プロローグ
プロローグ
「眠……ちょっと寝よう」
俺は、いつものように布団に横になる。
何もない広い場所に一人で立ち尽くす。どこからか、かすかな、たぶん女性のものであろう声が聞こえてきた。
「大きな大きな、バランスのとれた天秤の上に存在する世界
すこしでもその天秤のバランスが崩れたとき、世界は一変する
その先に現われるドア、それを開く少年と少女
開いた先は楽園か、あるいは地の果てか」
覚えているのはそこまでだ。
目を覚まして夢の内容を思い出す。案外、しっかり記憶に残っていた。
「ゲームのやりすぎだな、たぶん」
なんかRPGっぽいというか、どっちかと言えばいわゆる厨二病ってやつか。
しばらくゲームばっかりしてたから、こんなことを思いつくんだろうな。
俺は西川 丈。ごく普通の大学生だ。
人より、寝つきが非常にいい以外は。
あまりにすぐに寝てしまうので、周りから心配されるくらいだ。
それでも、大事な場面で寝落ちしたことなんてない。
授業中とか……なら、たまにあったけど。
「ご飯食べ行こうよ」
「ああ、行こう」
話しかけてきたのは、小野寺 鞠と言う子。
「今日はどこ行く?」
「いつものラーメン屋かな」
「まあ、近いしね」
今は昼休み。長いバイトの合間の、ひとときの安らぎ。
バイト先の近くにラーメン屋がある。昼ごはんを食べに行くときはいつもそこだ。
「いただきます」
豪快に麺をすする小野寺さん。最初はその食べっぷりに驚いた。
「いつものラーメンだけど、美味しいよね、やっぱり」
「安定の味だよな」
本当は、もっといろいろな場所に一緒に行ってみたい。すこしここから離れれば、ラーメン屋だけじゃなくて他にもご飯を食べられるところはたくさんあるのに。
でも、でもだ。
俺は、これ以上近づけなかった。
今の、一緒にラーメンを食べに行き、美味い美味いと言い合う関係。これ以上近づいたら、この関係は崩れ去ってしまうだろう。
それが、怖かった。
この世界の、その先に現われるドアを開ける勇気が俺にはなかった。
……小野寺さんの秘密を知るまでは。