スレイヴ自身にまとわりついたまま
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彼女を見つけた時、スレイヴは自然と体が動いていた。
あの子を助けなければならないと、勝手に抱いた使命感でスレイヴは秋葉に手を差し伸べた。
いつものように上辺だけを繕い、深く考えずに接して、それからすぐ後悔した。
またやってしまった、と。同じことを繰り返してどうする、と。自分で自分を責めた。
こうして善意で助けたところで、自分の汚名を返上できないことなどよくわかっているではないか。
ついたイメージは時間が経てど聞こえることはなく、いつまでもスレイヴ自身にまとわりついたままだ。
自分なら出来る、他の誰もが救えない者を自分ならば助け出すことができる、なにせ力があるのだ、魔法も剣術も錬金術も使いこなすことができる自分ならば救えない者はいない。
スレイヴはそう思っていた。今まで失敗という失敗を経験したことがなく、自信に満ち溢れていたスレイヴは常にそうして他者と己を比べ、驕っていたところがあった。
だからあの日もその力を鼻にかけ、当然のように依頼を受けた。出来ないことなどありはしないと、過信して。折れる不安など抱くこともなく。
だけど、助けることはできなかった。
坂道を転がるようにして、その出来事をきっかけにスレイヴの人生が変わっていった。
なぜ助けることができなかったのか、誰も理由を知ろうとはしなかった。聞きもしなかった。
スレイヴが彼女を救えなかったと知ると、周囲の人々はすぐに彼を咎めた。
あれだけ声を高々にしていたスレイヴが、初めて苦い経験を味わったのだ。皆、それこそ面白がっただろう。ようやくあの男の鼻が折れたのだと、ほっとしたのかもしれない。
気づくと噂は瞬く間に広がっていった。助けられなかった理由など知れ渡ることなく、ただスレイヴが依頼を失敗したということだけが先行し、この国全体に彼の名前を知らしめる結果となってしまった。
だからこの少女も名前を知った途端、きっと自分を嘲笑うのではないかと無意識に恐れたのだ。
だがアキハはそうではなかった。アキハはスレイヴのことなど知らなかったし、アキハ自身この国では見たことのない珍しい容姿をしていた。
だから初めて目にした時、不覚にもスレイヴは見蕩れてしまったのだ。
その艶やかな見た目とは裏腹に彼女はどうもあどけなくて、頼りなく、放っておけない存在に見えてしまう。
話を聞いてみれば、どうやらこの世界の人間ではないようだ。召喚魔法の失敗というのは稀にではあるが聞いたことがある。
召喚したのはいいがどこか遠く離れた場所に呼び出してしまったり、自分が思い描くモノとは違うモノを呼び出してしまい魔術師に捨てられたり、向こうの世界から異世界へゴミのように放棄されたなど、そんな話を手記で読んだことがあるのを思い出す。
彼女もそうだったのだろうかと思うと、心が痛くなる。
影をも消し去ることのできる聖なる力を持つ少女を捨てるなど、スレイヴには到底信じられない。
もしかするとアキハを召喚した者は知らなかったのかもしれない。そんな力を持っていたなどと、思いもしなかったのだろう。
だから守らなければいけないと、彼女の意思も不確かにまた勝手に使命感を燃やした。
なんとなくだが、彼女は自分に近い存在だとスレイヴは抱いたのだ。
人と話したことなど久しぶりで、スレイヴは偽る自分を捨て、本来の自分の姿で彼女と接することができた。それはとても楽しい時間だったと、心の底から思えた。
だが同時に誰かと過ごすのも久しぶりで、スレイヴは緊張していた。アキハは自分のことを知ったら、どう思うだろう。どう、接するのだろう。
一度考え出したら答えなど見つかるはずもなく、きりがない。心に靄がかかるようだった。
周囲の人間と同じように、蔑んだ目でスレイヴを見つめるのだろうか。こんな男のところになどいられないと、他所へ逃げていってしまうのだろうか。それともただ同情し、憐れむのか。
心臓がバクバクと音を出し、不安と恐怖で心が染まっていく。
考えてはいけないのだ。考えれば考える程、すぐに折れてしまいそうになる。自分を見せてはいけないのだと、蓋をしなければならない。
スレイヴは自分で頬を叩いた。
とにかく彼女がここで生活していく上で困らないよう、最低限の物を揃える必要がある。
スレイヴは染まりつつある闇を振り払うようにして歩き出した。
街に出るのは勇気が要るが、アキハのためだと思えば前を向かなければいけない。
スレイヴは意を決して外へ飛び出した。
人々の視線が、嘲笑う声が、怖かった。