第20話 うお美の思いとサイゾウの行動
海岸から少し離れた浅瀬に魚と人間を足したような化け物が屯していた。しかも、かなりの数が集まっているのにも関わらず、水を打ったように静まり返っている。
そう、それだけ彼らは固唾を飲んで、この半魚人のうお美の発言を待っているのだ。オレも同じだ。ライラ姫の細くて柔らかい腰に手を回しながら彼女の言葉を待つ。
オレたちが見守る中、彼女はゆっくりと口を開いた。
「皆さん、聞いて欲しいギョ。今回の結婚式はサイゾウさんがウチを襲ったと勘違いしたお父さんが彼に責任を取らすために行ったものだギョ」
どこか怯えた表情で辿々(たどたど)しく言う彼女。緊張しているのは見ればすぐにわかった。だが、ここでオレが口出ししても藪蛇になりかねないと思い沈黙を保つ。
「サイゾウ様、妾の腰に抱きつくのをやめて頂けませんか?」
オレはうお美の意思を尊重するために大人しくライラ姫の腰のクビレを堪能することにした。もちろん、時々ライラ姫の泣き出しそうな顔をチラリと見ながらだが…
「実際はなにもなかったギョ。だから、彼とウチの結婚はしなくていいんだギョ」
そうだ。その通りだ。うお美、君は正直に事の顛末を語ってくれているね。実にすばらしい。
「もとはと言えばサイゾウさんが死んだと思って、彼が大切にしていた卵を取ろうとしたウチが悪いんだギョ。それで彼がウチから卵を取り返そうとしている所を見たお父さんが勘違いしたんだギョ。だから、彼を責めないでほしいギョ。」
そうだ。オレを責めるのは筋違いだ。人のモノを取ろうとしたうお美が悪い。
「そうだったのかウォ!! ワシはうお美!! すまなかったウォ!!」
うお美父よ、オレに謝れよ。だって、そもそもオレがうお美を襲ったっていうありえない勘違いをしたうお美父が最も悪いだろ!!
「ああ、うお美、泣かないでほしいウォ。サイゾウとの結婚式はワシの勘違いが引き起こしたウォ。だから、こんなモノはやめだ。とりやめだウォ!!」
うお美の父親がそう言うと会場はざわめき出す。そりゃそうだよな。呼ばれた奴らにしてみれば訳がわらないよな。結婚式ということで来てみれば結婚は取りやめましたと急に言わる展開だからな。
「…とは言っても、サイゾウには別の責任を取ってもらう必要があるとワシは考えているが皆様はどう思うかウォ?」
うお美の父親の突然の一言で結婚式に参加している半魚人の視線がこちらに集中する。あれ? うお美と結婚のご破算でオレは万々歳で帰れるんじゃないの? なんか雰囲気がやばそうだけど。逃げたほうが良いかな。
「あのサイゾウはワシらの族長の娘に大衆の目の前で抱きつくなど実に破廉恥な行為をしているウォ。その狼藉の責任を彼には取ってもらう必要があると思うウォ! 皆様はどう考えるウォ?」
やばい、やばい、うお美父め! 自分の勘違いを誤魔化すためにオレを生贄にしやがったな。ここでオレをライラ姫に対する狼藉の件で処罰すれば他のことなど些細な問題に感じるもんな。
「ウチの時はすぐに抱きしめるのを磯臭いと言ってやめたのに…」
いつの間にうお美がオレの側にいる!? しかも、彼女の目が怖い。なんだよ。この魚女、嫉妬でもしているのか?
それとも、女のプライドから怒っているのか。でも、仕方ないじゃないか。おまえは鱗まみれで抱きつくとこっちが怪我だらけになるんだよ。
「だって、うお美は磯臭いしさ」
って、ついつい本音が出ちゃった。こんな時に相手を煽るスタイルってオレはなんてバカなんだ。
「野郎ども、あのバカ面の男をやってしまえギョ!!」
オレの発言を聞いて激怒したうお美は自分の父親の部下に命令を下す。うお美、おまえの言葉遣いはそんな荒くなかっただろ? まさか、本当に怒っているのか?
「お嬢の命令だ。野郎ども、やってやろうじゃないかシャーク!!」
「親戚の嬢ちゃんのためにも我らもやってやろうじゃないかエイ」
血気盛んな半魚人たちがオレを捕まえようと駆け寄ってきた。やばい、捕まったら絶対に殺られる。オレは名残惜しいがライラ姫の腰から手を離して戦うために構えを取る。
「まぁ、皆さん、落ち着いてください。妾は大丈夫ですから」
そう言って、微笑むライラ姫。
「フフフ、サイゾウ様、マーフォークの女性に抱きつけるのは夫のみなのですよ? あなたは私の夫になる覚悟がおありでしょうか?」
優しげなタレ目の双眸を一生懸命にキツくして睨むようにこちらを見ている。実に可愛いな。おい、なんだよ。その表情は!!
「フ、美人のライラ姫を妻に? それは恐悦至極だぜ!!」
オレは承諾の意をすぐに返してやった。だって、顔は可愛くてバインだ。こんな好条件を逃す男はいるだろうか。いや、絶対にいないだろう。それが男というものだ!
「本当かしら? では婚約していただけますか?」
「する。するぜ!!」
もちろん、すぐに肯定の返事をする。やった、サイゾウはこんな最高の妻をゲットしたぞ。今、サイゾウはじまって以来の最も幸せな時がきているのか? そうだろ? 年齢イコール独身のオレよ。
「私がどんな姿であっても?」
「もちろんだよ。うん、うん、大丈夫!!」
って、なんだって? どんな姿であってもだって? どういう意味なんだ。なんかイヤな予感がしてきた。
「だって、私の本体はこちらですもの」
そう言って、浅瀬の土の中からオレの数倍はありそうな巨大な魚が現れた。って、今まで抱きついていたのはチョウチンアンコウの疑似餌の部分なの!?
「おお、いつ見ても美しい」
魚人達はそのブヨブヨしたアンコウのような醜悪な半魚人を見て歓喜の声をあげる。
「やっぱり、半魚人だったんかよ!! チョウチンアンコウ? くそ、気持ち悪い!」
「サイゾウ、あなたはうお美を傷つけただけでなく。妾まで侮辱するのか! もう、妾も其方を庇いはしない。妾とうお美を傷つけた罪をここで償って貰おう。すべてのマーフォークの者たちよ。妾が命じる。あの不埒者を血祭りにあげよ!!」
し、しまった。また、失言をしてしまった。 せっかく、うお美との婚約が解消されて幸せ人間ライフに戻れるところだったのに…
バカ、バカ、オレのバカ野郎!!
「姫様からの許可もでたウォ!! 野郎ども奴を殺すシャーク!!」
うぉおおおと言って次から次へとオレの下に魚人どもが駆け寄ってくる。もちろん、オレも逃げるために走るがここは浅瀬。人間であるこちら側が圧倒的に不利だ。
「やばいよ。追いつかれそうだ。もう、すぐ側にきている!!」
走る、走る、走る。オレは陸地を目指し、海の浅瀬を全力で駆けあがる。
しかし、徐々に近づいてくる水しぶき。きっと、後ろに半魚人どもが大量にいるに違いない。水しぶきの音が、かなり大きくなってきた。そろそろ、追いつかれたか。こんな足場が悪い場所だと多勢に無勢でオレなんてすぐに海の藻屑になるだろうな。
オレがそんな風に死を覚悟していると、どこからか糸が飛んできた。そして、それがオレの水に浸かっていない胸部に巻きつかれた。
「って、すごい力で引っ張られているんですけど。これって、もしかして助かった?」
オレは糸に引っ張られて、空を飛ぶように移動していた。いや、文字通り空を飛んでいるといっても過言ではないかもしれない。
そして、気が付いた時には、いつの間にか浜辺にいた。
「ああ、足で大地を踏みしめられるって本当に幸せなことなんだ」
オレがそう喜びを噛みしめていると、
「まったく、私がいないとダメなのね」
という声に反応してオレは振り返る。そこにはアラクネが微笑みを浮かべて佇んでいた。やはり、先程の糸は彼女のものだったのか。
「アラクネ、助かったよ」
オレは彼女に礼を言って、抱きつこうとしたが、
「は、早く服を着なさいよ」
とアラクネはオレを見て顔を赤くして外方を向く。そして、彼女はオレの方を見ないで手を伸ばし、オレに服を渡してきた。そう言えば服を着ていなかった。オレが素早い動作で着衣をし、逃走を再開しようとすると、
「く、陸地に逃げたからといって、ワシらから逃げられると思わないことだウォ」
と言ったうお美の父親の言葉に従うように大量の半魚人共があたりを取り囲みはじめた。
「って、もう追いついてきたのか!」
「あら? 陸地でも、あんなナリで移動できるのね。でも、醜いわ」
あれ? アラクネさんの声が何故か剣呑だぞ。まるで、雑魚の相手がめんどくさいみたいな感じだ。
でも、その気持ちは少しだけ、わかるわ。一人ひとりでみると半魚人ってそんなに強い種族ではないもんな。特に陸地にあがってしまえばな。
「な、なんだウォ!? この糸は??」
アラクネが吐き出した糸が陸地まで歩いてきた半魚人たちを次から次へと巻きつき拘束する。
「後からくる他の半魚人に助けてもらうことね。さぁ、行くわよ。サイゾウ。あとこれはあなたが大切にしていた卵ね。あなたの自宅に帰った時に渡すわね」
そう言って、アラクネは歩き出す。
それに慌ててオレは彼女を追いかけた。彼女の隣に並んだ後に背の高い彼女の顔を覗き込む。
「やっぱり、アラクネが一番だよ」
彼女がこちらに気が付いたのを確認した後に微笑みながらそう言った。そして、オレは彼女に抱きついた。
「ちょ、ちょっと、まだ濡れているじゃない。タオルも渡したでしょ? 私は海水が苦手なのよ!」
「そうか。オレのために苦手な海まで来てくれたのか。アラクネはそこまでオレのために頑張ってくれたのかよ。ありがとうな!!」
オレはアラクネの抱き心地の良さを惜しみながらも彼女から離れる。オレがはなれるとすぐに彼女がまた歩きはじめたので、オレも歩を進める。そして、歩きながらオレは彼女に再度の礼を言って微笑む。
「うう、もう知らない!!」
オレを見て顔を熟れたトマトみたいにしたアラクネは何故か凄い速さで走っていく。
「ちょ、置いてかないでくれよ。アラクネ!!」
素早く駆けていく彼女。そんな彼女の顔は真っ赤で、とても可愛らしい。そんなアラクネを追いかけてオレも一緒に駆けていくのであった。