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アルケミストセイバー 異世界の魔女と本の世界  作者: 優希ろろな
飛び込んだイレギュラーな存在
8/21

思い通りに動かない体

 まるで逃げることは許さないといった様子にも見え、秋葉は息を呑む。

 すると少年が慌てて秋葉の腕を掴み、この場から逃げようと走り出す。


「とにかく、逃げるぞ! こんなところで奴等に捕まってたまるか! お前もいつまでも呆けてる場合じゃないぞ! ほら、退散退散!!」


 秋葉も立ち上がるが、あまりに酷い恐怖のせいか上手く足が動かない。膝から下に力が入らず、ガクガクと小鹿のように震えてしまう。

 あぁ、これではいけない。これでは完全な足でまといになってしまう。そう思うものの、体が言うことを聞いてくれない。


(どうして? なんで動いてくれないの!? は、早く逃げなくちゃいけないのに……!)


 思い通りに動かせず、秋葉は悔しくなり唇を噛みしめる。

 少年が急かすようにこちらを見つめているが、今すぐその思いには応えてやれそうにない。掌を握りしめて、秋葉は弱々しく頭を横に振った。


「お、おい……」

「ご、ごめんなさい。怖くて、足が震えちゃって……。だ、だからあの、早く逃げてください。私も、なんとかしてみるので。お気になさらずに」

「なんとかって……。そんなこと、できるわけないだろ! あぁ、もう、ごめんな。俺も当然のように逃げようとか言っちゃってごめんな! 女の子だもんな、怖くて当然だよな……!」


 少年はそう言うと、秋葉の前で後ろを向き、屈んでみせた。

 きょとん、とその背を見つめていると、少年は肩越しにこちらを振り返り声を上げた。


「ほら、乗るんだ。女の子一人ぐらいなら、余裕で背負える!」


 (えーと……そこに、乗れと……?)


 少年はこちらを気遣い、早くしろとばかりに急かすよう言ってくるが、秋葉はもう一度背を眺めて、それから少年に視線を移した。

 先程あの男に担がれたばかりで余計なのかもしれないが、少々複雑な思いが自分の中で渦巻く。

 だが、彼は違うような気がする。なんと言えばいいのか、あの男とは違ってやましいことは考えていないと思うのだ。きっと、素で言ってくれている。

 体をベタベタ触るなど、まさかそんなことは……。


「ほら、早く!」

「で、でも」

「いいから、早く! ……っ、あぁ、もう! 来るぞ!」


 人形の一体が、二人に向かい飛びかかってくる。

 え、と視線を移した時には、秋葉の目の前には人形が布のように形をかえ、覆い被さろうと襲いくるところだった。

 だが少年がまた腕を引っ張り、秋葉を支えてくれた。(シャッテン)は地面に飛び込む形となり、そのまま溶けるようにして姿を消していく。

 一体どんな体のつくりでいるのか、まるで液体となり、水のように地面に吸い込まれていってしまった。

 息を呑んでいると、奴等は次々とこちらに向かい飛んでくる。

 少年が秋葉の前に立ち、今度こそ剣を抜いた。偽物ではない、恐らく本物の剣だ。飛びかかってくる人形達を上手く切り払いながら、秋葉に向かって彼は叫ぶ。


「これ以上は俺の手にも負えない! 奴等に捕まる前に、逃げるんだ!」


 でも、と一瞬躊躇うが、だが秋葉は言葉を飲み込んだ。

 自分でもわかっているからだ。今こんな状況を招いてしまっているのは誰のせいでもなく、秋葉自身なのだから。

 恐怖で足が竦んでしまったせいで、彼も逃げ遅れてしまったのだ。

 普通には倒せないと、あんなに切羽詰まった様子で必死に助けてくれたのに。秋葉が動けなかったばかりに、彼まで巻き込んで、こんな状態に。


「……くっ、これだから鈍臭い奴は!!」

「ご、ごめんなさい……!」

「謝る前に逃げろ、バカ! いつまで体を震わせながら眺めているつもりだ! 死にたくないなら走れ!」


 人形の一体が、少年の横をすり抜け秋葉の元へやって来る。影には人間のように瞳などついていなかったが、だがどうしてか真正面から視線がぶつかった気がした。

 呼吸をすることも忘れ、目が釘付けになる。

 影に呑み込まれる。

 そう覚悟をした時には秋葉に大きな衝撃が与えられ、体が横に飛ばされた。


「えっ!?」


 倒れた体を起こし顔を上げれば、そこには少年がいた。

 彼が秋葉を庇い、突き飛ばしてくれたのだ。おかげで秋葉は影に呑まれずに済んだのだが、そのかわり、少年の片足だけが奴等に捕えられていた。

 血の気が引いていくようで、どんどん顔が青ざめていく。今度こそ取り返しのつかないことをしたと、そう思わずにはいられなかった。

 少年は握っていた剣を手放し、なにかを悟ったように片足だけを覆う影を見つめていた。


「これまで、か……」

「……っ」

「風も闇へと呑まれ、穢れとなりては自由は利かん。これでは二度と空を翔けることもないだろう。自由を失いし風は存在する意味もなく、ただ宙に消えていくばかり。だが名だけは皆の記憶に残ることだろう。それだけで俺は満足だ……まん、ぞく……まんぞく……」


 少年は顔を上げ、秋葉に視線を移した。そしてやっぱり認めたくないと、叫んだ。


「嫌だ、やっぱり嫌だー! まだ死にたくなーい! こんなところで倒れるわけにはいかないんだー! 誰かっ、誰か助けてくれー! 誰かぁー!!」


 儚げに見せた表情は一転し、瞳には大粒の涙を浮かべ、自ら手放したはずの剣に向かい必死に手を伸ばしている。

 あの一瞬の悟りの表情は何だったのだろうか。

 秋葉は地面に投げ出されていた剣を取りに、立ち上がった。


「剣をくれ! 俺がこの影を切り離してやる……!」

「でもこの影は普通には倒せないって、さっき……」

「命の危険を感じているのにそんなこと言ってられるかー! 何がなんでも足掻いてやるさ、まだ十六なのに死んでられるか! 人生に絶望はしているけど死にたいとまでは思ってない! 俺は生きる! 足を切り落としてでも逃げ切ってやる! よこせ! 剣をよこせー!」


 影に剣を突き刺そうというのか、少年は早くそれをよこせと手を差し出してくる。

 渡そうとするが、影が更に少年の腰の辺りまで這い上がってきてしまった。

 言ったことと裏腹に彼は弱々しく悲鳴を上げ、動揺を隠せずにいるようだった。

 このまま手渡せば本当に自分の足を切り落としてしまうのではないかと秋葉は考えてしまう。だがそんなことなどお構い無しに「早く渡せ」と少年は声を荒らげていた。


「こんな時まで何をモタモタしているんだよ! 他人事だと思って……!!」


 そういうわけではない。そういうわけではないのだが――――。

 もたもたとしていれば次の影が秋葉に襲いかかる。

 もうダメだ、もう終わりだ、と少年がすべてを諦めたかのように呟いた時だった。言われっぱなしではいられないと、秋葉が影に向かい、反射的に手を上げる。

 気づけばこんな森の中にいて、人攫いに連れ去られそうになり、今度は更に意味のわからない生き物に襲われそうになっている。挙句の果てに鈍臭いだの、バカだのと怒鳴られ、散々叫ばれて。

 自分でも自分が情けないと実感している辺り、すこしイライラしていた。いや、すこしじゃない。かなりだ。腹が立っていた。

 だからつい手を上げてしまったのだ。感情のままに、虫を払うようにして、手を振った。

 少年と同じように影に呑まれるかもしれないと気づいたのは振った後のことだ。

 あ、と声を出した時にはすでに手遅れで。

 だが秋葉は驚き、目を丸くした。

 触れたはずの影が、秋葉の手が当たった瞬間に弾けて消えていったのだ。今度は違う意味で呆然としてしまった。


(あれ? 普通には倒せないんじゃなかったの……? 叩いたらすぐに消えちゃったんだけど、えぇ……? 聞いてた話と違う……)


 少年に視線を移してみれば、未だに足腰にくっついた影を見ながらヒーヒーと声を震わせている。

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