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アルケミストセイバー 異世界の魔女と本の世界  作者: 優希ろろな
飛び込んだイレギュラーな存在
5/21

冷静すぎていじりがいのない女

 あるわけがない。聞いたこともない。

 このような輩はさっさと捕まってしまえばいいのだと、心の底から思う。そもそも今の日本で人を攫おうだなんて考えがおかしいのだ。

 男が更に髪の毛を強く引っ張るので秋葉はバランスを崩し、そのまま前のめりになり、地面に倒れてしまった。


「いた……っ」


 髪を引かれ、自然と顎を上げる形になる。

 男の薄汚い顔が目の前に広がり、ぞっとした。今の今まで生きてきて、こんなにもおぞましい顔をした人間と接することなどなかった。

 目には生気がなく、顔は痩せこけているせいか頬の肉が削ぎ取られたように薄くなり、見るからにやつれている。もう少し血の気が悪ければ墓から逃げ出してきた死人のようにも見えてしまい、身震いしてしまう。

 こんな男になど触れられたくない。近づきたくもない。

 口臭もどことなく血なまぐさく、秋葉はすぐにでも顔を背けたい気持ちに駆られた。


「こんな人気のない場所を歩いていればこうなるとは思わなかったか? 変な正義感だけ持ち合わせて、下手に顔を突っ込むからこうして厄介な男に目をつけられちまうんだぜ? 口を出さなきゃ俺に見つかることもなかったろうにな」

「……っ」

「お前のような黒髪に漆黒の瞳の人間は物珍しいから高値で売れる。あんなガキなんかより、倍の値段でな。髪質も上等、肌も整っている、顔もまぁ悪くない。貴族のオッサン共はこんな娘が大好物なんだよな。で、一応聞いておくが、お前さんは男の経験なんてないよな? 可愛い顔してやることはきっちりやってるなんざ、価値が下がっちまうからなァ」


 男の経験というのは、どういう意味なのか。

 深く考えずとも、何を言いたいのかそれぐらいはわかる。そんなことで頭を悩ませる程、秋葉はもう幼くない。

 だけどなぜ会ったばかりの薄汚い男相手に、自分の恋愛遍歴を教えなければいけないのか。

 誰かと付き合った経験など一切ないが、答える義理はないと口を真一文字にして睨みつけるも、男が髪を引っ張るので痛みに歪んでしまう。

 価値だの何だのと言うくせに、こんな乱暴を働いて傷つけるつもりなのかと突っ込んでしまいたくなる。

 商品にするつもりならばもっと大事に扱えと怒鳴ってやりたい。価値のあるモノだというならば、尚更丁寧に取り扱わなければ話にならないだろう。このまま素直に攫われるつもりなど、毛頭ないのだが。

 秋葉が睨めば男は鼻を鳴らして笑う。小馬鹿にされているのはすぐにわかった。女が男に力で敵うわけがないと決めつけ、見下しているような下卑た笑い方だ。にやにやとしていて、それが逆に癇に障る。

 こんな人間の前で泣き言など吐くつもりもなければ、助けてくださいと頭を下げるつもりもさらさらない。


「だが、どうにも気の強いお嬢さんのようだ。涙も流さない、助けも乞わない、今も逃げようと抵抗すら見せようとしない。……随分と調教しがいのありそうな女だ。折れるところを見てみたいもんだねぇ」


 男は笑うと、秋葉の頭を強く地面に押し付けた。額が擦れ、それがまたやけに痛い。

 なにを、と声を張り上げようとする前に男が背中に乗り、反抗できないよう素早く両手首を縄で縛り上げてしまった。


「……ちょっと、そんなことしなくても私は逃げませんよ。むしろこれじゃ手首に痣が残りそうです、やめてください。ここまでしなくてもいいじゃないですか……っ」

「念には念を、ってな。安心しな、俺はおかしな真似はしねぇよ」

「本当に価値があると思うなら、それなりの扱いをしてほしいところなんですが。……このままじゃ体にも擦り傷ができて、値打ちが下がってしまいそうな気がしなくもないような」


 先程の子供にしていたように、このまま袋に押し込まれてしまうのだろうかと背筋が凍ったような恐怖に襲われる。秋葉でもすっぽりと簡単に入ってしまいそうな大きさの袋だった。

 そしてそのまま誰に見つかることもなく、どこか海外の裏市場へと運ばれていくのだろうか。自分のようなどこにでもいる日本人が、一体どれくらいの相場で取引されるのだろう。今まで考えたこともなかった。

 決して高い値打ちはつかないと思うのだが。男の言う、どのくらいの生活費になるのか気になるといえば、気になるところではある。

 だが流れるままこの場に身を任せていいはずがなく、いつまでもこんな屈辱的な格好をしているわけにもいかない。

 しかし人気のない場所で叫んだところで意味などはなく、さらに男の警戒心を高めてしまうだけだろう。両手も封じられてしまった今では、上手く抵抗する術さえ見つからない。さぁ、この状態でどう男の隙を突くべきか。

 先程まで手にしていたスマホも地面に落ちてしまっている。手が使えないのではスマホも操作できないし、まさかこの状況で音声入力を試してみる度胸も勇気もない。

 せめて誰かがいつまで経っても家に帰ることのない自分の存在に気づいて、警察にでも連絡してくれたらいいのに。そうすれば現在の位置情報も調べてもらえるし、助けにも来てもらえる。時間は必要となるかもしれないが、それでも確実に助かるはずなのだ。

 父も母も仕事で忙しく、あまり家に帰らないことが多いからアテにはならないのだが。それでもご近所さんも気づいてくれるか、どうか。


「……つまんねぇな。お嬢ちゃんぐらいの年頃の女なら、もっとキャーキャー泣き喚くかと思ったんだけどな。冷静すぎて逆にいじりがいがねぇ。あんまり家でいい思いしてねぇのか?」


 そんな男になどいじられたくもないというのが率直な意見だというように、秋葉は唇を噛みしめた。それよりもいつまで人の背中に乗っている気なのだと、段々腹が立ってくる。

 秋葉自身、本当なら泣いて喚き散らかしてやりたいところなのだが、それではかえって男の思うツボだということぐらいわかっている。

 今はただ逃げる機会を窺っているだけなのだ、助かってから周囲に散々泣き言を漏らしてもいいのではないかと、考える。

 怖かった、このまま本当に攫われてしまうんじゃないか、恐ろしかった、誰でもいいから話を聞いてもらいたい。

 自分の感情を爆発できるまでの我慢だと、秋葉は自分に言い聞かせた。


「まぁ、それはそれでいいんだけどよ。俺は自分が食ってさえいけりゃ、それでいいんだ。嬢ちゃんには悪いけどな」


 男はそう言うと秋葉の体を米俵のようにして肩に担ぎ始める。いきなりの浮遊感に舌を噛みそうになり、慌てて食いしばった。

 袋に押し込まれるとばかり思っていた秋葉は驚き、さすがに声を荒らげた。


「ちょ……っ、なにするの!? は、離してください!」

「なにって、取り引きしなきゃならねぇからな。このままお前を連れていくぜ」

「さっきまで使おうとしていた袋を被せるとかしないんですか!? 私、剥き出しのままなんですが!」

「被せてやってもいいんだけどよォ、久しぶりに触った若い女の肌を俺だって少しは堪能してぇだろ? 大事な商品に傷つけるような真似はしねぇから安心しな。騒ぎたきゃ勝手に騒いでくれ。騒いだところで誰かが来てくれるわけでもねぇしな」


 男の手がスカートから覗く太股を撫で上げ、ぞくりとする。自分の中での気持ち悪さが一気に込み上げてくるようだ。吐き出したい、早くこの男から離れたい。

 やめろと体を捩れば、男の手はさらに足にまとわりついてくる。

 タイミングを窺っている場合ではない、これはすぐに逃げ出さなければいけないとようやく本当の危機感を覚える。だが、この状態からどうやって距離を置けるのか。


「あんまり動くと身体のラインがぴっちり伝わってきて堪んねぇなー。やっぱり女は良いよなぁ。興奮しちまうなー、クソ!」

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