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第43話 愛する元聖女のために吸血鬼へとなる

 日の昇らない深夜の町はゾンビで溢れかえっており、生者が見当たらない。ハンターギルドの奴らがそんな簡単にやられているとは思わない。だが、かなりの町の人が亡くなってしまったのだろう。なんとかこの事件を解決しないとな。


 そう思いながら、オレは闇夜に紛れ、ヴェイルが所属する教会に侵入する。そして、隠し扉、密会部屋、地下牢とありとあらゆる場所を片っ端から調べている途中にオレの自宅を襲った元兵士のゾンビ共の待機部屋を発見したのであった。


「この鎧は、絶対にこいつらがオレの家に来た奴らだな。こいつらの所為でデミトンが傷つき、シルメリアが心を失い。そして、アラクネが囚われたのか!」


 思い返したら、腹が立ってきたので、オレは聖水をありったけ奴らの頭上にぶちまけてやった。すると、ゾンビたちは悲鳴をあげてどんどん消失していった。


「なんだ? 1匹だけ残っているぞ?」


 意識がないのか倒れ伏しているゾンビ。そのゾンビは不死者と思えないほどに、とても美しい髪をしていた。


「まさか、このゾンビは!?」


 オレは仰向けになって伏せているゾンビを起こし、顔を確認する。


「シルメリア!? おい、おい、オレは聖水で彼女も浄化するところだったのか」


 やばいぞ。元聖女である彼女には聖気を含んだ聖水は効果がないんじゃなかったのか。だが、ヴェイルに意識を奪われていることを思い出すとゾンビの要素が今は強いのだろうか。


「いずれにしろ、彼女がこちらを襲う前にここから去るか。殺さないといけないな」


 この部屋はまだ来たばかりで隠し扉などの探索調査が終わっていない。調べている間に彼女が目を覚ましたらどうすればいいんだ。オレに壮絶な人生を歩んできたシルメリアを殺せるのか? いや、無理だ。そもそも吸血鬼になっている彼女を殺すなんてオレみたいな人間では…


「吸血鬼!? 待てよ。そういえば彼女はまだ誰の血も吸っていない?」


 オレの記憶が正しければ彼女は誰からも血を吸っていない。つまり、最初はどうだか知らないが、今の彼女は吸血鬼としての力をほとんど使えていない状況になっているはずだ。


 折角、二度目の人生も人に生まれたのにいいのだろうか。いや、迷っている場合ではない。これは彼女のためだ。そうこれは彼女を失いたくないオレの意思だ。


 オレは気絶している彼女の顔を自分の腕に寄せる。そして、彼女の牙に自らの腕を噛ませる。腕から血が流れ出ていくのがわかる。とても痛い。

 

 ああ、何かがオレの中に入ってくるのがわかる。オレはこれから人ならざるものになるのか。ゾンビになるのか。吸血鬼になるのか。だが、それでも彼女が助かる可能性に賭けるしかない。


「オレの血を吸え。そして、吸血鬼としての力で自分の意識を取り戻すんだ」


 オレはそう呟きながらさらにシルメリアの牙を自らの腕に食い込ませる。そうすることで、きっと彼女がオレの血を牙から吸収しやすくなるはずだ。オレはそんなことを願いながら痛みに耐える。


 しばらくすると彼女の顔は相変わらず白いものの、しろみがかった土色から青白い顔に変化し出した。そして、彼女の口から、


「う、うう、ここは?」


 と意思を感じさせる意味のある言葉が発せられた。


「気がついたか!?」


 オレは歓喜の声を上げながら、床に伏している彼女の顔を覗き込む。


「はい。サイゾウ様!? 腕から血が出ています。それになんだか力が湧いてくるような」


 そう言って立ち上がるシルメリアは右腕を持ち上げてガッツポーズを取る。そんな姿を再び見られてオレは嬉しさで顔がほころぶ。


「ああ、オレがおまえに血を飲ませたんだ」


「サイゾウ様。私、元聖女なんですよ。人の血なんて絶対に吸いたくなかったんですけど」


 そう言って頬をハムスターみたいに膨らませて抗議してきた。


「やはり、そうだったのか」


 オレの血を吸いたいと言って追いかけていたけど、あれは冗談だったんだな。ずっと吸血衝動を我慢していたのか。


「なのになんで、私が好きな人の血を吸ってしまっているのでしょうか?」


 そう言って彼女は真顔でオレを見てくる。


「サイゾウ様、どうして?」


 再度、真剣な目つきでオレに問いかけてきた。オレは彼女に全てを話すことにした。たとえ黙っていたとしても、賢い彼女はいずれ勘づくだろう。だから、できるだけ彼女が責任を感じないように言葉に注意をして伝えよう。そう思い、彼女の質問に回答することにした。


「おまえがゾンビとなって、オレたちを襲ってきたからな。もちろん、全員無事だ」


「その話も後で聞きたいですが、今はそのことを訪ねているわけではありません」


 そう言ってシルメリアは真剣な口調でオレが彼女に血を与えたことを聞いてきた。


「どうしても、正気に戻って欲しかったんだ。オレの生き血を吸わせることで、おまえが正気になるかわからなかったから、完全な賭けだったけどうまくいってホッとしているよ」


「たた、そのためだけに人間をおやめになったのですか?」


 そう言って俯く彼女にオレは、


「ああ、やっぱり、オレはもう人間じゃないのね。ゾンビなの? 吸血鬼なの?」


 と茶化すように早口で捲し立てた。


「聞いたことないですが聖気を纏う吸血鬼になっています」


「ああ、おれもおまえ以外にそんな奴を知らないよ」


「私もそうだったのですね。お揃いですね」


 彼女の返答にオレはなぜか可笑しくなり、笑いながら、


「自分のことなのに知らなかったのかよ。まぁ、変なところでお揃いだよな」


 と言ってシルメリアに同意を求める。


「できればお揃いよりもお似合いのカップルだったらよかったのにと思います」


「ハハハ、そうだな。カップルか。オレとしてはカップルをすっ飛ばして、妻が欲しいな。結婚でもするか? 今は女にもなれるだろ?」


「酷いです。いったい何人にその言葉を言ったのですか?」


 そう言って、俯き震えるシルメリア。その姿はとてもはかなげで、美しいものだった。


「結婚は私の夢だったんです」


 再び顔をあげてこちらを見る彼女。


「アラクネさんはどうするのですか? 愛しているのでしょう?」


「魔物だから何人と結婚してもいいだろ? 戸籍制度なんて関係ないし」


 オレはそう言って笑う。


「本当にひどい人です。でも、第二夫人でも、いいです。誰かと一緒に生きていたかったから」


 そこで言葉を切った後に彼女は、


「本当に孤独でした。男なのに聖女として強制されて生きて、素の自分を全て殺して、教会に文字通りに命まで捧げたのにこんな状況ですから…」


 と自らの失われた人生を振り返り、涙を流しはじめた。


「いつも、いつも、ひとりで孤独でした。なのに、吸血鬼となってしまって、永久に孤独なのかと思うと耐えられません」


 彼女はそう言ってオレを見て微笑みながら、


「あなたと永遠の愛を誓いますので私をかわいい奥さんにしてください」


 と上目遣いでいってきた。それはオレにとって効果は抜群だった。そのため、オレはすぐに同意の返事を口にしようとした。しかし、オレの返事よりも早くシルメリアは、


「もう孤独は嫌なんです」


 と言って悲しげに顔を再び伏せた。そんな彼女に笑っていて欲しくてオレは、


「わかった。君のそばにずっといると約束しよう」


 と守れるかもわからない言葉を言ってしまった。でも、後悔はしていない。


「嬉しいです。でも、どうやら、私は疲れたようです。少し眠ります」


「ああ、眠ると良いよ。愛しいオレのシルメリア」


 彼女はそう言って床にうずくまると静かになった。オレは彼女のために自らの上着を脱いだ後に床にひき、その上に寝かせた。そして、シルメリアの目を閉じてやる。


「ありがとう、シルメリア。オレも妻ができて嬉しいわ」


 さてと、この身に起きた変化はいまだに把握できないが、なんとしてでも、アラクネを助けにいかないとな。オレはそう思い、教会にさらに隠された通路や部屋がないかを入念に調べていくのであった。

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