にゃんですか?勇者さま。
フェン達は家に向かって帰路を行く。
急ぐ用事も無いのだが急ぎたい気持ちもある。
家に着くと何時も通りに爺ちゃんが『おかえり』と迎えてくれる想像をする…
その一方、誰も居ない家に呆然と立ち尽くす自分が居る…悪い予感は止まらない。
『帰るのが遅れてるだけだよね』
と、まだ居ないと決まった訳でもないのに居なかった時の言い訳まで頭を過る。
帰ったら『居て欲しい』という気持ちが帰路の行程を知らず知らずに
遅らせていた。
遅ければ遅いほど爺ちゃんが先に帰って居てくれる可能性が高いだろう。
「急ぎましょう、勇者樣」
ミヤは正しい判断をしている。
『ガルンに居た事は誰にも知られてはならん。』
それを成すには、なるべく『速やかに帰宅する』のが正しい行動である。
…だけど心はそうは言ってくれなかった。
今もミヤは僕の事を『勇者樣』と呼び続けている。
「ねぇミヤ。勇者樣って呼ぶの止めない?」
「どうしてですか?勇者樣」
「どうしてって…」
自分では『まだ勇者じゃない』と思っている。
それに『勇者とは自分じゃなく他人から認められて初めて勇者』だとも思う。
・・・が、明確な理由は、無い。
それは『勇者だ』と、爺ちゃんとミヤは少なくとも認め、呼んでくれているのだろうから。
内心、認めてしまうと『勇者である爺ちゃんが本当に帰って来ない』ような予感が
していたので認めたくなかったのだ。
「まだ自分が勇者だって納得出来てないから『勇者』って呼んで欲しくないんだ」
…どうにか理由を考えて伝える。
「いいですよ。じゃ、何て呼べば良いですか?」
…えっ?いいの?軽っっ。
ミヤの中では『呼び方』なんて大した問題では無かったようだ。
勝手に一人相撲をして難しく考え込んでいた自分が恥ずかしい…。
ミヤから提案が出る。
「勇者樣…じゃなくて…ご主人樣、はどうですか?」
…ご主人樣って言うのは何か冷たい気がする。ミヤは家族同然なんだし。
「じゃあ、何て呼べば良いですか?」素直に聞いてくるミヤ。
…「フェン君」は?
知り合いには大体こう呼ばれている。
「…『君』は駄目ですよ。私は勇者樣にお仕えする、勇者樣の持ち物なのですから。」
持ち物…『物』だなんて思ってないのに…何か寂しい気持ちがした。
納得してくれないミヤに納得してもらえる名前、、、
じゃあ「フェン樣」は?
結局、良い案も無く、どちらともなく出した案で折り合いをつける事になった。
「フェン樣」、ですね?
ミヤが試しに呼んでみる。
呼ばれると何か『硬い』感じがする。どうすれば…?
…「フェン『さま』って呼んでみて。」
漢字の『樣』と付けて呼ぶのと、ひらがなで「さま」と付けて呼ぶと考えて
呼ぶのとでは、不思議と同じ言葉でも明らかな違いが感じられるのは誰にも
分からない謎であるが本当の事だ。
それと、、、さっき自分の事を『物』とか言って寂しい気持ちに
させられた件を思い出す。
軽くお返しというか、冗談を思い付く。
「それとミヤは猫人族なんだから語尾には『にゃん』を付けてね♪」
…と、おどけて言ってみる。
怒るかと思ったけど、なぜか…
「分かった……にゃん。」
あれっ?恥ずかしそうだけど案外乗り気?
ここに、呼び方の『フェンさま』と『語尾に「にゃん」を付ける』
という二人だけしか知らない秘密の盟約が結ばれたのであった。
「猫語は大変なのにゃ。」
「そうなの?ミヤ」
「にゃんとにゃんを使ってるにゃん」
略すと「にゃんにゃんして・・・」
・・・はい。ミヤ、そこまで。