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アルケミストセイバー 異世界の魔女と本の世界  作者: 優希ろろな
今、自分にできること
16/21

借りてきた猫のよう

 * * *


 他人の家で、それも一人で過ごすのはどうしても苦だった。

 出してもらったお茶も飲み干してしまい、ソファーに座りながらもそわそわと落ち着かず、先程から部屋の中をきょろきょろと忙しなく眺めている。

 まるで借りてきた猫のようだと自分でも思う。落ち着かない。本当に、落ち着かない。

 時計を見ると、スレイヴが家を出てかれこれ一時間は経つのではないだろうか。彼はまだ戻ってこないのか。

 スマートフォンを取り出し、もう一度画面を覗いてみる。電波は変わらず圏外のままだ。

 電話帳を開き、試しに友人に電話をかけてみる。当然だが、通じるわけもなく。

 悪あがきとばかりに、インターネットのページを開く。画面はオフラインのまま。わかっていたことだが、それも表示されるはずがない。

 充電だけは未だ減ることなく満タンではあるが、これではいくら便利なスマートフォンでもただのおもちゃだ。オフラインで遊ぶゲームだけは起動できたが、他に使える機能は音楽を流したり、メモを使えることだけか。

 持っていても仕方ない。だが、持っていないと不安にもなる。

 秋葉はソファーの上で体育座りをし、じっとテーブルの上を眺めた。

 これから元の世界に帰る方法を探さなくてはいけないわけだが、当然それはスレイヴの世話になる前提での話でしかない。

 何もせずにただ黙って居座り、スレイヴにすべてを任せるのはさすがに秋葉の良心に反する。

 自分に出来ることをしていかなければならないだろう。恩だけを受けてのうのうと家に居座るような図太い神経は持ち合わせていない。

 だが、自分に出来ることといえば何なのか。

 秋葉はまだ十七で、他人のために何かしようとしたことがあまりない。ボランティア活動と称して、ゴミ拾いや近所の花壇に花を植えたりならばしたことがあるが。

 しかしそれとこれとでは意味合いが全然違う。

 この場合、自分が手を出せることといえばやはり家事ぐらいしかないのではないか。両親が仕事で忙しく、あまり家にいることも少なかったせいか、秋葉は家事だけは得意だった。と言っても、本当に必要最低限の、些細なことしかできないのだが。

 だがそれにしても他人様の台所を使う場合、この家の主人であるスレイヴの許しがなければ勝手に立つこともできないだろう。

 炊事をするにしても異世界の食材に関して全く知識がなく、向こうと同じ感覚で手軽に料理などできないのかもしれないのだと考えるとそこには不安しか残らない。調味料だってそうだ。地球と同じ物が共通して用意してあるとは限らないのだから。

 スレイヴに一から教えてもらうしかないのか、ならば掃除だけでもしたほうがいいのか。そもそも家事をするぐらいならば、外に稼ぎに出たほうがいいのではないか。

 そう真剣に悩み始めた時、突如外で大きな爆発音が聞こえ、秋葉の思考は一気に停止した。


(――――なに!? 今の音!)


 衝撃の余り、振動で家がガタガタと揺れているのがわかる。

 地震か、いや、まさか近くに隕石でも落ちてきたのか。

 こんな時に咄嗟に動いていいものかと身構えるも、だがじっとしていても胸騒ぎが酷く落ち着かず、たまらずカーテンから顔を覗かせてしまう。

 窓を開けているわけでもないのに焦げ臭いにおいが鼻を掠め、秋葉は眉根を顰めた。

 するとスレイヴの向かいの家から、この暗闇の中でももくもくと黒い煙が立ち上がっているのが見え、息を呑む。これはもしかせずとも火災が起きているのではないだろうか。

 秋葉は驚き、近くから火は出ていないか確認する。

 なにせ向かいにある建物なのだ。炎が上がり、スレイヴの家に燃え移ったりでもしたらそれこそ大惨事になる。

 これは悠長に眺めている場合ではないと考え、しかし頭から被る物がないことに気づき、秋葉は慌てて部屋の中を探し回る。スレイヴのマントは彼自身が出掛ける際、身につけて持っていってしまったようだ。

 彼の言う通り、この容姿を誰かに見られるわけにはいかない。見つかって、それこそ目をつけられるのは厄介だ。自分を匿っているというだけでスレイヴの評判を下げてしまうのは避けたい。

 だがどうする、ともう一度窓の外へ視線を向けると、こちらを見上げる一人の男と目が合った。

 眠そうに目を細め、猫背なのか背が丸まっていて、やる気がなさそうにあくびをしながら頭をガリガリと掻いている。

 だがその目はしっかりと秋葉の姿を捉えていて、やけに心臓が大きく鼓動を打った。

 まずい、見られたかもしれない。いや、恐らく見られているのではないだろうか。嫌な緊張が体を駆け抜け、ついその場から動けなくなってしまう。

 彼の評判を下げたくないと思ったばかりでこれでは先が思いやられる。どんな事態であろうと軽率に顔を覗かせるべきではなかったのかもしれない。どう思っても後の祭りでしかないが。

 自分から目を逸らせず、しかし男も視線を逸らそうとしないので、おかしな睨み合いが続く。

 この物珍しい容姿が完全に窓の外から見えてしまっているのだろうか。いや、薄暗闇の中でもはたして見えるものなのか。部屋の明かりも逆光となり、影になっていると思うのだが。

 瞬きもできず、緊張の余り息が詰まりそうになり、どうしようとつい狼狽えかけた時。また男の後ろでなにか破裂したような音が辺りに響き、家の中からもくもくと新たに黒い煙が噴き出し始めていた。

 やはり火事が起きているのではないかと驚き、こんな事態でも近所の住民は避難しないのだろうかと違う意味で秋葉は焦り始める。

 この場合、異世界ではどう対処するのだろう。向こうではすぐに消防に電話をかけ助けを求めることができるのだが、こちらにも似たような機関はあるのだろうか。

 男の視線はいつの間にか秋葉から逸れ、黒煙を噴き上げる家の中へと移されていた。

 すると近くの家から飛び出してきたであろう住人が男に近づき、指を突きつけて何か怒鳴りつけている。


(これはもしかしなくとも、あの男の人の家で火事が起きてるのかもしれない……)


 男はヘコヘコと頭を下げると、住人は怒りを隠せない様子ではあったがズカズカと大股で帰っていった。

 どうするのだろうと眺めているとまた男の目がこちらに移ろうとしたので、秋葉は慌ててカーテンを閉め、姿を隠した。さすがに二度も見られるわけにはいかない。

 何事もなかったかのように冷静にソファーに座り直し、正面を見つめた。

 逃げるべきかとも考えたが、だがあの家からは煙は上がっても火の手は見えなかった。本当に危険な状況ならば、おそらく噂を聞きつけたスレイヴがすぐに帰ってきてくれることだろう。

 それよりも自分は人目を気にせずに外に出てはいけない容姿をしているのだから、言いつけは守らなければならないのだ。あの男には見られてしまったかもしれないが、それでもこれ以上姿を晒すわけにはいかない。

 だが薄暗い中から少しだけ顔を覗かせた自分の容姿など、本当にはっきりと目に映るものだろうか。ぼんやりとしか見えていないのではないだろうか。

 自分に言い聞かせるようにしか言えないところが不安ではあるが、そう思いたい。

 身近で火災が起きているのも大変だが、秋葉の姿を見られてしまったことも一大事だ。おかしな噂が流されないことを祈るしかない。

 秋葉は堪らず溜息を吐き出した。


「……次から次へと不安になるようなことしか起きていない気が。さっきも見られてないといいけどなぁ。スレイヴさん、いつ戻ってくるんだろう」


 うんうんと唸りながら悩んでいると、外でなにか騒ぐ声が聞こえる。

 おそらく爆発音と焦げ臭さに気づいた住人達がまた騒ぎ立てているのだろう。上には街を覆う程の大樹が葉を広げているのだし、火の粉でも飛べばさらに被害が拡大するのだから、それも当然のことだが。

 秋葉は落ち着かず、飲み干した後のビーカーを手に持ち、くるくると回した。

 頭の中が不安でいっぱいで、どうしようもなかった。気を紛らわすには今はこうするしかない。

 あの男に見られてしまったことをスレイヴに相談すべきかどうか、さらに秋葉は頭を悩ませた。




 スレイヴが家に戻ってきたのはそれからしばらく後のことだった。

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