第6話
第6話
「どんな話を聞いてるかはわからないけど、うちの中では有名よ」
マジか。
「昔から知り合いだったのは知ってたけど、丈くんの話をする時はぱあっと明るくなるの。
実家でもいろいろあったし、うちに来てもらったはいいけど、ここはここですごく気を使ってるみたいだから。ちょっと心配してたの」
そのあたりは、今日直接本人から聞いた話だ。
「瑠璃が物心ついてからは私たちより鞠に懐いちゃって。そしたら、だんだん表情も柔らかくなってきたの。
その頃からかな、丈くん、丈くんって話をし出して。ああ、彼氏ができたのね、って嬉しくって」
「そうだったんですね」
「あ、そうそう。前、鞠にお土産買ってきてくれたでしょ?」
そうだ。あれは付き合い出す前だっただろうか。
俺は再びあの地に立っていた。
第1志望だった大学のある場所だが、目的は大学じゃない。無論、元彼女でもない。
親戚の家があるというのも一つの理由だけど、もう一つ来たい理由があった。
大きな藤棚が、すごく綺麗な場所。ここの大学生になって元彼女と一緒に眺める予定だったが、できないことを考えても仕方がない。
そうだ、小野寺さんと一緒に、この場所に来たい。この風景を、一緒に眺められたら最高だ……
そういうことを考えながら、俺は小野寺さん……いや、鞠さんにお土産を買って帰ったんだ。
「すごく驚いてた。丈くんが親戚の家に行くからバイト休むって言うからお土産頼んだら、予想以上にたくさんで。それも、全部って。その頃から私たちもあやしんでた。単なるバイトの同期だけの子にこんなにたくさんのお土産買ってくるわけないよね、って。それからよ。ちょくちょく丈くんのことを話すようになったのは。一緒にごはん食べに行ったとか、飲んで来たとか、コーヒー飲んだとか。すごく嬉しそうにね」
あの夜の話は多分話していないんだろう、多分だけど。
「いろいろとお話を聞かせていただいてありがとうございました。ずいぶん遅くなりましたし、そろそろおいとまします」
「また、遊びに来てね。一番楽しみにしてるのは瑠璃だから」
「瑠璃ちゃんは……」
「私たちの娘よ。鞠にとっては姪っ子ね。でも、本当のお姉ちゃんって思ってるみたい。「パパ」って言う前に「まり」ってしゃべったんだから」
二人揃ってえっ、と言う顔をする。鞠さんもそのことは覚えていなかったらしい。
「丈くんならいつでも大歓迎だから。気をつけて帰ってね」
家まで送ろうかという申し出はさすがに遠慮した。
俺の話はこんなに広まっていたんだ。何だかプレッシャーみたいなものも感じるけど、鞠さんが数少ない気を許せる環境で俺のことを楽しそうに話してくれている、と思うと嬉しかった。
程なく、鞠さんはバイトを辞めた。
毎日のように一緒にコーヒーを飲んでいた鞠さんが目の前にいない。
まあ、会おうと思えばいつでも会えるんだけど、ちょっと寂しい。
「西川さん、魂抜けてますよ」
「小野寺さんが辞めたのがそんなにダメージデカかったか」
「当たり前だよねぇ、あんなにラブラブだったんだもん」
「でも、会おうと思えばいつでも会えるだろ?」
そんな声の中で、長田が言う。
「西川、小野寺さんを大事にしろよ」
「当たり前だろ」
「よし、今の言葉、しっかり覚えたからな。お前もちゃんと覚えてろよ」
「もちろんだ」
その言葉の意味を深く噛みしめるようになるのは、もう少し先のこと。
いつものように布団に横になる。ふとあの日見た夢を思い出した。
あの時開いたドアの先は楽園だったんだな、と思っていた俺は、完全に油断していた。あのドアには続きがあることを、まだ知らない。
第2章 「秘密」完