曇った表情
「実はこのお茶、俺が自分で作った茶葉を使っているんだ。人の口に合うかどうか心配だったんだけど、美味いって言ってもらえてよかった。ありがとうございました」
「えっ、自分で!? スレイヴさんってお茶まで自分で作ってるんですか?」
「あー、うん。まぁ……」
「すごい! もしかして自分で作ったお茶をこのお店で売って、稼いだりもしていて?」
「え?」
「下の階、お店になってますよね? 今は使われていないように見えましたけど、仕込みが終わったらまた販売なんかもしたりするんですか?」
秋葉はよく読んでいた物語を思い出し、目を輝かせた。そういえば話の中では自分で作った物を売って生計を立てるような人達もいたのだ。
それこそ森の中で会ったあの男も言っていたではないか。秋葉の持つ携帯電話を見て、お前も錬金術師か? と。
そうだ、錬金術師。
だからスレイヴの家も下の階が店になっていたり、ビーカーのような実験器具、植物や草なども置いてあったりするのではないだろうか。魔法も使えたりと、他に特別な力も備えているようだ。
秋葉の高まる期待とは裏腹に、だけどスレイヴは寂しそうな顔をして俯いていた。
「……俺は」
「本の中でしか読んだことのないような職業がまさか実際に存在しているなんて……っ。異世界だから、実際と表現してもいいのか微妙なところではありますけど! スレイヴさんは、もしや錬金術師なんですか!?」
「錬金、術」
「なぜか私の持つ携帯電話を見て、お前も錬金術師なのかと聞かれたりもしました。この世界にも錬金術ってあるんですか? それともスレイヴさんは、お茶を専門に商売をしているとか?」
秋葉の好奇心は止まらない。興奮しているせいか、スレイヴの表情が曇ったことにも気づけないでいた。
「……俺は、錬金術師なんかじゃ、ないよ」
呟くように、ぽつりと声が漏れる。
秋葉の目はまだビーカーを見つめたままだ。スレイヴの変化には気づかない。
「俺は、そうありたかった。けど、無理だった」
スレイヴは水の雫が落ちていくように、ぽつりぽつりと静かに言葉を紡いでいく。手に持つビーカーを強く握りしめ、そうすることで悔しさを紛らわすように。なにかを余程嫌なことを思い出しているのか、唇を噛み締めていた。
秋葉がスレイヴに視線を戻した時には、すでに彼はけろりとしていたが。
人懐こい笑みを浮かべて、困ったように頭をかいた。
「俺、なにかを作ったり、考えるのは好きなんだけど、経営がとんでもなく下手くそでさ! 店を開こうと思ったんだけど、上手くいかなかったんだ。だから今は冒険者というか、トレジャーハンターをして食い扶持を稼いているんだ。それももう名乗っていいのか微妙はところではあるけど、今はその、錬金術は……自分のためにしか使っていないな」
「こんなに美味しいと、すぐにお茶で有名なお店になれそうなのに。もったいないですね」
「……いいんだ、そういうのって人脈や信用も大切だろ? 俺にはそれが欠けていたんだ。だから、まぁ……うん、仕方ないんだ」
スレイヴはそう言うと、振り切るようにして立ち上がった。秋葉のビーカーが空っぽになっているのを確認すると、「おかわり、いる?」と訊ねてくる。
もう少し味わって飲みたいと感動していた秋葉は控えめにだが「お願いします」と頭を下げた。くすりと笑われた気がして、少し欲張ってしまったかと恥ずかしくもなり内心焦ってしまうが、スレイヴはそう思っていなかったようだ。
「久しぶりに誰かに美味しいって言ってもらえて、俺は嬉しかったよ。じゃ、もう一杯持ってくるから、しばらく休んでて。頭の整理もしなきゃいけないだろうしさ」
「は、はい。すみません」
「その後すこし俺は出掛けてくるから。鍵もかけていくし、気にせず寛いでいて。誰も来ることはないし、姿を隠す必要もないから」
スレイヴの抱える闇が顔を覗かせていたが、この時の秋葉はまだ気にかけることすらできなかった。
スレイヴはお茶を持ってくると、すぐに外へと出掛けていった。秋葉はそれを見送った。