第18話 人魚とできれば魚(うお)ライフ
潮風が心地よい砂浜で目覚めるとそこにはオレを心配げに覗き込む美しくも神秘的な人魚がいた。当然の如くオレたちは恋に落ちて…
「そんなストーリーになるのが普通じゃないのかよ!?」
「目覚めたかギョ?」
なんだよ!? この半魚人は!! オレが目を覚ますと最初に目にしたモノは美しい人魚の顔じゃなくて、半魚人の魚面なのかよ。川から流されて死ななかっただけでも良かったと思うしかないか。
「そもそもこの魚がメスなのか。それともオスなのかもわからないからな」
「うお美はピチピチのイキのいいメスだギョ」
「そんな情報いらんわ!!」
こんな展開を誰が求めているんだよ? 半魚人に結婚を迫られる生活。半魚人と魚臭いキス。半魚人と愛を語らい。半魚人の寝顔を見ながら幸せ子作りライフ?
「ごめんだね。そんなクソみたいな人生」
いっそのこと、この半魚人を魚のように焼いたらどうだろうか。塩焼きみたいに美味しくなって良い思い出になるかな。って、半魚人の丸焼きってどう考えても気持ち悪いだろ。
「ああ、これは夢だよ。朝起きたら、夏休みのあの部屋でオレは学校の友達と…」
いや、前世は碌なことなかったから戻りたくないな。だから、本当は起きたら、人魚のバキュンでボーンな姉さんとよろしくやっているはずなんだ。オレは目を瞑り、夢の世界から出るために起きようと試みることにした。
「あれ? 死んだギョ?」
目を閉じたオレをペシペシと叩くなよ。痛いだろ? これは夢なんだけど痛いんだな。珍しい夢だ。
「うん? 反応がないギョ。本当に死んだのかギョ?」
死んでねぇよ。触るな。磯臭い。
「まぁ、死人に荷物なんていらないギョ。この鞄をもらうギョ。中身は何だろうかギョ。うーん、ああ、美味しそうな卵が入っているギョ!! もって帰って食べるギョ」
って、それはオレが大切に温めているハーピィちゃんの卵だぞ。オレは奴の言葉を聞くなり、目を開けてうお美に飛びかかった。
「それはオレの卵だ! 食べるな!!」
オレは奴の腹を殴り、背中についているヒレを掴む。
「やめるギョ、そこはウチの腹だギョ。ああ、やめるギョ。ウチの美しい背ビレに傷が!!」
「背ビレとか尾ビレって違いがイマイチわからんわ!! それよりも卵の入ったバックを返せ!!」
オレは取られた卵を取り返すためにそう怒鳴る。
「わ、わかったギョ。だから、これ以上、ウチを傷物にしないで欲しいギョ!!」
そう、うお美が泣き叫ぶと、海の方から大きなマグロに足が生えたような化け物とサメの顔をしたマッスルボディーの半魚人の大群が砂浜に駆け出してきた。
「どうした!? うお美、って貴様!! ワシのカワイイうお美を襲って! 離れろ!」
駆け寄ってきた大きい半魚人が開口一番にそう言ってきたが、誰が好き好んでこんな気持ち悪い魚モドキに触るかよ。
「そんなこと言われなくても離れるわ。磯臭いしさ」
「貴様、うお美に自ら抱きついていたくせに。なんたる暴言ウォ!!」
オレの2倍はあろうかという無駄に大きい半魚人がオレの襟首を掴んで持ち上げる。魚人のクセに陸上でも早いじゃないか。
「お父さん、うお美はもうだめギョ。この人に傷モノにされたギョ!!」
そう言って、顔を伏せて泣き出すうお美。いや、泣きたいのはオレの方だろ? この状況はなんたんだよ。
「なに!? 貴様、ワシの娘を傷モノにしよったのかウォ!! 責任を取れウォ!!」
ちょっと、なにコイツのバカ力。突然、叫んだと思ったら、オレの首を掴んで持ち上げてきた。くそ、首が絞まって死にそうだ。息ができない。苦しい。
「あ、明らかにニュアンスが違うだろ? オレは確かに傷つけたけど…」
オレは残りの酸素を使って弱々しい声で相手に反論したが、
「やはり、傷モノにしたのかウォ!! 許さん、ウチのカワイイうお美ちゃんに手を出してタダで済むと思っていないだろうなウォ? 結婚して責任を取れウォ!!」
とすごい剣幕で捲し立てられた。この化け物こっちの話を聞いてないのかよ。
「おとうさん!! その人を放すギョ。そのままだと本当に死んでしまうギョ」
「ッチ、死ねばよかったのに。娘に救われたな。感謝しろよ」
そう言って、オレを大地に投げ飛ばす。ハァハァ、やっと呼吸ができた。コイツはすぐに誤解を解かないとエラいことになりそうだ。
「ちょっと、待ってくれ!! オレはコイツの性別すら見分けられないんですけど? って、コイツ、本当にこんな面でメスなの!!」
って、そんなことを言いたいわけじゃない。動揺してアホなことを言ってしまった。やばい、オレがこの半魚人を傷つけたのは自分の娘が盗まれそうになったからだと言いたかったのに。ああ、早くそのことを言わないと!!
「貴様!! ウチの娘を襲っておいてそんなことを言うのかウォ? 野郎ども!! ひとまず、コイツをワシの邸宅に連れて行けウォ!!」
ちょ、ちょっと、待ってくれよ。オレは襲ってないからね。おまえらが思うような意味では絶対に襲ってないから!! 頼むからオレの話を聞いてくれ!!
「ヘイ、親方。サァ、兄さん。行くぞシャーク」
語尾がシャークっていうお兄さんらの顔は近くで見てもガチでサメ顏じゃん。コイツらに逆らったら、この場で食べられるよな。
「さぁ、帰ったら、直ぐに挙式だなウォ」
「お嬢、おめでとうございます」
そう言って、頭をうお美に下げるシャーク顏の半魚人たち。
って、結婚だと!? オレとこの半魚人のことなのか? 勘弁してください。
「ちょ、ちょっと、やめてぇえええ。連れてかないで!! オレはべっぴんさんと結婚したいんだ!!」
やばい、このままだとうお美と呼ばれる半魚人と無理やり結婚させられる。半魚人の寝顔を見ながら幸せ子作りライフの悪夢がリアルになってしまう。
「ワシの娘がべっぴんじゃないとでも言うのかウォ? この美しいアジのような顔に青肌。どう見ても世界一のベッピンさんだろう!!」
すごい目で睨んできたけど、こればかりは仕方ないだろ。種族の違いがあるから美醜の判断基準が違うんだよ。
「って、どこにアジの顔をした奥さんなんて、貰いたい人間がいるんだよ!!」
「うるさいわ、野郎どもコイツを邸宅に早く連れて行くんだ!!」
巨大なマグロのような風貌のうお美父の一声で、シャーク顏の半魚人たちがオレを取り囲む。
「さぁ、こっちに来るシャーク。そんな、わがままを言うなシャーク。美人の奥さんをもらえて、オラ達はおまえが羨ましいんだシャーク」
「人間にとっては美人じゃないよ!! ああ、イヤだ、イヤだ!! こんな魚と結婚だなんてイヤだ〜〜〜〜〜〜!!」
ああ、結婚は墓場と昔の人は上手いことを言ったものだ。だが、オレの場合は強制的に半魚人との魚ライフ。このままだと、その墓場のよりも、さらに険しい地獄に絶対に追い落とされる。勘弁してください。ちくしょう、絶対に半魚人と結婚なんてごめんだ。逃げ出してやるからな!
オレは心にそう誓いながらシャーク顏の半魚人たちに力ずくで担がれ、奴らのエッサ、ホイッサとの掛け声と共に運ばれていったのであった。