令嬢と彼女の覚悟
「貴女は私と学園の生徒としてではなく、個人として戦うと言うのね?」
校舎裏に呼び出され訪れてみれば『婚約者と別れろ』『彼は苦しんでる』など好き勝手言われた挙げ句、
『わたしは彼の思いを無視して!縛りつけ続ける貴女を許さない!だから決闘を申し込むわ!!』
とのたまう始末。
自分が正しいと信じて息巻いている彼女には申し訳ないけれど、私にそれを受けてあげる義理はないのよ?
「そうです!わたしは貴女の敵よ!!
……っ!きゃあっ!!」
ビシッとこちらを指した指を緩くつまんで捻りあげると、彼女はいともも簡単に地面に突っ伏した。
彼女の背後には既に私の護衛が立っており、何とか起き上がろうとする彼女を捕らえている。
「あら、早かったわね」
「言質は取れましたので」
「そうね」
「なにっ!離して痛いっ……!!」
「あのね、貴女と私が今まで向かい合って話ができたのは、私達が“学園の生徒”として話していたからなの。
それを貴女は、女として私と向き合うことを望んだ。
その時点で私より家格が下の、男爵家の末子でしかない貴女は許されてもいないのに私の前で話し続けることはできないのよ?」
「そ……んなことっ……!!横暴だわっ!!
人は皆、平等なのよっ!!」
「貴女は貴族として何を学んできたのかしら?
平等や公平なんて有るわけがないでしょう。
貴族の家格は絶対だわ。家格が高い家には相応の責任と責務が課せられているのよ。序列を無視するのはその家を貶めてるのと一緒だわ」
「でもっ!!」
「貴女があの方と愛とやらを育んでいる間、私はあの方の妻となるべく与えられた課題をこなしていたわ」
「……!?」
「人目を憚らずに口づけを交わしてる間、私はこれから新たに交易を始める西国の言葉を学んでいたわ」
「…………」
「貴女はあの方の妻となるために、一体何をしていたの?」
「それ……は……」
「優しくするのは簡単だわ。
あの方の言うことを全て肯定して『大変ですね』『私は貴方の見方です』とでも言っておけばいいんですもの。
でもあの方の妻となるならあの方を支え、導き、共に進まなければいけないわ。
貴女に、その覚悟があって?」
「っ……っっ!!あります!!できますっ!!!」
「そう」
「ならばマリア=ルクサージュ。
貴女に私が持っているもの全てを伝えるわ。
ただし、私が数年かけて手に入れたものを貴女は在学中の2年間で身に付けなさい。
死に物狂いで、血反吐を吐いても心折れることは許さない。
これは、命令よ」
「望むところだわ!何がなんでも身に付けて見せます!それが彼のためになるのなら!!」
……こうして、私と彼女の死闘は幕を開けた。
この三年後。彼と令嬢の婚約が解消され、新たな婚約が発表される。
婚約パーティーには婚約解消をされたはずの令嬢も招待されており、彼女は堂々と招待を受け彼と彼女に素晴らしい祝辞を言祝いだ。
そして、その数年後。
幼い頃からの王妃教育により機密情報などにも目を通していた令嬢を国内の貴族はおろか国外になど出すわけにはいかぬ。と令嬢と第二王子の婚約が決まる。
その歳の差は、十。
歳の離れた二人ではあったが、彼と彼女を陰で支え続けた二人は晩年まで仲睦まじく暮らしましたとさ。
おしまい。
「ねぇ、あなた」
「ぅん?」
「愛してますわ」
「うん、わたしも、愛しているよ。だからお休み」
「えぇ、またね」
『さようなら、わたしの大切な人』