表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルケミストセイバー 異世界の魔女と本の世界  作者: 優希ろろな
飛び込んだイレギュラーな存在
3/21

人攫いとの遭遇




 確かにどこかで聞こえたはずの悲鳴は、秋葉が動き出すと同時にすぐ途絶えてしまった。風の流れる音だけが、傍を通り過ぎていく。

 恐怖で足が竦んでしまいそうになるが、だがあの悲鳴を聞こえない振りができるほど、秋葉という少女は正義感が薄いわけじゃない。無視をするだなんて、とんでもない。悲鳴を上げた誰かが助けを求めているのだとしたら、今ここにいる自分がなんとかしなくてはいけないのだと、僅かに浮かび上がってくる使命感に燃えていた。

 その人の恐怖に比べたら、当事者でない自分の恐怖など軽いものだと思うから、それは余計にだ。

 なるべく足音を立てないように、耳を澄ましながら、周囲の様子を窺いつつ一歩を踏み出していく。

 図書室から一転、一体どんな魔法がかけられてしまったのか。手にスマートフォンを握りしめながら、草葉の陰に隠れてそろそろと移動していく。

 確かに秋葉はあの時、放課後は図書室で本を読みながら時間を過ごそうと決めていたのだ。

 棚の一番奥に潜んでいた、埃のたくさん被った本を手に取ってパラパラと頁をめくりながら歩いていき、椅子に座ろうとした次の瞬間には顔を上げるとすでに外にいて。

 手放した覚えのない本はいつの間にかそこから消えていて、秋葉が持っていたのは中に財布とスマホ、ペンケースだけが入った通学用の鞄だけだった。

 一体全体あの一瞬で、自分の身に何が起きてしまったのか。

 自分の手に負えないような問題が起きているのだとしたらすぐ誰かに連絡ができるように、いつでもダイヤル可能な状態に画面を開いたまま、秋葉は息を潜めていた。

 兎にも角にも、今は困っている人を優先して考えなければいけない。自分のことはその後からでもいいのだと、割り切って考えていく。

 鼓動がうるさく感じる程に、辺りはしんと静まりかえっていた。

 聞こえてくるのは風の流れる音と、葉っぱ同士が擦れ、さらさらと囁く静かな音色だけ。

 先程の悲鳴が気のせいだったのではないかと思えるぐらい、辺りは異様に静かだった。だがまだ本当にそうだという確証はないので、探し続けなければいけないのだが。

 緊張しながらも先を進んでいくと、微かにだが人の話す声が聞こえてくることに気がついた。

 もごもごとしていて聞き取りにくいが、でもなにか責めるような強い口調で、誰かに向かって話しかけている。

 秋葉は相手に気づかれないよう、慎重に近づいていく。

 息を殺しながら、そっと葉の隙間から声のするほうを覗きこんでみると、とんでもない光景がそこには広がっていて。思わず息を呑んでしまう。

 さすがにこれはまずいと焦り、秋葉は急いでダイヤル画面に110番を打ち込んだ。


「……さっさと入れってんだよ、このクソガキが!」

「やだ……っ、絶対に嫌だ! 離せ、この野郎!」

「嫌だじゃねぇんだよ、お前に拒否権なんかねぇっつーの! 大体ここまで連れ去られてきてんのに、これ以上怖い思いはしたくねぇだろ? 痛いのはもっと嫌だろう?」


 男は高圧的な態度で、上から覗き込むように少年を牽制していた。あれは完全に小さな子に対する大人の嫌がらせにしか見えなかった。

 盗み見るようにして覗いた向こう側には、みすぼらしい、見るからに盗賊か山賊のような格好をした痩せ細った男と、小さな子供の姿があった。どこからどう見ても親子には見えないし、当たり前だが兄弟に見えるはずもない。

 男は子供の頭を掴み、大きな麻袋に無理矢理その小さな体を押し入れようとしていた。誘拐犯、というよりは人攫いといった言葉のほうが合っているのかもしれない。

 今時袋の中に入れて誘拐していくようなやり方があるのかと、逆にこちらが面食らってしまいそうになる。古典的と言えばいいのか、時代錯誤にしか思えないと言えばいいのか。

 男は脅しても尚、抵抗する子供相手に四苦八苦しているのか、上手く袋に閉じ込めることができず先程からもたもたと手こずっていた。

 だがあのままではいずれ痺れを切らし、次第に暴力を振るい始めるのではないかと不安を覚える。ならば今のうちに警察に電話をしておいたほうが良さそうだと判断した。

 慌てて画面に耳を押し当てながら、そういえばこの住所はどこなのだろうと今更になって考える。どこかの森の中なのだろうが、詳しいところまではわからない。必ず聞かれるはずなので、その時は向こうでこちらの位置情報を調べてもらうしかないだろう。

 とにかく手遅れになる前に早く、とダイヤル音を待つも、スマホの受話口から聞こえてきたのは無情にも馴染みのある、いつもの女性の声だった。


『お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません。もう一度電話番号をお確かめになって、おかけ直しください』


 (はい……?)

 流れてきた音声ガイダンスに何を言っているのかと怪訝に思い、画面をもう一度見直してみる。もしや焦りすぎて番号を押し間違えたのだろうか。

 だが目の前の液晶には確かに110番と、そう表示されている。間違えてはいないようだ。

 森の中ということもあり、もしかすると若干電波が悪いのかもしれないと、番号をかけ直してみる。今度はきちんと画面を見つめながら、一、一、0、と、確かにダイヤルを押す。

 しかし耳に聞こえてくるのはやはり、いつもの女性の声だった。がっくりと肩を落とし、その場で項垂れてしまう。

 秋葉が思っている以上に電波が悪いようで、画面をよく見てみるとアンテナマークのところには圏外という文字が表示されていた。圏外だなんて、余程山の奥にいるわけでもないのに、そんなまさかと唖然としてしまう。

 だがそれにしても、110番が使われていないというガイダンスが流れること自体、なにかおかしくないだろうか。圏外なら圏外で、もうすこし違う音声が流れるはずだと思うのだが。

 だがそう表示されてしまった以上、これではどこにも助けを求める手段がないというのは確かなことで。周囲に助けを求めようにも、方向感覚も土地勘もさっぱりで、どこに民家があるのかさえわからない。

 その間にも男は子供の体をぐいぐいと押し入れ、無理矢理袋に詰め込もうとしている。抵抗する叫びが耳に焼きついてしまいそうだった。

 スマホの画面と男を交互に見つめ、焦りに焦る。ナイフを持っていたらどうしよう、暴力を奮ってきたらどうしよう、自分のような力もない弱い女が一人で太刀打ちできるんだろうか。そんな不安が頭を過ぎっていく。

 しかし、負けてはいけないとスマホを強く握りしめた。しっかりしろと、自分で自分を叱咤する。

 今ここで立ち向かわなければ、誰があの子を助けるというのだろう。このまま放っておけば、あの子供は確実に連れ去られてしまう。

 その先になにが待ち受けているか、わからない。だけどきっと、良いことが待っているとは思えない。

 子供がいなくなったと知れたら、周囲はどうするだろう。あの少年の親は二度と帰ってくることのない我が子の姿を探しながら、途方に暮れる日々を送ることになるのだろうか。

 もしそれが自分だったら、どうだろう。どう思う?

 自分があの子の親の立場だったらと思うと、耐えられないような気がする。

(だってそんなの、悲しい。許すことなんてできないし、それは絶対に間違ってる)

 だから男が袋に子供を押し込んだその瞬間、秋葉は思わず飛び出していった。男と目が合い、ぎろりと睨まれるも、負けじと睨み返してやった。

 今まで見たことのない眼光の鋭さに怯みそうになり、膝が勝手に震え始めるが、なんとか折れぬように耐えてみせる。誰にもそんな敵意剥き出しの目で睨まれた経験などないせいか、余計恐怖を感じてしまうのかもしれない。

 だが見過ごすわけにはいかないので、その子を離しなさいと目で訴えかける。

 ガクガクと震える秋葉に気づいているのか、男はすぐに鼻で笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ