地雷と言葉の意図と色気のない彼女
成長期だろうに、それでは大きくなるはずがないと秋葉は呆れそうになってしまった。
「アキハ、何歳だっけ?」
「私は今年で十七になります。スレイヴさんは?」
「俺は、十六。うん、十六。え、十六……!?」
スレイヴは驚いたように自身を見下ろした。
自分の歳でなにをそこまで驚いているのか、秋葉には不思議だった。そこまで気になる点があったのだろうか。
よくわからないが、スレイヴは目を丸くしたままぶるぶると頭を横に振っている。
どことなく犬のように見えてしまったが、そう言えば彼は怒るだろうか。
「そんなっ、絶対に俺のほうが歳は上だと思っていたのに! 嘘だろ、アキハはどう見ても十五くらいだろう!? え、誤魔化していないか!? 本当に!?」
「まだサバを読むような歳でもありませんので、誤魔化してはいないです。私、下に見えますか? 年の割に落ち着いていると言われたりしていたんですが。そんなに幼く見えます? そこまで驚くほどに?」
「見える、見える! だって十七っていったらもう嫁に行くような年齢だろ? アキハはなんていうか、まだあどけないというか、どことなく頼りないように見えるというか、守ってあげたくなるような弱々しい雰囲気があるというか」
「……どこの貴族の設定ですか、それ。嫁にいく歳って」
十七なんて、自分にしてみたらまだまだ子供と同じような歳だ。
スレイヴが言うような結婚だなんて、もっと先の話である。それとも異世界がどこもそんな常識となっているのだろうか。
意識したこともなかったので、結婚なんて何時か出来ればそれでいいと思っている。まだ本気で誰かを強く想ったことがないからそう言えるのかもしれないが、自分にはまだまだ縁のない話だ。
そう言えばスレイヴはまた驚いたのか、大きく口を開けていた。
だからなにを驚く必要があるのだと秋葉は溜息を吐き出しながら、じとりとスレイヴを睨んだ。
「私が住んでいたところでは、そんなに早く結婚するのは稀ですよ。十七といえばまだ学生ですし、遊びたい盛りでもありますし。せめてするにしても、十八を過ぎたぐらいでないと周りにどんな目で見られるか……」
「そうなのか? 確かにアキハはまだ垢抜けた感じもしないし、色気もそうないもんな。髪と瞳の色にはそんなに艶があるのに」
「……ケンカでも売ってるんですか。色気とか意識したこともありませんけど」
地雷を踏んだかと焦るのかと思いきや、言葉の意図にも気づかずにスレイヴは秋葉を眺めている。
言葉を返すのが億劫になるほど呆れていると、また小さく腹が鳴った。さすがにそろそろなにか口にしたくなってきた頃だ。部屋の中には冷蔵庫らしき物も見当たらない。外に食材を買い出しに行かなければ、この家には何もなさそうだ。
異世界の主食といえば米なのだろうか、それともパンなのか。はたまた目にしたこともないような食材の可能性もある。レトルトやインスタント食品のような便利な物も、おそらくこの世界にはないだろう。
先程スレイヴに貰ったローブを眺めていると、彼は慌てた様子で秋葉の前に飛び出してきた。
ダメだ、と言うように勢いよく頭を横に振っている。それもまた犬のように見えてしまった。
「ま、待て! アキハが今なにを考えているのかわからないけど、女の子が夜に一人で出歩くのはさすがにアウトだ! 腹が減ったなら俺がなにか買ってきてやるから、とりあえずアキハはここでおとなしくしていてくれ……っ」
「でも、スレイヴさんあまり外に出たくなさそうだし、探索がてらに出掛けるのも良さそうかと。今日来たばかりですがお世話になりっぱなしなのもアレだし、むしろもっとお世話になりそうなので私もなにかしら動かないと」
「この街は確かに他より治安も悪くないけれど、それでも常識的にそんな行動は俺が許しません。まさかアキハの世界では夜でも関係なく遊ぶのが当たり前なのか……!? 可憐なように見えて、実はふしだらなのか!?」
誰も外に遊びに行くなどとは一言も言っていないのだがと、秋葉はもはや疲れたように肩を落とした。
まさかふしだらなんて言葉を使われるとは思っていなかった。そもそも誤解だ。だがそれ以上に驚きなのはスレイヴの目に自分が可憐に映っていることなのだが。
褒められているのかもよくわからず、先程から腹はきゅるきゅるとか細く悲鳴を上げるばかりだ。
ここでどうこう騒ぐよりも今はただただ腹が減っているので、早くなにかしらの食料にありつきたいのだが。この際お菓子だろうと、我儘など言うつもりもないので野菜でもいい。空腹をしのげるのならば飴玉一粒でも助かる。一度腹が減ったのを意識してしまうと、なにか食べたくて仕方ない。
心底困ったようにスレイヴを見つめれば、彼は耐えられなくなったのかすぐにバタバタと大きな足音を立てながら外へと飛び出していった。
自分が外へ出掛けても良かったのではないかと思うが、スレイヴがダメだと言うのならばそうしなければならないのだろう。
彼がパンとミルクを持って帰ってきてくれたのは、それから五分も経たない内だった。
その姿を見て、やはり炊事くらいはしたほうがいいのかもしれないと秋葉は思った。
しばらくして。
空になった皿を眺めながら、秋葉はぼんやりと考えていた。
異世界にもバターやジャムが存在し、パンもふわふわと柔らかくて美味しく、ミルクも向こうとさほど変わらぬ味で違和感なく食事を終え、胸を撫で下ろす。
腹が満たされると安心するのか、ソファーの背もたれに背中を預けて天井を見上げる。精神的な疲労が大きすぎて、もうこれ以上は動けそうにないと体がクタクタになっていた。
下手をすると、このまま眠ってしまいそうな気がする。こんなに疲れるのは学校の行事でもなかなかない。
学校にいたはずなのに気づけばこの世界に流れ着いて、子供を助けようとして逆に男に襲われそうになり、だけどそんな時にスレイヴに助けられて。
その次は影などというおかしな生き物に襲われかけ、それを不思議な力で撃退し、今では彼の家でこうして世話になっている。それに加えて次は向かいの家でのボヤ騒動だ。
次から次へと展開されていく出来事に、頭が追いついていかない。
そして気づけばあっという間に夜だ。すでに一日が終わろうとしている。このまま帰れないとなると、向こうの世界での自分はどんなふうに扱われてしまうのかと少しだけ恐くなった。
秋葉は脱力しながら手のひらを見つめる。
次の日に学校を無断で休んだとなれば間違いなく両親に連絡がいくだろうし、家にもいないとなれば警察に捜索願いが出され、それでも見つからない場合はしまいには行方不明者扱いとされてしまうのだろう。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。なにがきっかけでこの世界へ辿り着いてしまったのか。
しかも異世界だなんて、そんな小説やゲームのような奇妙な話。本当にあったのかと、それさえ驚愕の事実だ。
なにか神様に罰を受けなければいけない程の悪さを秋葉は犯してしまったのだろうか。そんな記憶など更々ないのだが、そうでも考えなければやっていられないのだ。
悩んだところで起きてしまったことはもうどうにもならないし、今更ボロボロと涙を零したところで何も変わることはない。
だからといってすべてを受け入れ、この世界でやっていきましょうと気持ちを切り替えるのも難しい話だ。
どうにかして、早く向こうへ戻らなければならない。