第9話 新たなるオレの嫁候補(ターゲット)
「拘束プレイはオレの趣味じゃないぞ? いや、縛るのは嫌いじゃないけどさ」
オレは縛られながら、アラクネにそう訴える。しかし、この世はオレが推し量れないほどに不条理が多いのだ。なぜか、彼女は半眼で、
「フフフ、なにを言っているのかしら? わからないわ。折角、友達が遊びに来てあげたのに服を脱いでなにがしたかったのかしら?」
と言ってきた。なんだろう。ゾクゾクします。その視線。やっぱり、アラクネは肉食系女子だな。実際に人肉を食っているだけに…
「そんなの決まってるだろ。女が男の部屋にいるんだぞ。わかるだろう?」
「わかんないわ。なんなのかしら?」
わからんってそんな君の顔も可愛い。しかし、本当にわからないのか? 魔物と文化の違いだろうか。
「君は男の部屋に女が来る意味を本当にわからないのかな?」
そう言って、オレはアラクネの顔をチラリと見ると笑ってやがる。ああ、この顔はわかっているね。これは絶対にわかっているくせにワザと聞いてきているな。惚けたフリね。
そうなるとアラクネはさらに期待をしていると考えて良いのだろうか。ん!? つまり、これは誘っているのか? 縛りプレイからのまさかの展開を期待していいのでしょうか? アラクネさん!!
とオレがアホなことを考えていると随分と前に日が沈んで、既に暗くなっているこんな夜更けに玄関からノックの音が部屋に聞こえてきた。こんな時間に町外れの辺鄙な場所にあるオレの家をいったい誰が訪ねてくるんだ。
オレは考えを廻らす。だが、悲しいかな。真夜中に訪ねてくるような友人に心当たりなどない。それどころか、昼でもそんな友人はいない。だって、ボッチだからね!!
「サイゾウさん、居ますよね。声がここまで聞こえていますのでわかりますよ。はいりますよ」
ノックを無視してオレが思考に耽っていたら、扉が開いて誰かが入ってきた。まずいだろ!? 玄関からすぐに見える部屋の天井にオレは素っ裸で吊るされているんだぞ?
「今は家に入るのダメだ!!」
なに、勝手に入ろうとしてるんだよ。この状況を見られたら確実に誤解されるよ。素っ裸で蜘蛛の糸で縛られるのが趣味なんですかってさ!
「ハンターギルドの者です。って!? 大丈夫ですか!? モ、モンスター、蜘蛛女!?」
フードを被っているから顔は見えないけど甲高い声から女か? なに、オレは羞恥プレイを強要されているの? 裸の状況で、ぐるぐる巻き姿の羞恥プレイが最近のトレンドなんですか!?
「うるさいわね!!」
「キャー!?」
ああ、入ってきたハンターギルドの人もアラクネに騒がしいと一喝されて、蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされたよ。
「いいか。これから言うことを落ち着いて聞いてくれよ」
「落ち着けるわけないでしょ! 人間を食べる魔物までこの部屋にいる上にさらに裸で縛られている男が私の近くにいるのよ!? もう最悪!」
アラクネよりもオレが裸でいることの方が嫌なのかよ。そんなにオレの体は醜くないだろう? 見よ。この筋肉神に愛されているオレのボディ! いい歳だから体のあちらこちらが少し弛んでいるかも…
今はそんなアホなことを主張している場合じゃないだろ!!
「彼女はオレの妻のアラクネだ!!」
オレはハンターギルドから派遣された人にそう言って微笑む。
「依頼を失敗したと聞いていたがまさかアラクネを調略していたとは驚きです。って、妻に素っ裸のままぐるぐる巻きにされる人がいますか!!」
「なに勝手なことを言っているの? まだ、ただの友達よ!!」
あら、アラクネさん。まだですか? これは押していけば落とせるフラグですかね。顔を真っ赤にしてかわいいよ。グフフと下卑た笑いを上げるオレをゴミでも見るかのようにギルドから派遣された奴が睨んできたがオレはまったく気にしないね。
「ハァ、モンスター狂いの二つ名は伊達でありませんね」
ハンターギルドから派遣された奴は盛大なため息を吐く。
「…この蜘蛛の糸を解いてくれませんか?」
当然の要求をして彼女とオレはアラクネに糸を解いてもらった。
「改めて、Sランクのハンターである。あなたに王国から指名されています。ハンターギルドとしては大変に重要な案件です」
この国にはハンターランクがある。基本的に下はEからはじまり最高位であるAまでが階級として存在している。さらに国家に認められた奴はSランク指定を受けて国からの依頼が舞い込むのだ。
でも、今回はハンターギルドから派遣された奴のこれは大変に光栄なことですよと言う態度が実に押し付けがましいので、ムカつくから引き受けないでおこうかな。
「ふーん、めんどくさいから断る」
どんな仕事内容かしらないけど。オレは断りを入れる。強要? 知りません。オレはこの国から出奔してでも嫌な奴からは依頼を受けないのだ!!
「これは王家からの緊急クエストです。あなたに拒否権はありません」
「そんなの関係ないね。絶対にいやだ」
オレが鼻息荒く断りを入れるのを見て何を思ったのかハンターギルドから派遣された奴は胸元に手を入れて一枚のポスターをオレに見せてきた。もちろん、オレは胸元が見えないかと凝視する。でも、生憎と服しか見えなかった。実に残念だ。
「こんなに美少女モンスターでも?」
そのポスターを見た瞬間、いくら金額が多くてもムカついたら絶対にやらんぞとそんなオレの子供のような反抗心が一瞬で溶けていく。なぜなら、そのポスターには実に可愛らしい少女がいたからだ。豚の耳とクルッとした尻尾がついている愛らしい瞳をしたオーク。
「王国からの緊急クエスト、確かに了承した。アラクネ、国民の1人としてオレは仕事にいってくるわ!!」
そう言って、ハンターギルドから派遣された奴から紙を奪い、外に出る。
「待ちなさい! 私を置いてかないで!! 折角、あなたの家に来たのに…」
家の中からアラクネがなにか言っていたが後から聞けば良いだろう。
「待っていろよ! かわい子ちゃん!! すぐに会いに行くからね!!」
オレはそう言って夜の道を駆けていくのだった。