第3話
第3話
「その人が同じクラスだったことは覚えてる。でも、その1年間を全く覚えてないけど、とにかく嫌だったことも覚えてる。
思い出さない、で済んでいたことを、その人を見てると思い出しそうで、凄く怖かった。何とか1次会を乗りきって、逃げ帰ってきちゃった」
「そんな時に、前のことを思い出させようと……」
「ううん、それは大丈夫。今日は付き合ってくれてありがとう。そろそろ帰らなきゃね」
「そうだな」
こんな状態で掛けられる言葉はない。二人とも黙って歩いた。
いつもの見慣れた家に着く。
「またね。今日はごめんね」
かろうじて、思いついた言葉をかける。
「いろいろ、辛かったんだね。よかったら、いつでも、何でも聞くから」
「ありがとう」
「思い出せない、思い出したらいけないこと」について少しだけ見当がついたような気がした。
思い出したくないことは、思い出さない方がいい。そうかもしれない。
考えるのを放棄して、普段やらない、やったこともない羊の数を数えることにした。
羊はうまく眠りの世界に連れて行ってくれたみたいだ。
次の日。鞠さんはあるものを見せてくれた。
「これ覚えてる?」
見せてくれたのは、ある雑誌の切り抜き。
「友達がこれ見て、びっくりしてたんだよね」
それは俺たち二人と、バイト先のボスと、かつていた、みんながにっしーと呼んでいた人の対談の記事。
そういえば、俺にも「記事見たぞ」って言って来たやつがいたな。思い出した。
「懐かしいねえ」
「ああ、俺もすっかり忘れてた」
「コピーいる?」
「一応、1枚」
コンビニで1枚コピーをとる。
「ボスはまだいるよね」
「ああ、一度どこかに行ってたみたいだけどな」
「にっしーにも、いろいろお世話になったよね」
「元気にしてるのかな」
「どこにいるんだっけ?」
「この辺りって聞いたことはあるけど」
「元気してるかー?」
長田からだ。こいつからの電話は大抵飲みの誘い。
「飲もうぜ、久しぶりに。小野寺さんも一緒にさ」
「ああ、伝えといたらいいのか?」
「いや、もう伝えてある」
「話が早いな」
「いやー、飲んだ食った」
「3人で飲むの久しぶりだねえ」
「2次会行くか?」
「よし、いつもの店で締めのパフェ食うぞ」
俺たちは鞠さんの家の近くにある、パフェの美味しい店をいつも2次会会場にしていた。
3人それぞれ好きなパフェを頼み、飲みの延長のような話をする。
「ボスが寂しがってたぜ。最古参のお前らがとうとういなくなったからな、そりゃ寂しいだろうよ」
「他の奴らは?」
「まあ、入れ替わりが激しいところだから。今は俺が最古参だ。たかだか5、6年だぜ。西川みたいに10年近くもいない」
その時頼んでいたパフェが運ばれて来て話は中断された。
お酒とつまみと、甘いもの。幸せで、眠くなりそうだ。
そんな時、長田が言う。
「なあ、花火したくない?」
「いきなりだな」
「コンビニに花火って売ってなかった?」
「しばらく前に近くのコンビニにあるの見たけど」
「行くだけ行ってみるか」