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アルケミストセイバー 異世界の魔女と本の世界  作者: 優希ろろな
飛び込んだイレギュラーな存在
11/21

新たな不安で上書きされる心境

 目の前に広がる風景、日本では考えられないおかしな生き物や、不思議な力。そしてこの少年の容姿。

 こんな街が世にあったというのならすぐに観光名所となり、瞬く間にテレビや雑誌などでも取り上げられ紹介されるはずなのだが、聞いたことがない。それにスレイヴは黒髪に黒の瞳が珍しいとも言っていた。

 どこか海外の国に飛ばされたのか、はたまた本当に地球上にある辺境の地なのか。


「そ、それでスレイヴさん。この街の名前なんですが、一応教えていただいてもよろしいですか……?」


 そう聞くと、スレイヴは首を傾げてみせた。頭の上にはハテナが浮かんでいるように見える。

 ここまで来て、まだわからないのか? と言いたげにも見えた。申し訳ないが、わからないから聞いているのだ。

 ただでさえ不安しかないのに、さらに新たな不安で上書きされていきそうになる。


「この街、珍しいだろ? 真上に樹が広がっていて、街全体を覆っていてさ。有名なんだよ、色々と」

「……でも私は、初めて見ました。こんなところがあるなんて、今の今まで知りませんでした。聞いたことも、なくて」

「ということは、やっぱりこの辺の人間じゃないってことだよな。ここは樹の精霊が眠る街、ドンケルハイト。見ればわかるように、あの大樹にはドリアードが眠っている。精霊の加護を受けた街なんて、この大陸ではドンケルハイトしかないんだ。すごいところだろ」

「……ドリアード?」

「そう。樹の精霊、ドリアード。……知らない、なんてことはないよな? 精霊の名前なんて一般常識みたいなもんだけど」


 あぁ、やはり想像通り、完全に違う世界に飛び込んできてしまったようだ。秋葉は空を仰ぎたくなった。

 精霊の名前だなんて、聞いたことがない。本かゲームの世界にでも迷い込んできてしまったのだと崩れ落ちたくなった。いや、いっその事、倒れてしまおうか。

 こんなところに学校なんてあるわけがない。スマホの電波なんて入るはずもない。帰る場所すら見つからないのだ。暗闇の中に一人取り残されたような気分に陥った。

 被されていたマントがずり落ちていくと、スレイヴが慌てて直してくれた。


「もしかして、知らない? 不安しかないって顔、してる」


 気まずげに頷いてみせれば、スレイヴは困ったような顔をした。

 面倒な女を助けてしまったんじゃないかと、今になって後悔しているのだろうか。このまま見捨てられなどしたら、一人でどう対処したらいいのかさっぱりわからない。

 秋葉は途方に暮れるばかりだった。

 寝泊まりする場所すらなく、これからどう生きていけばいいのか、皆目見当もつかない。

 どうしたら帰れるんだろう、早く学校に戻りたい、誰でもいいから知っている人の顔を一目見たい、家に帰って全てを忘れて眠ってしまいたい。

 先程とは違う意味で、無性に泣きたくなった。

 スレイヴの視線が、そんな秋葉の姿に突き刺さった。


「ごめんなさい、やっぱり私の知らない場所でした。せっかくここまで連れてきてくれたのに、すみません。この辺りの知識でさえ持ち合わせていないみたいで……」

「謝らなくていいよ。ならアキハ、ドンケルハイトがある大陸の名前は

知ってる?」

「わ、わかりません。地理は苦手というか、ここはさっぱりです。きっと地図を見ても、何一つわからないかも……」

「それじゃ風の精霊の名前は?」

「風……。聞いたことがあるのは、シルフとか、ジンとか? よく聞く名前といったら、この辺しか……」

「ドラゴンに囚われたお姫様を救うことができずに、情けなくも生き恥を晒すような結果を招いた男の名前は? 言っておくけど、これはめちゃくちゃ有名だぞ」

「…………はい?」


 最後の質問の意味だけが瞬時に理解できず、ついスレイヴのほうを向いてしまった。

 視線が重なったスレイヴも秋葉に負けないぐらい不安に染まった顔をしていて、また不思議だった。なぜそんな顔をしているのだろう。その質問には余程の想いが込められているのだろうか。

 秋葉は当然のように、頭を横に振ってみせた。


「わ、かりません……。それも初耳です……」


 遠慮がちに答えてみれば、頭をぽんぽんと軽く叩かれた。その仕草が励まそうとしているようにも感じ取れ、不覚にも胸が締めつけられて苦しくなり、涙ぐんでしまった。


「この世界には稀にだけど、召喚魔法を使える人間なんてのもいる。もしかしたら巻き込まれて、召喚に失敗して、ここに飛ばされた可能性もある。そんな話、たまに噂で聞いたことがあるんだよな」

「召喚、魔法?」

「うん。来たからには戻る方法もあるはずだから、大丈夫だと思うよ。後で情報集めてくるから、まぁ、その、なんだ。泣くなとは言わないけど、えーと、うーんと……」


 スレイヴは頬を掻きながら目を泳がせている。なんと声をかけたらいいのか、気遣いながら言葉を探しているようにも見えた。

 たまに言い方はきつくなるが、秋葉のことを助けてくれたり、この場で見捨てずにいてくれたり、根は優しい人なのだと思う。

 しかしここが異世界だとなれば、自分の不思議な力にも、先程のおかしな生き物にもやはり合点がいくと納得してしまった。スレイヴの容姿や格好、腰にぶら下げている剣にも、妙に頷ける。

 地球ではないのだから、すべてが新鮮に映るのは当たり前の世界なのだ。だから秋葉の容姿も逆にここでは驚かれるのだと思う、きっと。黒髪に黒の瞳など、異世界でも珍しいものではないと思っていたのだが。

 そうしているうちにスレイヴはまた秋葉の肩を押し、歩き出した。今度はどこへ向かおうというのか、驚いて体を強ばらせると、スレイヴはすぐに謝った。


「わ、悪い。一応、見せておきたいところがあって。このまま移動するから、絶対に被っているマントが落ちないよう注意してくれ。人の目につくところだから、尚更。あとは俺から離れないように」


 頷くと、そのままぐいぐいと押され、目的の場所へと向かうことになる。

 何を見せるつもりなのだろうと、期待よりも不安のほうが大きい秋葉は更に緊張を走らせるのだった。

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