剣も当たり前のように腰にぶら下げ、今は秋葉に被さっているが、普段からマントを翻しながら行動しているだなんて。一体こんな平日にどこのイベント会場に向かう気でいるのか。

 視界がふさがれてしまっているので周囲の様子も窺うことができない。こんな状態ではスマホでさえ使うことができない。

 どうしたらいいものかと頭を悩ませていると、少年が「待った」と肩を引っ張った。


「この辺りでいいかな。すぐ街に戻れるから、もう心配しなくていいぞ」


 街。学校付近に戻ってくれると助かるのだが、彼はどこへ戻るつもりでいるのか。

 頼んでみてもいいだろうか、わがままだとは思われないだろうか。

 身の危険を感じているのにわがままも何もないだろうと秋葉は自分に対し突っ込んだ。

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